3161話
「うーん、このくらいでいいか」
レイの前には、様々なモンスターの素材が転がっていた。
そしてレイの手に握られているのは、ドワイトナイフ。
ダスカーから諸々の報酬として貰ったこのマジックアイテムは、レイにとって理由は不明ながらも、素材となる部分だけを自動的に解体し、それ以外の部位は消滅させてくれるという、かなり便利な能力があった。
そしてレイは妖精郷では特にやるべきこともなく暇を持て余していたので、ドワイトナイフの検証……ダスカーと行ったのよりも、より詳細な検証を兼ねてミスティリングの中に大量に存在するモンスターの死体を解体していたのだ。
元々レイは解体そのものは平均的な速度でしか出来なかったが、このドワイトナイフを使えば一瞬で解体は終わってしまう。
そういう意味では、レイにとってドワイトナイフというのは非常にありがたい代物だった。
「それに、俺が残したいと思った部位は残せるみたいだし」
呟きつつ、試しに残してみたオークの眼球を見る。
レイには理解出来ない小難しい公式を使って発動するドワイトナイフだったが、今回の検証で一番の大きな発見はそれだった。
基本的には素材にならない部位を残しても、普通なら意味がない。
だが、場合によってはその素材とならない部位が必要となることもあるので、ドワイトナイフを使う時に特定の部位は残しておくようにと考えながら解体したところ、無事成功したのだ。
「これで生きてる相手にも使えれば、最高の攻撃方法なんだけどな」
生きているモンスターや動物にドワイトナイフの深緑の刃を突き刺せば、その瞬間に敵は死んで素材となる。
もし出来れば、圧倒的に強力な攻撃手段ではあるが、世の中はそんなに上手くいかない。
ドワイトナイフが使えるのはあくまで死体に対してだけで、生きている相手には刃を突き刺しても意味はなかった。
いや、正確には刃が突き刺さればそれは普通に相手にダメージを与えることが出来るので、意味がない訳ではない。
しかし期待した効果が発揮されないのは間違いのない事実だった
「ともあれ、まずはこれらを片付けるか」
魔石以外に、牙や内臓の一部、あるいは眼球や脳みそ、舌、爪、足の腱……それ以外にも様々な素材があるが、肉もそこにはしっかりとある。
不要な部位は消滅しているが、解体をしたモンスターの数が二十匹近くにもなれば、当然だがその素材の数も多くなる。
それこそ足の踏み場もない……というのは少し大袈裟かもしれないが、それに近い状態なのは間違いない。
だからこそ、レイはその素材を片付けようとしたのだが……
「うわっ、ちょ……何これ。凄いじゃない!」
不意に聞こえてきた声に、レイは素材に伸ばした手を止め、視線を向ける。
そこにいたのは、一人の妖精。
名前は知らないが、妖精郷で行動している時に何度か見た顔だ。
「どうした? もしかして、長から何か連絡があったのか?」
長が穢れの出現について察知したら、妖精に知らせに行かせる。
そう言っていたのを思い出し、もしかして穢れが現れたのではないかと、そんな風に思ってしまう。
だが、幸いなことに妖精はレイの言葉に一体何を言ってるのか? といったように首を傾げるだけだ。
「別に長からは何も言われてないけど? え? もしかして私、長に怒られるの!?」
レイの言葉から、もしかして自分は長の邪魔をしたのではないか。
そう考えた妖精は、身体が震え始めた。
妖精の様子に、レイは慌てて口を開く。
「別に長の邪魔はしてないから、気にするな。もし長が俺に用事がある時は、妖精を使いに出すって話だったから、それかと思っただけだ。違うのなら、それはそれでいい。モンスターの解体も、俺が練習としてやってるだけだし」
ドワイトナイフを使いこなすという意味で、これは練習と言っても決して間違いではないだろう。
実際には検証だったのだが、それもまたドワイトナイフを使いこなす為の練習であるのは間違いない。
「そ、そうなの。……よかった……」
しみじみと、本当に心の底からしみじみと呟く妖精。
それだけ長にお仕置きされるのは怖かったのだろう。
レイにしてみれば、そこまで怖がらなくてもと思わないでもなかったが。
