3186話
小屋の中に入り込んだニールセンは、目の前の光景に驚く。
外から見た小屋の様子から、中も同じようなものだと思っていたのだ。
しかし、実際に小屋の中に入ったニールセンが目にしたのは、外側から見た小屋とは全く違うものだった。
(これは……)
小屋の中は狭い。
狭いのだが、それでも外から見た小屋の大きさよりも大きいのは間違いなかった。
それはつまり、何らかの手段で小屋の内部を拡張しているということになる。
当然だが、普通の小屋……樵や猟師が使うような小屋に、そのような仕掛けがある訳ではない。
つまりこの小屋は何らかの特殊な仕掛けがあるということなのだ。
(人は、いないわね)
小屋の中の天井付近から小屋の中を改めて確認し、誰もいないことに安堵する。
「ふぅ。……イエロ、入ってきてもいいわよ」
扉の側まで移動し、イエロに声を掛ける。
するとその声が聞こえたのか、イエロはすぐに扉の隙間から入ってきた。
ここが危険な場所だというのは、イエロにも理解出来ているのだろう。
ニールセンが入ってきてもいいと言ったことから、問題はない。
そうイエロも思っていたが、それでも念の為に小屋の中の様子を確認する。
「キュ!?」
小屋の中を見たイエロの口から、驚きの声が漏れ出た。
ニールセンと同じく、外見から予想出来る広さと実際の広さの違いに驚いたのだろう。
「ほら、落ち着きなさい。取りあえず小屋の中には誰もいないから、私達でしっかりと調べるわよ。……もしここで何か重要な証拠を見つけたら、レイを連れてくる必要がないかもしれないし」
「キュ?」
そうなの? とニールセンの言葉に首を傾げるイエロ。
元々がドラゴンの子供ということで、強烈な愛らしさを持つ仕草だ。
だが、ニールセンはそんなイエロの様子を見ても、そこまで気にした様子はない。
イエロはドラゴンの子供だが、ニールセンを背中に乗せて移動している。
つまり、イエロはニールセンよりも大きいのだ。
これが普通の人間であれば、イエロの愛らしさに大きな衝撃を受けていただろうが。
「そうよ。もっとも、降り注ぐ春風のことを思うと、レイと会わせる必要があると思うから、結局ここに来ないといけないような気もするけど」
「キュウ……」
なら、意味がないのでは?
そんな風に鳴き声を上げるイエロだったが、ニールセンはそれを無視して、早速小屋の中を調べ始める。
「ほら、イエロ。まずはとにかく何か重要な手掛かりがないか探すわよ」
「キュ!」
ニールセンはイエロにそう声を掛けつつ、まずは全体を把握する為に小屋の中を飛び回り始めた。
イエロもまた周囲の様子を確認しながら調べ始める。
もっともイエロは人の言葉は理解出来るものの、文字は理解出来ない。
ニールセンは人の文字も理解出来るのだが。
そんなイエロだけに、書類を探すといったような真似をするのではなく、何か怪しそうな物でもないかといったように小屋の中を確認していた。
なお、小屋は外から見ればそれこそ四畳程度の広さしかないように思えるのだが、実際には十二畳くらいの広さがあり、ゆうに三倍程も外見と違う広さを持つ。
それだけに、ニールセンとイエロでは調べるのにも相応の苦労があった。
ただし、小屋の中には本棚や机が無造作に置かれている。
そんな中でニールセンが言うように重要な証拠を見つけろという方が難しいのは間違いない。
「キュウ……」
床には薄らと埃が積もっている。
そこにある足跡はイエロのものだけだ。
それはつまり、イエロやニールセン以前に暫くこの小屋の中に入ってきた者がいないということを意味していた。
正確には降り注ぐ春風の治める妖精郷から何人かの妖精がこの小屋の中に入ってきたのだが、妖精というのは基本的に飛んで移動する。
その為、妖精達が地面に足跡をつけるといったことはなかったのだろう。
「うーん、何もないわね。もっとも、ここを使っていた穢れの関係者達が何らかの重要な情報を残してるとは思えないし、仕方がないのかもしれないけど」
小屋の中を飛び回っていたニールセンは、机の上や本棚の様子を見ながらそんな風に呟く。
何らかの情報があれば、ニールセンとしては非常に助かるのだが、やはり今この場所に何か重要な情報があるようには思えない。
「レイがいれば、何か怪しい場所とかを見つけることが出来るのかしら。……でも、こうして見る限りでは、特に何もないように思えるけど」
「キュ!」
床の上を移動して何かがないかと探していたイエロは、聞こえてきたニールセンの言葉に同意するように鳴き声を上げる。
重要な情報が書かれた書類といったような、あからさますぎる手掛かりはどこにもない。
「うーん、何と言うか……完全に肩すかしね」
