3139話
妖精郷を出たレイ達は、特に何の問題もなく野営地に戻ってきた。
普通に考えればこれが普通なのかもしれないが、レイの場合はトラブルに巻き込まれる方が多い。
そういう意味では、こうして特に何の問題もなく野営地に戻ってくることが出来たというのは、悪くない結果だろう。
「レイ!」
野営地に戻ってきたレイを見つけて、即座に声を掛けてきたのは野営地を纏めているフラットだ。
その立場が立場である以上、この状況で野営地を出て妖精郷に行ったレイに、一体何があってそのようなことになったのか……その理由を聞きたかったのだろう。
それはレイを責めている訳ではない。
元々レイが妖精郷に行く前にフラットには事情を話しているのだから、フラットが怒る訳がない。
あるいはレイがいない時に何らかの問題……具体的には新たな穢れが現れるといったようなことでもあれば多少の恨み言は口にしたかもしれないが、そのようなこともなかった。
そうである以上、レイを責めるつもりはない。
責めるつもりはないが、それでも何故急に妖精郷にいかなければならなかったのか。
その辺りについて疑問を抱くのは当然の話で、そしてレイが戻ってきた以上、それを聞きたいと思うのは自然なことだろう。
そしてレイも、長に呼び出された件については特に隠す必要もないので口を開く。
「端的に言えば、もしかしたら穢れの関係者を一網打尽に出来るかもしれない」
「……何?」
何か大きなことであるというのは、フラットにも予想は出来ていただろう。
だが、それでもまさかこのような話がレイの口から出て来るというのは、驚きでしかない。
それだけ今のレイの口から出た言葉は、フラットを驚かせるのに十分だったのだ。
「信じられないか?」
「いや、レイがそう言うのなら、それは嘘じゃないんだろう。嘘じゃないとは思うが……それでも、具体的に何がどうなってそうなるのかが分からない。妖精に関係してるのは予想出来るんだが」
妖精郷に行ってこのようなことを口にしたのだから、妖精に関係してるのは間違いない。
だが、具体的に何がどうなってそのようなことになるのかと言われれば、生憎とフラットにもそれは分からなかった。
「それは……」
そこで一旦言葉を切ったレイは、自分の側を飛んでいるニールセンに視線を向ける。
ニールセンはレイの様子から、何を聞きたいのか……具体的には他の妖精郷から妖精がやって来た件について話してもいいのかと、そのように視線を向けているのに気が付くと頷く。
「別にいいわよ」
予想外にあっさりと許可が出る。
本当にいいのか? とレイは思ったが、この件についてはどこからの情報なのかというのを疑われるのは間違いない。
なら、しっかりと別の妖精郷から妖精がやって来た件を口にしてもいいのだろうと判断して口を開く。
「フラットが知ってるかどうかは分からないが、妖精郷というのは一つだけじゃない。このトレントの森にある妖精郷以外にも、幾つもある……らしい。生憎と俺が知ってるのはここの妖精郷だけだがな」
セレムース平原に妖精に遭遇したことはあったが、その時は移動中の妖精達に遭遇しただけで、妖精郷に入った訳ではない。
セレムース平原の近くにあの時の妖精達の妖精郷があるのか、それとも長達がこのトレントの森に移動してきたように、どこか別の場所に妖精郷を作る為に移動中だったのか。
その辺りはレイには分からなかったが。
「別の妖精郷……やはりあるのか」
「ああ。それで、その妖精郷の近くに穢れの関係者の拠点が一つあるらしい」
その言葉にフラットの表情は厳しく引き締まる。
レイの口から出た言葉の意味をしっかりと理解したらしい。
「それは……確かに重要な情報だな」
「そうだな。拠点であって本拠地じゃない以上、幹部の一人や二人はいるかもしれないけど、穢れの関係者を率いているような人物はいないと思う。だが……それでも、拠点を調べれば本拠地の情報について何かあるかもしれない。……それに……」
そこで一度言葉を切ったレイは、言いにくそうにしながらニールセンを見る。
だが、ニールセンは何故自分がそのような視線を向けられているのかが分からず、不思議そうな視線を返すだけだ。
はぁ、と。