「ああ、だから安心しろ。それで、どうしたんだ? 妖精が一人だけで俺のところに来るなんてかなり珍しいと思うけど」
「え? うーん、別に何か理由があって来た訳じゃないわよ。ちょっと散歩をしていたらここに辿り着いただけで。……それで、レイは解体をしてたんでしょう? 面白かった?」
妖精のその言葉は、レイにとってかなり意外な一言だった。
解体というは、レイにとってやらなければならないことで、そういう意味では楽しむようなものではない。
勿論、オークやガメリオンのような肉の美味いモンスターの解体をする時は、その肉を食べるのを楽しみにしたり、魔石を使って魔獣術によりセトやデスサイズが新しいスキルを習得するという意味で楽しみに思ったりはするが、解体という行為そのものを楽しめるかというのは、別の話だ。
「解体が面白い……うーん、あまりそういう感じはしていないな。便利になったとは思うけど」
これは純粋にレイがドワイトナイフに対して思っている言葉だ。
現在、レイのミスティリングの中には解体されていないモンスターの死体が大量に入っている。
魔の森のモンスターの死体については解体屋に任せたが、それ以外の死体もかなり多いのだ。
その死体の解体が、ドワイトナイフを使えばあっという間に終わる。
しかも素材として使えない部分……本来なら穴を掘って埋めるとか、燃やすとかしなければならない部分もドワイトナイフの効果によって消滅してくれるので、後片付けをする必要もない。
「ふーん。そういうものなの? 面白くないのにやるなんて、変わってるわね」
妖精にしてみれば、基本的には面白いか面白くないかが判断基準だ。
そんな妖精にとって、別に面白くもないのに解体するのは不思議に思うのだろう。
「やらないといけないことってのはあるだろ。お前達も長から指示されればやるだろう? 実際、ニールセンも長の命令で他の妖精郷に向かってるし」
「あー……うん。そうね。そう言われると納得出来るわ。レイも長に命令されて解体してるのね」
「いや、違う」
妙な風に納得した妖精にそう言うレイだったが、妖精の方はもうレイと十分に話して満足したのか、そのまま飛び去っていく。
この辺の気分によって行動するところも妖精らしいのは間違いない。
とはいえ、レイにしてみれば飛んでいった妖精に妙な勘違いをされてないかと、そう思ってしまうのだが。
「まぁ、いいか」
勘違いされると面倒になりそうだったが、今から追い掛けてそれを訂正するのも、それはそれで面倒だ。
なら、別に自分に何らかの不具合がある訳でもないし、このままでいいだろうと判断する。
妖精達にとって、デマが流れるのはそう珍しいことではないのだから。
「とはいえ、妖精がいなくなると本当にやることがないんだよな」
素材も全てミスティリングに収納してしまうと、今の状況では特にやるべきことはない。
なら、どうするか。
そう考えたレイは、やるべきこともないのだからとデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
そうして強力な敵をイメージしながら、その空想の敵と戦い始めた。
自分に向かって放たれる一撃を回避しながら黄昏の槍による突きでカウンターの一撃を放つ。
その一撃は、しかし空想の相手が素早く後ろに退いたことによって回避された。
突きというのは、攻撃の中でもっとも速度のある攻撃だ。
しかもそれを放ったのはレイであるにも関わらず、相手はそれをあっさりと回避したのだ。
だが、レイもそのような相手の攻撃は読めていたといわんばかりに、デスサイズによる横薙ぎの一撃を放つ。
大鎌による横薙ぎの一撃は、その攻撃範囲が広い。
空想の相手も黄昏の槍の一撃は回避出来たものの、攻撃範囲の広いデスサイズの一撃は回避出来ない。
ただ、それは致命傷には程遠い……それこそ、鎧を斬り裂きつつも、身体につけた傷は薄皮一枚といったところでしかなかった。
そしてレイが想像した相手は、当然ながらその程度の傷で怯んだりはしない。
空想の相手はレイがデスサイズを振るった一撃の隙を突き、一気に前に出る。
デスサイズと黄昏の槍を使う二槍流は、レイが魔法と並んで得意としている戦闘方法だ。
