3158話
「うーん、やっぱりこうなるか」
妖精郷に行く前に、野営地の近くに存在する炎獄を見に来たレイだったが、炎獄の中にいるサイコロと円球は、それぞれ明らかに昨日見た時と比べても縮んでいた。
「レイ、どう思う?」
オイゲンがそう尋ねるが、レイとしては返せる言葉は多くない。
「湖の側にあった炎獄と同じ感じだと思う。……個人的には、サイコロと円球という二種類がいるから、もしかしたらその二種類で相手を吸収するような真似をして生き延びるといったようなことになるかもしれないと思っていたんだが。外れたな」
「それについては、こちらでも似たような予想をしている者がいた。だが……最後までその様子を見ないことには、何とも言えん」
オイゲンの言葉を聞いた一人の研究者が、何かを言いたそうにする。
恐らくその研究者が、共食い――形状が違う以上、正確には共食いとは呼べないかもしれないが――をすると予想した研究者なのだろう。
「穢れの研究については、また穢れが現れたら俺が妖精郷からやって来て炎獄に捕獲するから、心配しないでくれ。とはいえ、昨日の件を考えるとこの穢れ達も今日中には消滅してしまいそうだな」
そんなレイの言葉に、何人かの研究者は視線を向けてくる。
言葉にはしないが、それでも何を言いたいのかはレイにも十分に理解出来た。
つまり、炎獄を解除したらどうかと言いたいのだろう。
レイにしてみれば、そんなことをするつもりは全くないのだが、研究者達の中の何人かにしてみれば、やはり色々と思うところがあるのだろう。
とはいえ、レイがいる時ならまだしも、レイはこれから妖精郷に行くのだ。
この野営地に穢れを倒すことが出来る者がいなくなる以上、ここで炎獄を解除して穢れを自由に行動させるのは問題となる。
(まさか、エレーナを連れてくる訳にはいかないしな)
現状、判明している限りでレイ以外に唯一穢れを倒すことが出来るのは、エレーナだ。
だが、そのエレーナを野営地に連れて来て働かせるなどといった真似をするのは、問題がある。
エレーナ本人は、レイが頼めば案外あっさりと引き受けるのかもしれないが。
また、エレーナが穢れを倒すことが出来るのは間違いないものの、今のところその手段は竜言語魔法によって使われるレーザーブレスだ。
レーザーブレスを使うと、その射線軸上にある全てが消滅する。
実際、エレーナのレーザーブレスによって消滅した場所は、上空からでもしっかりと確認出来るのだ。
結果として、その影響によりトレントの森でモンスターや動物の縄張り争いが混乱してしまうという欠点もある。
「ダスカー様に頼んで、錬金術師達に穢れを閉じ込めるマジックアイテムを作って貰えるように頼んでいる。それが具体的にいつくらいに出来るのかは分からないが、魔の森のモンスターの素材とかを賞品にしてるから、恐らくそう遠くないうちに出来ると思う」
実際には最も優秀なマジックアイムを作った錬金術師にはクリスタルドラゴンの素材を賞品として渡すことになっているのだが、それについては黙っておく。
もしそれを言った場合、研究者達の中に穢れの研究ではなくクリスタルドラゴンの研究をしたいと思う者が出て来てもおかしくはなかった。
穢れもクリスタルドラゴンも、双方共に未知の存在であるのは変わらない。
そうである以上、穢れよりもクリスタルドラゴンの方に強い興味を持つ者がいてもおかしくはないだろう。
「マジックアイテムか。あまり期待しないで待っている」
そう言うオイゲンにレイは別れを告げ、セトと共にその場を離れる。
次に向かうのは、樵達のいる場所。
穢れが出る中で樵達が仕事をしているのは、もし穢れが出てもレイが助けに来ると言っているからだ。
また、何かあった時の為にレイが見回りに来るというのも、樵達が仕事を続ける条件になっていた。
とはいえ、まだそれなりに早い時間である以上、樵がトレントの森に来ているとは限らないのだが。
あるいは錬金術士達にマジックアイテムを作らせる為に、ダスカーから樵の仕事は今年はもう終わりだと指示がされていてもおかしくはない。
その辺についてどうなっているのかは、レイにもまだ分からない。
だからこそ実際に様子を見てみたいという思いもあった。
「セト、じゃあ頼む」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトが鳴き声を上げて助走の後に翼を羽ばたかせ、空を駆け上がっていく。
