3199話
「そう言えば、ニールセンはどうしてるんだろうな?」
妖精郷でセトと一緒に日光浴を楽しんでいたレイは、ふと呟く。
もう冬でいつ雪が降ってもおかしくはない。
そんな中でも日光浴を楽しめるのは、簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを着ているお陰だった。
セトの方は特にこれといったマジックアイテムを持っている訳ではないが、グリフォンという高ランクモンスターである以上、吹雪の中でも全く問題なく行動出来る。
冬の気温とはいえ、まだ雪も降っていない今の季節はセトにとって全く問題なくゆっくり出来た。
「グルルゥ?」
レイの呟きに、セトは寝転がったまま喉を鳴らす。
それがニールセンと会いたいと思ってのものだというのは、レイにも理解出来た。
ニールセンとセトはそれなりに友好的な関係を結んでいた。
元々セトはレイに敵対的な相手でなければ、基本的に懐きやすい。
そんなセトにとって、ニールセンも懐くのに十分な相手だったのだろう。
「そろそろ戻ってこないと、いつ雪が降ってもおかしくはないしな。……それにニールセンがいないと、ずっと妖精郷にいないといけないし」
既に妖精郷で寝泊まりするようになってから、結構な時間が経つ。
その間、結構な数の穢れを倒している。
頻度としては、非常にランダム性が強い。
数日の間穢れが一度も現れることがないかと思えば、一日に数回転移してくることもある。
その度に長から知らされてレイはセトや案内役の妖精と共に穢れを倒したり、野営地の近くなら炎獄で捕らえて研究者達の研究材料にしたりといった真似をしていた。
そんな日々が続いていたが、やはり穢れが出たらセトに乗って穢れのいる場所まで向かうというのは、レイにとってはそれなりに面倒なのだ。
セトの飛行速度を考えれば、それこそ移動時間はかなり少ないものの、それでも手間なものは手間となる。
特に穢れは基本的に人のいる場所に姿を現す。
つまり、夜になれば野営地の周辺に出るのだ。
なら、最初から野営地にいた方が便利なのは間違いない。
「別に妖精郷が嫌だって訳じゃないんだけどな。こうして日光浴を楽しんだりも出来るし。……ん?」
不意にレイは顔を上げる。
すると自分の方に向かってくる妖精の姿を見つけた。
「噂をすればなんとやら。……また穢れか?」
面倒だと思わないでもなかったが、その為にここにいる以上、仕方がない。
そう思ったレイだったが、妖精の目に浮かんでいるのが好奇心だと知り、疑問を抱く。
もしかして穢れ以外の何かが来たのでは、と。
「ちょっとレイ。この前来た人達がまたやって来たわよ。長がレイに知らせてこいって」
「この前……? ああ、なるほど。穢れじゃなくて、ダスカー様の部下か」
穢れの件でブロカーズや護衛のイスナがやって来たことで、ダスカーの部下が妖精郷のある場所を確認する為にやって来たことがある。
その時にやって来た者達だろうと、妖精の話を聞いてレイは納得する。
(けど、何をしに来たんだ? 自力で妖精郷のある場所までやって来られるかどうかを試したのか? それとも、もっと別の何かか)
妖精郷の場所をレイに教えて貰った以上、改めて妖精郷まで行けるかどうか。
それを試す為に、ダスカーの部下達がやって来てもおかしくはない。
とはいえ、それが実際に正しいのかどうかは分からない。
これ以上はここで考えていても仕方がないと判断したレイは、セトの背中を軽く叩く。
それだけでセトはレイが何をしたいのか理解し、立ち上がる。
「じゃあ、俺はちょっと妖精郷にやって来た連中と会ってくる。何をしにここに来たのか、それを聞いてくるよ」
「ええ、長もそうして欲しいって言ってたわ。……私も一緒に行ってもいい?」
妖精にしてみれば、やって来た相手に興味があるのだろう。
レイにそう尋ねてくる。
「え? うーん……こういう場合勝手に出てもいいのか? 長に怒られないか? あるいは妖精を連れ出したということで、俺が長に怒られたりするのはごめんだぞ?」
「それは、その……大丈夫! それにほら、他の妖精達も結構頻繁に妖精郷から出てるでしょ? だから問題ないわ!」
そう言い切る妖精に、レイは若干怪しむ。