一つ息を吐いてから、レイは口を開く。
「情報を持ってきた妖精は、そこが拠点だと口にしている。だが、もしかしたら拠点じゃなくて本拠地だという可能性も否定は出来ない」
「そんなことが有り得るのか?」
レイの言葉に意表を突かれた様子のフラット。
ニールセンも、微妙な表情を浮かべてレイを見ていた。
「あくまでも可能性だ。生憎と俺は実際に他の妖精郷からやって来た妖精と直接話した訳じゃないしな。ただ、その妖精は知らないが、このトレントの森にある妖精郷の妖精は知っている」
「ちょっと、それはもしかして私達が間抜けだって言いたいの?」
レイの言葉の意味を理解したニールセンが不満そうな様子を見せるが、レイはそんなニールセンからそっと視線を逸らす。
視線を逸らしたレイが見たのは、野営地の冒険者達に撫でられて嬉しそうに喉を鳴らしているセトの姿だった。
「レイ?」
そんなセトを見ていたレイに、ニールセンが不満そうな様子で言う。
「怒るな。あくまでも可能性だ。それに……穢れの性質を考えれば、その関係者はそんなに多くはないと考えられないか? つまり、小さい組織な訳だ。そんな小さい組織が、本拠地以外に拠点を持ってるのかと言われると……どう思う?」
穢れは最悪の場合、大陸を滅ぼす。
穢れの関係者がそれを知ってるかどうかは、レイにも分からない。
だが、穢れを見れば本能的な嫌悪感を抱くのを見れば分かるように、穢れを見て友好的な存在だと思う訳がなかった。
そんな破滅的な存在に関係する組織に、そこまで多くの者が所属するとは思えない。
そうである以上、穢れの関係者達は組織として決して大きくはないというのがレイの予想だった。
「レイの言いたいことは分かる。分かるが、世の中には世界が破滅すればいいといったように考えている奴もいる」
フラットの言葉は、レイにもそれなりに納得出来るところがあった。
実際に自分の考えだけが重要で、それ以外の考えは間違っていると思っていた者を何人か知っている。
そのような者達が所属していると思えば、レイにも納得出来る。
(納得は出来るけど、そういう連中が集まっている組織とか……穢れ云々がなくても、出来れば関わり合いになりたくないよな。いっそ、遠距離から魔法で攻撃して纏めて倒してしまった方がいいか? 問題なのは、もしそうなった場合は情報収集が出来ないということだけど)
レイとしては、穢れの関係者に関わり合いたくはないと素直に思った。
「とにかく、その拠点がどういう場所なのかをしっかりと確認する必要があるのは間違いない。そんな訳で、色々と事情を知っているニールセンがその妖精郷のある場所に向かって状況を確認してくる……ということになるかもしれないってところだな」
「ニールセンが?」
フラットの視線がニールセンに向けられる。
だが、その視線を向けられたニールセンは先程レイが視線を逸らしたのを真似するかのように、視線を逸らす。
ニールセンにしてみれば、自分に期待されていることは理解している。
理解はしているのだが、だからといって実際に自分がそのような真似を出来るのかと言われれば、あまり自信がない。
これがレイやセトと一緒に行くのなら、ニールセンもスモッグパンサーの時の件もあるので、問題ないと考えただろう。
だが、今回はあくまでもレイやセトがおらず、ニールセンだけでの行動なのだ。
幾ら力に覚醒したからとはいえ、穢れの関係者の拠点と思しき場所に自分だけで行けるかというのは難しかった。
「まだ分からないわよ。そういう風に言われてはいるけど、どうするかは決めてないし」
いつまでも視線を逸らすといった真似が出来なかったニールセンは、渋々といった様子でそう告げる。
フラットはニールセンの言葉に納得した様子を見せた。
もしフラットが自分がそのような場所に行けと言われれば、気が進まないのは間違いない。
それでもフラットの場合は自分がそのような真似をしなければならないと言われれば、不承不承ではあるが納得出来るのだが。
「話は分かった。それで、レイはこれからどうするんだ?」
「湖と野営地の近くの炎獄を確認してから、ダスカー様に連絡をしようと思う」