「キュウ」
再び聞こえてきたニールセンの声に、イエロも同意する。
この小屋に入るまでは、慎重に慎重を期していたのだ。
それこそ何があってもすぐ対処出来るようにと。
だというのに、こうして実際に小屋の中に入ってみれば、そこには何も手掛かりらしい手掛かりはない。
いや、この小屋の内部空間を広げているという時点であからさまに怪しいのだが、それ以上……具体的には穢れに関係する情報が何もないというのは非常に痛かった。
何をどうしようとしても、今のこの状況ではどうしようもないと思えてしまう程に。
この落差が、イエロやニールセンの油断を誘ったと言えばそれまでだろう。
『ギャギャギャギャギャ!』
不意に聞こえてきたのは、鳴き声。
それは聞いた者の警戒心を抱かせるには十分なドッティの鳴き声だった。
離れた場所で待っているようにと言ったにも関わらず、こうして小屋の中にいるイエロやニールセンにも聞こえる鳴き声を発したのだ。
それは、何かが……それこそ致命的な何かが起きたことを意味しており、その致命的な何かの存在を小屋の中にいるイエロやニールセンに教えていた。
「イエロ!」
「キュウ!」
ニールセンが素早く叫ぶと、イエロもそれに応える。
そのままニールセンはイエロに乗ったりせず、扉の隙間から抜け出す。
イエロにいたっては、扉の隙間から抜け出すのではなく、扉を内側から強引に開けて外に出る。
小屋から出たニールセンとイエロは、すぐに空を見上げる。
するとそこには、巨大な鳥……それこそ翼を広げると十m近くにもなるのではないかと思しき鳥の姿があった。
そして巨大な鳥は、空を逃げるドッティを追っている。
それもただ追っているのではなく、猫がネズミをいたぶるかのように攻撃で少しダメージを与えては、一度距離を取るといったような、そんな行動だ。
「穢れじゃない!?」
穢れの関係者の拠点を調べている最中に聞こえてきた、ドッティの声。
そうである以上、穢れでも現れたのかと思ったのだが、実際には穢れとは全く関係のない何かだ。
これは完全に予想外で……しかし、予想外だからといってそれで行動を止めるような真似は出来ない。
(けど、この状態でどうしろと? 幾ら何でも、あんなに大きな鳥のモンスターを私達だけでどうにかするのは難しいし)
ここにレイが……いや、レイではなくても、セトがいれば巨大な鳥のモンスターであってもどうにかなったかもしれないが、ここにはレイもセトもいないのだ。
実際、もしレイやセトがいれば、未知のモンスターということで魔獣術の糧とするべく、ドッティを助ける云々以前に問答無用で攻撃に参加していただろうが。
だが、そんなレイもセトもいない以上は、ニールセンやイエロがどうにかしないといけない。
「イエロ、どうにか出来る?」
「キュウ……」
ニールセンの言葉に、イエロは残念そうに喉を鳴らす。
イエロは自分の防御力には強い自信がある。
ブラックドラゴンの鱗は、あのような巨大な鳥のモンスターと戦っても傷を負うことはないだろう。
だが……イエロが自信を持っているのは、あくまでも防御力だけだ。
あの巨大な鳥のモンスターを倒せるかと言われれば、それに対して任せて欲しいと自信満々に言うことは出来ない。
「そうよね」
そんなイエロの様子を見ても、ニールセンは責めるようなことがない。
元々イエロが攻撃力よりも防御や隠密行動に向いているのは、ニールセンも知っていた。
知っていたが、それでも今の状況でどうにかするには……とそう考えると、イエロに頼るしかなかったのだ。
だが、それでもイエロがどうにも出来ないとなると……
「そうよ、これなら……ドッティ、地上に降りてきて! 木の間を通れば、あの鳥のモンスターもどうにも出来ない筈よ!」
ニールセンが必死になって空を飛び、巨大な鳥のモンスターから逃げているドッティに向けて叫ぶ。
必死になって巨大な鳥のモンスターから逃げているドッティだったが、それでもニールセンの声は聞こえたのだろう。
本来なら、ドッティはニールセンの言葉を完全には理解出来ない。
しかし、それでも……いや、極限まで集中して敵から逃げている今だからこそ、ニールセンの言葉の意味をしっかりと理解し、地上に向かって降下してきた。
「あ……イエロ、私達もここから移動するわよ!」
「キュウ!?」
イエロは何故ニールセンがそのようなことを言ったのか、正直なところ理解出来なかった。
しかし、ニールセンがさっさとこの場から離れるのを見れば、この状況で放っておく訳にはいかない。
(あんな巨大な鳥のモンスターが地上に向かって降りてきて……それでも地上の様子を気にしないで突撃してきた場合、最悪あの小屋が破壊されてしまうじゃない!)
