3154話
「あれ? オイゲンさん? それに……こっちに来たってことは、湖の方の炎獄はもう?」
「うむ。湖の側の炎獄はもう消えた。なので、今残っているのはこの炎獄だけだな」
野営地の側にある炎獄。
湖にあった炎獄は、黒い円球だけが捕獲されているものだったが、この野営地の近くには円球とサイコロの双方が混在して捕獲されていた。
そういう意味では、湖の方の炎獄と比べてもかなり重要度は高い。
ましてや、今はもう湖の炎獄はなくなってしまったのだから。
(そうなると、出来れば今のうちに何とかして炎獄を……というか、穢れを捕らえた炎獄を少しでも早く入手する必要があるな。ただ、問題なのは穢れの出現に関しては、俺がどうこう出来る訳じゃないってことだが)
レイにしてみれば、穢れさえ出てくれば炎獄で捕らえるのは難しくはない。
実際には、もし炎獄で捕らえるといったようなことになった場合は、穢れを上手い具合に引き寄せるといったような真似をする必要があるのだが。
もっとも、その辺に関してはレイも特に心配はしていない。
野営地にいる冒険者は基本的に腕利きの者達が揃っているし、今までにも何度か穢れと遭遇して、どう対応すればいいのかは十分に分かっている。
そうである以上、レイは自分が野営地の冒険者達と協力をすれば問題なく対処出来るだろうと、そう思っていたのだ。
それは決して自信過剰といったものではなく、自分の実力と野営地の冒険者達、そしていざとなったらセトが協力をするということを思えば、間違いのないことだった。
「これが、穢れ……以前に見たが、こうして間近でじっくりと見ることが出来るとなると、色々と感慨深いものがあるな」
ゴーシュがしみじみといった様子で呟きながら、炎獄の中に存在する円球とサイコロを見る。
何しろ触れると黒い塵になって吸収されてしまうのだ。
そうである以上、やはりこうして間近でしっかりと観察が出来るというのは、非常に大きなことなのだろう。
「オイゲン、ちょっといいか? お前には話しておかないといけないことがあるんだが」
「私に? ……ゴーシュはいいのかね?」
「あの様子を見ると、今は何を言っても無駄だろ。なら、後でお前から話しておいてくれればいい。それとフラットにも話しておく必要があるから……ちょっと一緒に来てくれ」
レイの真剣な表情を見て、何か重大な内容だと理解したのだろう。
素直に頷くと、助手に少し出てくると言ってからレイの方にやって来る。
助手や護衛は本来ならオイゲンと一緒に行動する必要があるのだが、レイが一緒なら問題ないだろうと判断したらしく、完全にレイに任せていた。
レイだけではなくセトも一緒にいるので、余計に安心だったのだろう。
レイもそんな助手や護衛達の考えを理解しているものの、特に何も問題はないだろうと判断してオイゲンと共に野営地にいるフラットを捜して回る。
幸いなことに、野営地に入ってから数分もしないうちにフラットが姿を現す。
「レイ、それにオイゲンも、どうしたんだ?」
「どうやらレイは私達に話があるらしい」
「話? ……一体どのような話だ? 悪い話じゃないといいんだが」
レイの話と聞いて、フラットは嫌な予感を覚える。
また穢れがどうとかいったような内容でなければいいんだが……と。
今までの経験からすると、このような状況でレイが自分に話があると言った場合、あまり考えたくないことだが、面倒が待っている可能性が高かった。
レイは自分がそのように思われていると知っているのか、いないのか。
セトを撫でながら口を開く。
「フラットとオイゲンには言ったと思うが、ニールセンが他の妖精郷に行くという話があっただろう?」
「ああ、それか。……近いうちって言っていたな」
フラットの言葉にレイは頷き、単刀直入に言う。
「明日だ」
『は?』
レイの口から出た言葉に、フラットだけではなくオイゲンまでもが間の抜けた声を出す。
「えっと、レイ。俺の聞き間違えじゃなければ、明日って言ったのか?」
「そうなるな。フラットの耳は悪くない。それが証明された訳だ」
「……そういう風に言われても、正直なところあまり嬉しくないんだが。まぁ、それはいいとして。以前聞いた話によると、ニールセンがいない間はレイは妖精郷で寝泊まりをするって話だったよな?」