だがその妖精が言うように、他の妖精達が結構好き勝手に妖精郷から出てるのも事実。
なら、この妖精を連れていっても問題はないだろうと判断する。
(今回は誰もいない場所に妖精が出るんじゃなくて、人のいる場所に出るんだけど。本当に駄目なら、長が止めるだろうし。そういうのがないということは、長も何も問題ないと判断してるんだろう。もし問題があるからと怒られても、それはあくまでもこの妖精が怒られるだけだろうし)
なら自分は特に問題ない。
この妖精がお仕置きされても、それは覚悟の上で言ってるのだろうと判断し、頷く。
「分かった。問題がないのなら、俺は構わない。じゃあ、行くぞ」
こうしてレイはセトと妖精と共に妖精郷を出るのだった。
「お、レイ。出て来てくれたか。こっちから呼ばなくてもいいのは助かった」
妖精郷から出たレイはそう声を掛けられる。
その言葉から、レイに用件があったのは間違いない。
とはいえ、長からの許可がなければ、妖精郷の中には入れない。
……いや、無理をすれば入ることが出来るだろうが、そうなると霧の空間で狼に襲われることになるだろう。
そうなれば霧の空間に入った者達も黙ってやられる訳にはいかないので、反撃をするだろう。
反撃をすれば、霧の中にいる狼を傷付け、あるいは殺すことになる。
その結果、妖精郷とダスカーの関係が悪くなるのは間違いない。
そのようなことにならないように、妖精郷にやって来た者達は妖精の方で察知してレイに知らせて貰い、こうしてレイが出てくるのを待っていたのだろう。
「俺に用事か? ダスカー様達が妖精郷にやって来る日でも決まったか?」
「当たりだ。正確には、いつくらいがいいのかといったことを聞きに来たんだが」
ダスカーの判断だけで、いつ妖精郷に来るのかを決める訳にはいかない。
だからこそ、こうして前もって長に聞きに来たのだろう。
「そうなると、どうする? 俺が長にいつならいいのか聞いてくればいいのか?」
「……いや、手紙を持ってきたから、それを届けて欲しい」
レイの言葉に、男は妖精に目を奪われながらも、何とかそう返す。
レイの右肩に降り立った妖精に目を奪われたのだろう。
実際には妖精はレイと一緒に霧の空間から出て来たのだが、最初はセトの毛の中に隠れていたのだ。
やって来たのはダスカーの手の者で、恐らくは問題ない。
そうレイは判断したのだが、実際に会ってみないと分からなかった。
もしかしたら妖精郷の存在を察知した何者かがやって来たのかもしれないと思ったのだ。
この妖精郷は、以前一度襲われそうになっている。
……もっとも、襲おうとしたのはレイと同じ冒険者だったのだが。
ともあれ、万が一を考えていたのだが、実際にはダスカーの部下で何も問題はないと判断したので、妖精もレイの右肩に降りたのだろう。
そしてレイと話していた男は、それを見て動揺したのだ。
ここが妖精郷であるというのは、前もってダスカーから聞いていただろう。
だが、それでも実際に自分の目で妖精を見て、それで驚くなという方が無理だった。
元々妖精はお伽噺に出てくる存在というのが多くの者の認識だ。
それだけに、こうして自分の目で妖精を見て驚くなという方が無理だった。
それでもレイと話していた男は、数秒しか混乱しなかったが。
男と一緒に来た者達の中には、握り拳が入るのではないかと思えるくらいに大きく口を開けている者もいる。
当然レイもそんな相手の様子に気が付いてはいたが、わざわざそれを指摘するような真似をしても、相手に恥を掻かせるだけなので黙っておく。
「手紙か。分かった。それで返事はどうすればいい? まさか、今すぐ貰ってこいとか、そんな風には言われてないよな?」
「当然だ。いやまぁ、もし本当にすぐに返事をくれるのなら、それを持って帰るのは問題ないが」
「どうだろうな。その辺は俺が判断したりは出来ないし。それに……」
そこまで言ったレイだったが、ふと長が筆記用具の類を持っていたか? と疑問に思う。
レイが知ってる限りでは、そのような物はなかったと思ったのだ。
だが、多数のマジックアイテムを作る長だ。
筆記用具の類は持っていてもおかしくはない。
(手紙を届けた時に聞けばいいか。ないなら、ミスティリングの中に入ってるのを貸せばいいし)