そんな景色の変化を見ながら、レイは樵達のいる場所の見回りをどうするべきか考える。
(俺が妖精郷にいる以上、これから樵達の見回りは出来なくなるんだよな。いやまぁ、やろうと思えば何とか出来るかもしれないけど、ニールセンがいない時にそういう真似をして、その途中でどこかに穢れが現れたりしたら、完全に後手に回ってしまうし)
現状においては、穢れの関係者に対して攻撃が出来ず、向こうから出て来るのを待つしかない以上、その時点で受け身に回っているのは間違いない。
その上で、更に転移してきたら穢れに向かうのが遅れるとなると、それこそ後手の後手といった感じになってしまうだろう。
(これが裏の裏なら、表なんだけどな)
そんな風に考えている間に、セトは樵達のいる場所まで到着したのだが……
「あれ? 思ったよりも人数が少ない?」
上空から地上を確認したレイの口から、そんな言葉が漏れる。
トレントの森に生えている木々によって、上空から見えない場所にいる樵達がいてもおかしくはない。
また、結構な人数の樵達が冬になるということで故郷に戻ったのも知っている。
だが、それを込みで考えても、更に樵の数が少ないように思えた。
「セト」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは翼を羽ばたかせて地上に向かって降下していく。
その降下の最中に、レイは樵が斧を木の幹に叩き付ける音が聞こえてこないことにも気が付く。
いつもなら、コーン、コーンという音が周囲に響いているのだが、そのような音が一切ない。
より強い疑問を感じつつ、セトが地上に着地する。
レイもすぐにセトの背から降りると、樵と冒険者がレイに近付いてくる。
「よかった。早い内に来てくれて助かったよ」
樵がレイに向かってそう言ってくる。
改めて周囲を見てみると、やはり人数が少ない……というか、樵が二人に冒険者が五人と、明らかに仕事をするつもりはないだろうという数だった。
以前の、レイがミスティリングで伐採した木を運んでいた時ならともかく、今は冒険者達が……場合によっては樵達も協力して、伐採した木をギルムまで運んでいる。
それがこの人数では、木を伐採することは出来ても運ぶことは出来ないだろう。
「もしかして、樵の仕事は終わりか?」
「正解。実際にはもう数日はある予定だったんだけど、何故かそれが早まったんだ」
何故かと言う樵だったが、その理由を知っているレイとしては、そうかと納得する。
「それで仕事が終わったのに、何でここにいるんだ?」
「急に仕事が終わったから、問題がないのかを確認しておきたいのと、レイに見回りを頼んでいただろう? それはもう必要ないと言っておこうかと」
「そうか。分かった」
タイミング的には、レイにとってもこれは悪い話ではない。
いや、寧ろ最善のタイミングだろう。
樵達が仕事を終えることにより、取りあえず春までは樵達が穢れに襲撃されるということはなくなったのだから。
もっとも、樵達が襲撃されなくてもよくなったのはレイにとっても悪い話ではなかったが、代わりにゴーシュ達が穢れの研究をする為に毎日トレントの森までやって来るので、そちらが襲われないかと思ってしまう。
実際、ゴーシュ達が穢れに襲われているところをレイは助けているのだ。
そうである以上、この先にも同じようなことが起きる可能性は高い。
もしそうなった場合は、レイが長から話を聞いてすぐにセトに乗って駆けつけることになるだろう。
「あれ? 随分とあっさりだな。もう少し何かあるかと思ったんだけど」
「こっちにも色々とあるんだよ。それに樵の仕事が終わったということで、お前達が穢れに襲われなくなったのは、俺にとっても悪い話じゃないし。……で、それはいいとして、今日はこれからどうするんだ? もうギルムに戻るのか?」
そう尋ねたのは、樵……だけではなく、護衛の冒険者にも同時に尋ねていた。
「そうだな。樵達の仕事が終わったら、出来るだけ早くギルムに戻るつもりだ。レイもその方がいいだろう?」
「そうだな。そうしてくれると、俺としても色々と助かる」
そうレイが言うと、冒険者は納得した様子で頷く。
