3148話
「取りあえず、ニールセンの件はもう少しで覚悟が決まるらしいから、このまま待つとして……」
そう言いながらレイが視線を向けると、ニールセンは残り少ない焼き菓子に集中していた。
正確にはレイの言葉が聞こえており、それを聞こえないふりをしているのだろうが。
(これ、本当に大丈夫なんだろうな? 覚悟を決めるって話だったけど……この様子を見ると、かなり難しそうに見えるんだが)
そう思ったのはレイだけではなかったのだろう。
ダスカーもまた、微妙な表情を自分に背中を向けて焼き菓子を食べているニールセンに向けていた。
最悪の場合、長に言おう。
自分がどうこう考えても、恐らくニールセンがその気になるようなことはない。
その為、長に話を持っていった方が手っ取り早いと判断したレイは、ニールセンから視線を逸らしてダスカーに話し掛ける。
「それで錬金術師達をその気にさせる為の素材ですが……」
レイが口にしたのは、穢れを捕らえる為のマジックアイテムを錬金術師達が作った場合に渡す報酬……いや、賞品としての素材だ。
「一番優秀なマジックアイテムを作った錬金術師にはクリスタルドラゴンの素材を渡すとして、他の錬金術師達にもそれなりに報酬として素材を渡す必要があるでしょう」
そう言い、レイはミスティリングの中から素材を取り出す。
それは魔の森で倒したオークナーガの死体だ。
オークナーガも魔の森のモンスターだけに、未知のモンスター……あるいは確認されていても、非常に希少なモンスターだ。
錬金術師達にとってみれば、オークナーガの素材を使えば一体どのようなマジックアイテムを作れるかと、非常に楽しみに……いや、熱狂すらするだろう。
それ以外にもレイがオークナーガを選んだのは、オークナーガが群れで行動するモンスターで、それだけ多くのオークナーガを倒したからというのが大きい。
ゴーレムを作って貰う時の交渉にもオークナーガは使ったが、それを込みで考えてもまだオークナーガの死体は結構な数がミスティリングに収納されている。
ドワイトナイフを入手した今となっては、それこそ解体をするのもそんなに時間が掛からないので、全てのオークナーガを完全に解体するのは難しい話ではないのだが。
それでも敢えて死体を出したのは、錬金術師達には素材で提供するよりも、死体をそのまま提供した方が効果的だと判断した為だ。
錬金術師達にしてみれば、未知のモンスターの素材である以上、どの部位が素材として使えるかというのは分からない。
ドワイトナイフを使えば、レイには理解出来ない小難しい理屈によって素材――食用出来る肉も含む――以外は全て消滅する。
だが、錬金術師達にそれを言っても、素直に信じるかどうかは微妙だろう。
……正直なところ、レイもその理屈は色々と不明だが消滅するという風に言われてしまえば、素直に信じてもいいのかどうか微妙だとは思うのだが、ダスカーがわざわざ報酬として用意してくれたマジックアイテムである以上、恐らくは大丈夫だろうと自分を納得させていた。
レイですらそうなのだから、錬金術師達が素材だけを渡されて事情を説明されても納得するかどうかは分からない。
なら、いらない面倒を避ける為にも死体をそのまま渡してしまった方が手っ取り早いのは間違いなかった。
「分かった。その死体は……今はまだレイが預かっていてくれ。今はまだ錬金術師達に渡すようなことはしたくない」
「あ、それは……そうですね」
樵の仕事が完全に終わった状況であればまだしも、今はまだそうではない。
数は少なくなったが、それでもまだ樵の仕事をしている者がいるのだ。
そうである以上、今の状況で錬金術師達にオークナーガの死体を見せた場合、伐採した木に対する魔法処理よりもオークナーガの方に集中するのは間違いなかった。
「けど、そうすると穢れに対処するマジックアイテムの完成が遅れますよ?」
マジックアイテムを作るというのは、作ろうと思ってすぐにその場で作れる訳ではない。
どのようなマジックアイテムにするのかを考え、それを設計し、必要な素材を考え、その素材を集めて、そして作るのだ。
また、いざ作るということになっても、予定外のことが起こってその調整をしたりといった真似をする。