ミスティリングの中には、一応筆記用具が幾つかあるし、紙の類もある。
ただし、紙はダスカーが使っているような上質なものではなく、一般人が使うような紙だ。
妖精郷の長が領主のダスカーに手紙を書くと考えた場合、失礼な行動と思われてもおかしくはない。
これを機会に、上質な紙を幾つか買っておいた方がいいかと思う。
紙というのは経年劣化をするものだ。
黄ばんだり、あるいは湿気を吸ったり。
しかしミスティリングの中に収納しておけば、そのような心配はいらない。
なら、今回のような時のことを考えて、買っておくのも悪くはない筈だった。
「レイ? どうした?」
「いや、何でもない。じゃあ。取りあえず手紙を長に渡してくる。それと、返事がすぐに出来るかどうかも聞いてくる。すぐに返事を出せるようなら、ここで待っていればいいし。……ただ、ここで待つ場合は、決して油断するなよ」
穢れが人のいる場所に出ることが多い以上、ここにいても穢れが出る可能性は十分にあった。
そうなると、目の前の男達は逃げるという選択肢しかない。
それでもレイが来ればすぐに対処出来るのだから、野営地にいる者達と比べると随分と楽なのだが。
「ああ、分かっている。高ランクモンスターも出るんだろう? そうなったらそうなったで、相応に対処するから心配するな」
兵士のその言葉に、レイはどう言えばいいのか迷う。
穢れについて話せばいいのか、それとも兵士はその辺りも承知の上でいるのか。
「そうか。そう言うのなら、俺もこれ以上は心配しない。ただ、もし厄介な相手と遭遇したら、こっちに戻ってこい。そうすれば……俺がいればだが、助けることが出来るかもしれないから。俺が言うのもなんだけど、ここは辺境だ。場合によっては高ランク……ランクAモンスターがいてもおかしくはない」
ランクAモンスター程になれば、辺境であってもそう簡単に遭遇出来る相手ではない。
だが、それは絶対にそのような相手と遭遇しないという訳でもなかった。
辺境であるが故に、ギルムからそう離れていない場所で偶然ランクAモンスターに遭遇するといったようなことになっても、おかしくはない。
レイに会いに来た兵士達は、それなりの能力はあるものの、だからといってランクAモンスターと遭遇して勝利出来るかと言われれば、レイは無理だと断言するだろう。
「分かっている。もし手に負えない相手が出た場合は、レイに頼らせて貰うよ。……じゃあ、取りあえず手紙の件を頼む。戻ってくるまで待ってるから」
そう言う兵士に頷き、レイは妖精郷の中に戻る。
なお、好奇心からレイと一緒に来た妖精はまだもう少しレイ以外の者達……兵士達を見たいと思ったのか、その場に残るのだった。
「手紙、ですか。……では、拝見させて貰います」
そう言い、長はレイから手紙を受け取ると、そのまま開ける。
ペーパーナイフのような物を使って開けたのではなく、サイコキネシスに似た力……数多の見えない腕と呼ばれる理由になったその力を振るったのだ。
それも封筒を破くのではなく、上の部分を鋭利な刃で斬り裂くかのような手段で。
それが普通でないのは、レイの目からもはっきりと分かる。
だが、今まで長が同じようなことをするのは、何度も見ていた。
今更この程度で驚くようなことはない。
自分よりも大きな手紙を、こちらもまた空中に広げたまま動かさずに読んでいく。
若干その手紙の内容が気になったレイだったが、一応兵士から書いてある内容のことは大体聞いている。
それでも自分の知らない何かが書かれているのでは?
そのように思わないでもない。
……だからといって、まさか手紙の内容を盗み見るなどといったことをする訳にもいかない。
結局レイが出来るのは、長が手紙を読み終わるまでセトを撫でながら時間を潰すだけだ。
「ワン!」
不意に聞こえた声に視線を向けると、そこには狼の子供達……いや、二匹のピクシーウルフの姿があった。
「グルゥ?」
ピクシーウルフを見て、セトが遊んできてもいい? と喉を鳴らす。
レイは今は特にやることもないので、セトに頷くのだった。
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