冒険者にしてみれば、レイがこの件に関わっているというのは予想はしていたものの、それでも何か確信があった訳ではないのだろう。
だが、それでも冒険者としての勘……何よりも穢れの存在を思えば、予想するのは難しい話ではない。
「あれ? なぁ、レイ。ニールセンはどうしたんだ?」
レイと話していた冒険者が、ふとレイと一緒にいる筈のニールセンの姿がないことに気が付き、尋ねる。
レイはそんな冒険者に何かを言おうかと考えるも、首を横に振る。
「ニールセンはちょっと妖精郷に用事があってな。そっちに戻ってる」
野営地にいる、穢れに深く関わっている面々ならともかく、樵やその護衛の冒険者達にはニールセンの件について詳細を話す必要もないだろうと考えたのだ。
冒険者はそんなレイの様子に若干の疑問を抱いた様子だったものの、ここで深く追求をしても決して自分にとって利益はない……どころか、場合によっては悲惨な未来が待っているかもしれないと考え、それ以上突っ込んだ話を聞くのは止めた。
「そうか。なら、来年の春になって仕事が再開されたら、またニールセンと会えるか」
「そうなると思う。もっとも、ニールセンがその気にならないとどうにもならないけどな」
普通に考えれば、春になる頃には間違いなくニールセンは戻ってきている筈だ。
だが、もし妖精郷や、今回の本命である穢れの関係者の拠点で何かあった場合、春になっても戻ってきていない可能性も十分にあった。
(というか、今更だけどニールセンとイエロが寄り道しまくって、春になっても実はまだ妖精郷に到着していないとか……そういうことになったりはしないよな?)
普通なら到底そのようなことは考えられない。
だが、妖精のニールセンについて普通に考えてもいいのかどうか。
もっとも、そんな真似をすれば間違いなく長からのお仕置きが待っている以上、恐らくそういう風にはならないとレイも考えていたが。
そんな風に考えつつ、戻ってきた時にニールセンが泣き叫ばないように祈りつつ、レイは樵達との会話を終える。
「じゃあ、俺はもう行くよ。次にここで会うのは春になってからだと思うけど、その時はまたよろしく頼む」
「ギルムで会えればいいんだけどな」
そう言う冒険者だったが、レイの事情については理解してるので、その言葉は半ばお世辞というか、そう出来ればいいなといったような感じの言葉だ。
レイも自分がギルムで活動する時は可能な限り正体を隠して行動しているので、冒険者の言葉にも頷くだけだ。
「それこそ、来年の春くらいになれば今よりもう少し楽な状況になってるかもしれないけどな」
そう言い、レイはセトの背に乗る。
「またな。……セト」
「グルルルゥ!」
レイの言葉にセトが鳴き声を上げ、数歩の助走の後に翼を羽ばたかせて空に駆け上がっていく。
「さて、これで妖精郷に行く前にやるべきことは全部終わったな。後は妖精郷に行くだけか。セト、頼むな」
「グルゥ」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らしたセトは、妖精郷に向かって進む。
それこそ数分も経たないうちに、レイとセトの姿は妖精郷のすぐ近くにあった。
正確には、妖精郷から少し離れた、木々が生えていない空き地になっている場所。
直接妖精郷に降りるといった手段もない訳ではないのだが、妖精郷の周囲には霧の空間が存在している。
レイとセトはそこに入っても、霧の空間に棲息する狼に襲撃されるようなことはない。
ないのだが、それでも着地する時に失敗してしまう可能性があるということで、このような場所に着地したのだ。
「こうして見る限り、特に妖精郷に何か異常がある様子はないな」
「グルルゥ?」
レイの言葉に、セトはそうなの? と喉を鳴らす。
周囲の様子を見ているセトにしてみれば、何故レイがその辺りに興味を持っているのか分からなかったらしい。
それこそ感覚的な意味ではレイよりもセトの方が鋭い。
もし何かあった場合、それこそレイよりもセトの方が異変を感じることが出来ていただろう。
「いや、何でもない。妖精郷に異常がないのなら、俺達にとっては問題ないだろうし。……さて、いつまでもここにいる訳にもいかないし、行くとするか」
そう告げるレイに、セトは喉を鳴らすのだった。
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