だが、それでも黄昏の槍にしろ、デスサイズにしろ、長柄の武器はどうしても攻撃の隙が出来てしまう。
勿論、それは普通の……いや、腕の立つ者ですら簡単に出来るようなものではない。
しかしそこはレイが想像した相手だ。
強敵……それこそ不動のノイズに並ぶ実力者を想像している以上、普通なら隙とも言えないような隙を突くくらいのことは容易に出来る。
だが、攻撃をされたからとはいえ、レイがその攻撃を食らうような真似はしない。
デスサイズを振るった勢いのまま、膝の力を抜く。
そうなると、当然のようにレイの身体は沈み……想像した相手が放った攻撃は、一瞬前までレイのいた場所を貫く。
半ば体勢を崩しながら、それでもレイはデスサイズを握っている右手首を返し、そのまま返す刃を振るう。
デスサイズが本来の重量……百kgを片手で持っていれば、それを振るうのは不可能だろう。
だが、デスサイズの能力にはレイとセトが持った場合は殆ど重量を感じさせないというものがある。
そのおかげで、レイは片手で……いや、それどころか、その気になれば二本の指でデスサイズを振るうような真似すら可能だった。
そうすると、デスサイズを振るうことは出来るが、十分に固定出来ないからというのがそのような真似をしない大きな理由だった。
その一撃が相手の胴体を斬り裂き……だが同時に、相手の振るった長剣の一撃がレイの右腕に振り下ろされた瞬間、想像していた相手は消える。
「ぜはぁっ……」
大きく息を吐きながら、レイは自分の右腕を見る。
当然ながら、そこにはきちんと自分の右腕があった。
「ふぅ」
大きく息を吐いた後で、再び息を吐く。
今度の息は安堵の息だ。
自分の想像上の敵の攻撃ではあるが、攻撃されたという強い実感があれば、それは身体に影響を与える。
(何だったか。布とかで目を見えないようにして、熱した鉄の棒だと嘘を吐いて鉄の棒を触れさせると火傷をするとかなんとか。……確かそういう話があったよな? それが本当なのかどうかは分からないけど)
それはレイが日本にいる時に漫画か何かで見た話だ。
かなり有名な話だったが、それが実際に事実だったのかどうかは、生憎とレイにも分からない。
もっとも、もしそれが嘘……とまでは言わずとも、大袈裟な話であってもこのエルジィンにおいては思い込みでどうにかなってもおかしくはない。
魔法やモンスターが普通に存在する世界なのだから。
「そう言えば、漫画か何かで想像する敵を人じゃなくてカマキリとかの虫にするってのがあったな。……そういう意味では、この世界の戦いというのは悪くないのか?」
想像しなくても、普通に巨大な虫型のモンスターというのは存在している。
それどころか、そのようなモンスターよりも巨大で凶悪なモンスターも存在しているのだ。
そういう意味では、わざわざそのような相手を想像する必要もない。
……レイにしてみれば、それこそ虫型のモンスターよりもノイズを始めとしたランクS冒険者の方が強敵に思えるのだが。
「とにかく、少し休むか。喉も渇いたし」
呟きつつ、レイはミスティリングから流水の短剣を取り出し、水を生み出して飲む。
この流水の短剣も、本来なら魔力によって水を生み出し、敵を攻撃するという性能を持つマジックアイテムなのだが、レイの魔法の才能は炎に特化している。
そんなレイだけに、流水の短剣を使っても出てくるのは水だけだ。
もっとも、その水は天上の甘露と呼ぶ程の水なのだが。
それこそ水だけで料金を取れるような……いや、この水を飲めるのなら金程度幾らでも払ってもいいと思う者すらいるだろう、極上の味。
とはいえ、レイにしてみればその水は美味いものの、いつでも好きなだけ飲める水でしかない。
無造作に、味わうといった様子もなく短剣の切っ先から出てくる水を飲んでいく。
もしこの水の価値を知っている者がいれば、一体何しているんだと激高してもおかしくはない光景だったが、幸いにしてここにいるのはレイだけだ。
好奇心の強い妖精も、今は近くにいない。
そんな中で、レイは短時間ではあるが全身全霊を込めて動いた疲れを癒やすのだった。
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