「ニールセンがいない以上、それは仕方がないだろう? 妖精郷にいる長から、どこに穢れが出たといった情報を貰えないんだし」
「ぐぬぅ……それは……いや、だが……」
レイのその言葉に、フラットは何も言えなくなる。
フラットにしてみれば、レイが野営地にいなくなるのは困るのは間違いない。
だが、ニールセンがいなければ穢れが現れた時に、長からの情報を知ることは出来ないのだ。
そうである以上、レイの言葉にどうしても頷く必要があるのは間違いなかった。
「オイゲンはどう思う?」
困ったフラットは、自分と一緒にレイの話を聞いていたオイゲンに尋ねる。
そのオイゲンは少し迷った末に、やがて口を開く。
「穢れに対してはレイしかいないのは間違いない。そうなると、レイが野営地から妖精郷に行く必要があるのは間違いないと思う」
オイゲンはレイの言葉を受け入れるといった様子を見せる。
そんな様子にレイは助かったと思いながら口を開く。
「そう言ってくれると助かるよ。取りあえず、安心しろ。もし野営地に穢れが現れたりした場合、俺はすぐセトに乗って駆けつけるから。……なぁ?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、妖精郷から野営地まではすぐに到着出来る距離だ。
もし野営地に穢れが出現しても、野営地にいる冒険者なら穢れに殺されるようなこともなく、逃げ続けることは出来るだろう。
幸いにも、今のところ穢れは全てが移動速度が遅い。
そうである以上、普通に考えれば穢れに追いつかれるようなことはないだろう。
「な? セトがこうしているから、問題はない」
「レイの言いたいことは分かるが、レイが実際に野営地にいるのかいないのかで、安心感は随分と違うんだよな」
野営地にいる冒険者は優秀な者達ではあるが、それでも穢れのような自分達の常識が通用しない相手と戦う以上、レイのようなそれを倒すことが出来る存在が野営地にいるというのは、冒険者達の精神的な安定に一役買ってるのは間違いない。
もっとも、優秀な冒険者が集まっているだけあって、レイがいなければどうしようもないといった訳でもない。
多少は動揺したりするのかもしれないが、それでもレイがいないのなら、いないなりにそれなりに行動は出来る。
(あ、それとももしかして……俺がいなくて困るというのは、研究者達との関係を考えての話か)
正確には、研究者ではなく、その護衛達だ。
実際にレイは護衛達と冒険者達が揉めている光景に遭遇している。
その時はレイを敵に回すと不味いと判断した護衛達が、揉めていた護衛を取り押さえて大きな問題にはならなかったが、それはあくまでもレイがいたからこその行動だった。
もしレイがいなければ、仲間を取り押さえるような真似はせず、それこそ護衛達と冒険者達は正面からぶつかるといったようなことになっていてもおかしくはないのだ。
そのようなことになると、間違いなく面倒なことになる。
一度正面からぶつかってしまえば、次からは普通にお互いに正面からぶつかるといったようなことになる可能性が高かった。
「色々と心配があるのは分かる。ただ……もし俺がいない間に何らかの問題が野営地で起きた場合、俺も相応の行動を取る必要が出てくるかもしれないとだけは覚えておいて欲しい」
一応、そうして釘を刺しておく。
実際にそれがどれだけの効果を発揮するのかは、生憎とレイにも分からない。
分からないが、それでも今の状況を考えればやっておいて悪いことではないと判断したのだ。
そんなレイの考えを理解したのか、フラットもオイゲンも揃って頷く。
二人にとっても、レイと敵対して得をすることなど一つもない。
そうである以上、ここでレイの言葉に頷かないという選択肢はない。
そしてこうして頷いた以上、冒険者達や護衛達が余計な問題を起こさないようにする必要があった。
実際にそれが具体的にどのようなことになるのかは、レイにも分からなかったが。
「納得して貰えたようで、俺も嬉しいよ。……さて、それで明日の件だが、朝になったらニールセンを連れて妖精郷に向かうことになると思う」
本来なら、それこそ今からでも妖精郷に向かった方がいいのだが、いつまた穢れが出る可能性も否定は出来ない。