それこそ、場合によっては目的のマジックアイテムを作るのに数日……どころか、数ヶ月掛かるようなこともあるのだ。
だからこそ、もし本気で穢れをどうにかするマジックアイテムを作るのなら、少しでも早い方がいい。
「俺もそう思ってはいる。だが、錬金術師達の性格を考えれば、一部の錬金術師達だけを優遇するような真似をすれば、間違いなく騒動になる」
「それは……」
ダスカーの口から出た言葉は、レイにとっても否定出来ないものだ。
錬金術士達と接することが多かったレイだからこそ、その言葉は非常に正しいと理解出来る。
もしダスカーが口にしたように、錬金術師の一部だけを優遇した場合、大きな騒動になるだろう。
場合によっては、今後増築工事に協力するような真似をしないと言い出す者が出て来ないとも限らない。
「分かって貰えたか?」
「はい。……ただ、穢れの方をどうにかするのを出来るだけ優先した方がいいと思うんですが」
増築工事がギルムにとって大きな意味を持つのも、だからこそギルムの領主がそれを優先するのも理解は出来る。
しかし、それを考えた上でも穢れの方を優先した方がいいのではないかというのがレイの考えだった。
「幸いというのはどうかと思いますが、樵の仕事はそろそろ終了です。樵の数も少なくなってきてますし。そうなると、伐採した木を作業所に運び込んでも夏とかのように次から次と大量に運ばれてくる訳ではないので、マジックアイテムの件が一段落したら、冬の間に魔法的な処理をさせればいいのでは?」
そう言うレイだったが、それで本当に大丈夫だという保証はない。
もし錬金術師達がマジックアイテムの件に集中した場合、そちらに集中しすぎて最終的には春になってもまだそちらに集中しているといった可能性も否定は出来ないのだから。
何しろ今回の件は、色々な意味で錬金術師達の興味を惹く要素が多い。
具体的には、オークナーガという未知のモンスターの素材に、一番優秀なマジックアイテムを作った者にはクリスタルドラゴンの素材が、そして穢れという危険であるが故に錬金術師達の興味を惹くだろう存在。
それらについて、冬の間だけでどうにかしろというのはレイから見ても恐らく難しいだろうとは思えてしまう。
だからといって、穢れについては至急なんとかする必要がある以上、急ぐ必要があるのも事実だった。
「なるほど。……レイ、確認するが樵の数は間違いなく減ってるんだな?」
「そうなります。雪が降るのも近いというのもありますし、何より穢れの件が大きいでしょう」
いつ雪が降ってもおかしくないくらい寒くなり、仕事をするのにいつも以上に注意をする必要がある。
また、何よりも厄介なのは穢れだろう。
モンスターと戦うことが多く、身体を動かすのに慣れている冒険者ならともかく、樵はモンスターとの戦闘には慣れていない。
気性の荒い者が多いので、喧嘩慣れしている者はいるだろう。
あるいは山や森、林といった場所での仕事である以上、野生動物と遭遇する機会もない訳ではない。
しかし……それでもやはり、穢れのような存在は非常に脅威なのだ。
何しろ触れるとそれだけで終わりなのだから。
あるいは指先が黒い塵となっている時に手首や肘を切断するといった真似をすれば、もしかしたら助かるかもしれない。
だが、そのようなことになって手や足を失えば、それ以降は樵として働くのは難しいだろう。
義手や義足のマジックアイテムもあるが、そのようなマジックアイテムは基本的に高価だ。
それこそ値段と性能が比例するだろうくらいには。
冒険者ならともかく、樵の収入で買うのは不可能ではないかもしれないが、かなり難しいのも事実。
だからこそ、樵は穢れに接触するというのを恐れてもおかしくはない。
これが普通のモンスターなら、触れても多少怪我をするだけですむこともあるので、そこまで問題はないのだが。
穢れの場合は、触れるというのは死ぬ、あるいは触れた場所を切断しなければならないということである以上、樵がそれを恐れるのは当然だった。
そのようなレイの説明に、ダスカーは納得したように頷く。
ダスカーも毎日のように書類を見てはいるが、樵の人数が減ってきたといったような内容は、ダスカーにとってもそこまで重要ではないので、その前に他の者が処理をするのだろう。