ニールセンは言葉には出さないものの、必死になって小屋から離れる。
そうして地上を移動するニールセンに向かって、ドッティは急降下してきた。
ドッティを追う……というよりも、いつでも殺せるのにいたぶっていた巨大な鳥のモンスターも、森に向かって降下していくが……
「キシャアアアアアア!」
ドッティが森の上空すれすれを飛ぶのではなく、森に生えている木々の中に入っていったのを見て怒りの声を発する。
その巨体に相応しい、大きな声を。
当然だろう。
巨大な鳥のモンスターにしてみれば、ドッティは自分の暇を潰す為の玩具にすぎない。
自分の目の前を飛んでいるのなら、それは全く問題ない。
飛ぶ速度を調整し、必死になってドッティが逃げる様子を楽しむといった真似も出来る。
そしてドッティの体力が限界になったら、後はおやつ代わりに丸呑みしてもいいし、噛み砕いてもいい。もしくは実際には食べず、戯れに殺してもよかった。
そう思っていたのに、ドッティは森の中に逃げ込んだのだ。
いたぶる獲物というのは、自分の目で見て楽しむことが出来るからこそいいのだ。
その獲物が自分の見えない場所に逃げてしまえば、それはもう楽しむどころではない。
それどころか、自分から完全に逃げ切ってしまう可能性も十分にあった。
だからこそ、巨大な鳥のモンスターその状況が面白くなく……やがて地上に向かって降下していく。
そう、森のすぐ上まで……ではなく、森の中まで。
それこそドッティがやったのと同じようなことを行ったのだ。
「ばっ、嘘でしょ!?」
地上近くを飛んでいたニールセンは、そんな巨大な鳥のモンスターの様子を見て、そんな声を漏らす。
まさかこの状況で巨大な鳥のモンスターがこのような真似をしてくるとは、完全に予想外だったのだ。
一体何を考えているこの馬鹿と、そう叫びたくなるくらいには、驚いていた。
森の木々の中にドッティが入ってしまえば、相手は翼を広げると十m近くもある巨大な鳥のモンスターだ。
普通に考えれば、そんな巨体を持つモンスターが森の上空ならともかく、直接森の中に入ってくるなど、誰が考えるだろう。
聞こえてくる森の木々をへし折り、あるいは根元から引き抜かれる音。
それは巨大な鳥のモンスターが翼や身体、足……様々な部分を森の木々にぶつけながら、それでも強引に飛んでいることを意味していた。
いや、既に飛んでいるといった表現は相応しくない。
上空から落下してきた速度により、森の中を滑空している、もしくは足で走っていると表現した方が正しいだろう。
そのような真似をすれば、当然ながら巨大な鳥のモンスターの身体にもダメージはある。
巨体であるが故に、木の一本に命中してそれを折った程度ではそう大きなダメージにはならないだろう。
しかし、巨大な鳥のモンスターは森の中を全速力で移動しているのだ。
それこそ、一瞬の躊躇もなく、延々と身体にダメージが蓄積されている筈だった。
「馬鹿じゃないの? でも……こうして森の中にいるのなら!」
ニールセンは、まだ見えない場所にいる巨大な鳥のモンスターに向かって、妖精魔法を使うのだった。
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