そうである以上、今から妖精郷に戻った場合、またこちらに戻ってくるようなことにもなりかねない。
そのようにならないようにする為に、やはりここは野営地に残った方がいいと思ったのだ。
「助かるよ」
レイの考えを理解したフラットは、素直に感謝の言葉を口にする。
穢れの存在について、レイに頼り切りになっているのを十分に理解しているからだろう。
「気にするな、どのみち穢れが出たら結局俺が出る必要がある。なら、これは俺にとっても面倒が少ないという意味で悪くない」
「明日になるとレイがいなくなるのは残念だ。だが、ゴーシュもいることだし、騒動は起こさないように頑張ろう」
「そうしてくれると、俺としても助かるよ。……さて、話はこれで終わりだ。それでどうする? もしニールセンと少し話したいのなら、呼んでもいいけど」
「いや、ニールセンは私達を嫌っているのだろう。なら私がニールセンと会っても、向こうにいい感情は抱かれないだろう」
「それは……まぁ」
オイゲンの言葉に、レイは少し驚きながらも頷く。
まさかオイゲンがニールセンに嫌われているというのを理解しているとは思わなかったのだ。
もっとも、ニールセンの研究者に対する態度を見れば、普通に考えて嫌われているというのは明らかだ。
しかし研究者達は、そのような態度をされても全く気にした様子がなかった。
だからこそ、自分の研究に対しては強い興味を持つが、それ以外のことについては全く気にしていないのかと、そんな風にレイは思っていたのだが。
だが、オイゲンの様子を見る限りではどうやらそれは違ったらしい。
もっとも、だからといってその件に対してレイがこれ以上どうこう言うつもりはなかったが。
「じゃあ、そういうことでいいな。……フラットはどうする?」
「俺も別にいい。ニールセンにあっても、何か用件がある訳でもないしな」
フラットはニールセンから嫌われてはいない。
格別に好かれている訳でもないのだが。
言ってみれば、普通といったところか。
そんなフラットだけに、もし何かニールセンに聞きたいことや、あるいは言っておきたいことがあれば、ニールセンを呼べば普通に近付いてくる。
だからこそ、今の状況で特別に何かニールセンに話しておきたいようなことはないと考えたのだろう。
「そうか。じゃあ、俺はこの辺で。セトと一緒に適当に野営地を歩き回ってるよ」
そう言い、オイゲンとフラットから離れる。
当初の目的だった、ニールセンについての話は既にしている。
そうである以上、別にここで無理に何かを話す必要もないと判断したのだ。
……もっとも、適当に歩き回ると言ったように特に何かやるべきことがある訳でもないのだが。
それでもこのままオイゲンやフラットと一緒にいるよりは、この場から離れた方がいいと判断したのだ。
(それに、俺がいると話しにくいこととかもあるだろうし)
それが具体的にどのような内容なのかは、生憎とレイにも分からない。
分からないが、それでも現在の状況を考えれば何かそういうことがあってもおかしくはないとは思う。
「グルルルゥ?」
レイの隣を歩いていたセトが、どうしたの? と喉を鳴らす。
レイの様子に疑問を抱き、不思議に思ったのだろう。
「いや、何でもない。気にするな。ちょっと考え込んでいただけだ。それより、セト。セトはこれからどこかに行きたい場所とかはあるか?」
「グルゥ? ……グルゥ!」
セトはどこか行きたい場所はないのかと言われ、少し考えたところですぐにとある方向を見る。
それは少し前までセトがいた場所……湖だ。
セトにとっては、何だかんだと途中で遊ぶのを中断したので、どうせならここでもっと自分も遊びたいと、そう思ったのだろう。
レイはそんなセトの様子に、すぐに頷く。
特に何か急いでやるようなことはなかったので、どうせならセトと一緒に湖で遊んでもいいかと、そのように思ったのだろう。
「よし、じゃあ湖で遊ぶか。……冬に湖で遊ぶってのも、ちょっとないよな」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに鳴き声を上げるのだった。
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