そのような情報まで全て上に上げていれば、ダスカーは書類を整理しきれない。
今でこそかなりギリギリの状況である以上、ダスカーがそのような書類も見るといったことになれば、それこそ激務のあまり体調を崩してもおかしくはない。
だからこそ、ダスカーの部下は樵の数が減ったというような書類は自分達で処理してるのだろう。
「そうして樵の数が減っているのなら、レイの意見を取り入れてもいいかもしれないな」
「助かります。もっとも、ギルムに残る樵が伐採する木が限界以上に貯め込まれないように注意する必要はありますけど」
もし限界以上に木が貯め込まれるといったようなことになったら、それこそ錬金術師を何人か連れてきて魔法的な処理をさせる必要が出てくる。
だが、実際にそのような真似をしようとした場合、間違いなく錬金術師達は不満を覚えるだろう。
何故他の錬金術師達は研究をしているのに、自分だけ仕事を……と。
そうなると、レイは勿論ダスカーが口を出しても話が進むといったことはないだろう。
一種の趣味人とでも呼ぶべき者達が、その趣味の邪魔をする相手に対してどのように思うのかは、考えるまでもないだろう。
その相手が例えギルムの領主であってもだ。
「樵達にはある程度伐採した木が溜まったら、後は休んで貰った方がいいのかもしれないな」
レイの言葉に、恐らく同じことを想像したのだろうダスカーがしみじみと呟く。
ギルムの領主をしているだけあって、当然ながら今回マジックアイテムの作成を依頼するような錬金術師達と同じような相手には会ったことがある。
だからこそ、レイの言葉で話の流れが十分に読めてしまったのだろう。
「お願いします。その方が面倒がなくてすむでしょうし。それに樵も、どうしてもまだ仕事がしたいのなら、樵ではなくて増築工事の仕事とかもあるでしょうし」
冬になってもギルムに留まる樵というのは、基本的には少しでも金を稼ぎたいと思う者達だ。
そうである以上、樵の仕事が終わっても増築工事の仕事はまだもう少し残っている筈だった。
技術職である樵と比べて、増築工事の仕事は専門職ではない限り、樵のような報酬は貰えないだろうが。
それでも金を稼げるのだから、悪い話ではない。
「後は、そうですね。樵が少しでも金を稼ぎたいのなら、さっきちょっと言った、冬にやるギガントタートルの解体の仕事を優先的に受けることが出来る権利を渡すとかしてもいいかもしれませんね」
本来なら、そこまで気にする必要はないだろう。
だが、樵というのは技術職で、しかも基本的には自分の住んでいる場所で仕事をしている者達だ。
実際にトレントの森で働く樵達を集めるのに、ダスカーはそれなりに苦労をしている。
ギルドを通して集めたり、友好的な貴族を通して無理のない範囲で樵を集めて貰ったり。
そのような状況だけに、レイにしてみれば樵達をある程度優遇してもおかしくはない。
これで調子に乗ってもっと優遇するようにと主張するようなことがあれば、それはその時に対処をすればいいだけの話だ。
もっとも、樵達も自分達を護衛している冒険者や、穢れを倒すレイの力を何度も見ている。
それを知った上で調子に乗るといったような真似をするとはレイには思えなかったが。
「いいのか?」
「はい。とはいえ、優先的に雇うというだけで、実際にどのように仕事をするのかは分かりませんが。それこそ、解体が苦手なら周囲の目も厳しいでしょうし」
これが冒険者なら、解体についてはそれなりに慣れている者は多い。
あるいは冒険者ではなくても、例えば猟師であったり、肉屋に勤めていたりといった経験があれば解体はある程度得意な者もいるだろう。
しかし、樵が解体をするのは……野生動物と遭遇して倒したり、あるいは副業として猟師をしていたりといったようなことでもなければ、機会はあまりない。
そんな中で他の者達がしっかりと解体が出来るというようなことがあった場合、周囲の見る目が厳しくなる可能性は十分にあった。
それでもしっかりとやる気を見せるのなら、レイとしてはギガントタートルの解体に参加してくれるのは助かるのだが。
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