正確にはダスカーに直接連絡するのではなく、エレーナを経由してダスカーに情報や伝言を伝えるといった形になるのだが。
その辺については、そこまで話さなくてもいいと思ったのだろう。
「そうか。新しい妖精郷が出て来たとなると、レイもそちらに話を通す必要があるのか」
「そんな感じだな。……じゃあ、俺はそろそろ炎獄の様子を見てくる」
そうレイが言うと、フラットはそれ以上特に言うことはなかった。
新しい妖精郷の件や、何よりも穢れの関係者の拠点といったように、気になることは他にも色々とある。
だが、レイの様子を見る限りではこれ以上聞いても恐らく話さないと思ったし。それを抜きにしてもレイが忙しいのでそれを邪魔するのは不味いと判断したのだろう。
「分かった。大変なこともあるだろうけど、頑張ってくれ」
そんな言葉を聞きながら、レイはその場を後にする。
当然のように、他の冒険者と遊んでいたセトや、レイの側にいたニールセンもそんなレイを追ってきた。
フラットとの話を終えたレイが次に向かったのは、湖の方だ。
優先順位として考えると、サイコロと円球が混在して捕らえた野営地の近くの方も気になるのだったが、それ以上に湖の側の円球を捕らえた方が気になった。
具体的には、餓死寸前だった円球がまだ生きているのか。あるいはもう死んだのか。
そして死んだ場合は、その身体はどうなるのか。
レイ達が穢れについての情報を知らない理由の一つに、倒す時に死体が残らないからというのがある。
レイが魔法で倒した場合は焼滅するし、それはエレーナの竜言語魔法でも同様だ。
普通に倒した場合に穢れの死体が残るのかどうかは、分からない。
そのような強力な威力でなければ穢れを倒せない以上、どうしてもそのような攻撃方法を使う必要がある。
だがそうして倒してしまえば、死体もなくなってしまうので調べることが出来ない。
ある意味ジレンマのようなものだろう。
(だからこそ、円球が餓死して死んだ時、死体が残ったりするのかどうか。……そして死体が残ったら、それに触れてもいいのかどうか。触れてもいいのなら、そこでようやく死体をしっかりと調べることが出来るようになる訳だ)
レイにしてみれば、非常に手間だ。
だが、そうしなければならない以上、やらなければならないのも事実。
その重要な結果が分かるのが、湖の側に捕らえた円球だった。
「ん?」
そうして湖の近くまでやって来たレイだったが、何故か炎獄の側に赤いスライムがいるのを目にする。
その赤いスライムは、少し前まで湖の側でレイの魔法によって燃やされ続けていた巨大なスライムの子供、あるいは転生した姿とでも呼ぶべき存在だ。
もっとも巨大なスライムだった時と比べると、レイを含めて多くの者に対して友好的な存在だったが。
「なぁ、なんでそのスライムがここにいるんだ?」
レイは研究者……ではなく、その護衛をしている者達に声を掛ける。
ただし、湖の側にいる護衛の中にはレイに敵対的な存在もいるので、それ以外の……友好的な存在に対してだが。
レイに友好的な護衛の男は、特に渋る様子もなく口を開く。
「正直なところ、分からないとしか言えないんだよな。研究者達も不思議に思っているが、別にこっちに攻撃をしてきたりといった様子はないから、特に問題はないと思うんだけど」
「ただ来てるだけ? ……それはそれで不思議だな。いや、でも生まれたばかりと考えれば、何にでも興味を持ってもおかしくはないのか?」
スライムが生まれてどのくらいで自我のようなものが出来るのかは分からない。
ましてや、赤いスライムは異世界から来た湖の主と関係があるという存在だ。
この世界に棲息するような、普通のスライムと同じように考えることは出来ないだろう。
「その辺を俺に聞かれても困るな。あくまでも俺は護衛なんだし」
「それもそうか。……ただ、一応言っておくがあの赤いスライムに危害を加えるような真似はしない方がいい。現在の湖の主と思われる水狼が可愛がっている奴だしな。場合によっては、怪我どころじゃすまないと思うぞ」
そう言うレイの様子は真剣なもので、話を聞いていた護衛や、他の者達も素直に頷くのだった。
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