3120話
「レイ! あっちだ! 向こうで黒いサイコロが出た! すぐに助けに行ってくれ!」
セトにのって森の上空を移動してきたレイに、地上から樵がそう叫ぶ。
大袈裟なまでに身体を動かしてとある方向を指し示しているのは、レイが間違えたりしないようにだろう。
事実、レイはそんな樵の行動から、自分の向かうべき場所を理解した。
(とはいえ……黒いサイコロ?)
樵が口にした黒いサイコロというのは、自分の聞き間違いではないのか。
そんな風に思ったのだが、先程の樵の叫びを思い出しても、やはり聞き間違いではなかったということになる。
「ニールセン、どう思う? なんでこの期に及んで、最新型……という表現はどうかと思うが、とにかくより進化した形の黒い円球じゃなくて、黒いサイコロが襲ってきたと思う?」
「別に黒い円球が出た後で黒いサイコロが出たのは、これが初めてじゃないでしょ? だとすれば、そこまでおかしくないと思うけど」
その言葉に、レイはそうか? と疑問を抱く。
実際、ニールセンの言うように、今回の件はこれが初めてという訳ではない。
だが、それでも……何かがあるかもしれないと、そう思うのはレイとしては当然だった。
「とにかく……まずは片付けるのが先だな」
セトの背に乗っているレイは、地上に五匹の黒いサイコロを見つける。
樵達の護衛をしている冒険者達の一人が黒いサイコロから逃げており、他の護衛達は周囲の様子を警戒しながら休んでいた。
特にいつレイが来るのかという期待と共に空を見上げている者も多かったので、すぐセトに乗ったレイの姿を発見する。
レイに向かって大きく手を振り、ここだと合図を送る冒険者。
それを見ながら、レイはセトに合図をして降下して貰う。
ある程度の高度でセトの背から降りたレイは、地上に着地をすると口を開く。
「待たせたか?」
「待ったよ。ちょっと遅かったんじゃないか?」
言葉では不満そうな様子だったが、表情はそこまで険悪ではない。
冒険者の様子にレイは反論出来なかった。
出発前に多少ではあるがオイゲンと話をしていたのは間違いない。
それによって少し到着が遅れたのは間違いのない事実なのだから。
それでも一分か二分といった程度の差だが。
ただし、戦いの中で一分や二分の遅れというのは致命的だ。
そういう意味ではレイは冒険者達に責められてもおかしくはない。
もっとも、冒険者達はその辺の事情を理解はしていないだろうが。
レイに言った、来るのが遅かったというのも本当にそのように思って言ったのではなく、半ばからかい的な意味合いの方が強い。
「ちょっと忙しくてな。それより、まさか黒い円球じゃなくて、旧型の黒いサイコロが出るとは思わなかった」
「それに関してはどうとも言えないな。正直なところ黒いサイコロと黒い円球だと、能力の差は殆どない。そういう意味だと、どっちが出て来てもおかしくはないんじゃないか?」
「それは……」
その言葉は、レイにも十分に理解出来た。
実際にレイも黒いサイコロと黒い円球に対して、能力差は殆どないと思っていたのだから。
「そういうのはどうでもいいから、とにかくこれを何とかしてくれよ!」
五匹の黒いサイコロに追われている冒険者が、レイに向かって叫ぶ。
男にしてみれば、黒いサイコロを倒すことが出来るレイが来たのに、自分を助けずに仲間と話をしているのだ。
黒いサイコロに追われていても、まだ余裕はある。
だが、触れるとそれが致命傷になると知ってる以上、さっさと倒して欲しいと思うのは当然だろう。
「ああ、悪い。そうだな。まずは黒いサイコロを倒すか」
これで、湖に出て来た時のように大量に穢れが出て来ていたり、あるいは黒いサイコロでも黒い円球でもない、全く別の新種が現れたりといったようなことになった場合は、レイも即座に対応をしようと思っただろう。
だが、実際には来てみればまだ余裕があるし、敵も新種ではない。
穢れについての対処を知ってる面々に対して、レイが多少ではあっても気が抜けてもおかしくはなかった。
だからといって、さすがにこのまま放っておく訳にもいかないので、ミスティリングからデスサイズを取り出す。
「もう知ってると思うけど、俺が魔法を使うから敵を一ヶ所に集めてくれ。そうすれば前みたいに俺が魔法で倒すから」
穢れを捕らえることが出来る炎獄については、この場では特に口にしたりしない。
炎獄は倒すのではなく、捕らえるのが目的だ。
ましてや、炎獄を動かすことが出来ない以上、この状況で穢れを捕らえても意味はないのだから。
(あ、でもこういうのがいるというのを樵達や護衛の冒険者達にしっかりと認識させるという意味では、ありか? ……駄目か。もしそのような真似をしても、それこそ俺の魔力が切れれば炎獄は消滅するし)
巨大なスライムとの戦いを思えば、穢れを捕らえた炎獄もそう簡単に魔力が切れるといったようなことはない。
だが、穢れについてはまだ分かっていないことが多いのだ。
そうである以上、今は捕らえるといったような真似をせず、殺してしまうのが最善の選択だった。
「よし、じゃあ行くぞ。タイミングを合わせろよ」
「分かった、俺の方はいつでもいい! 早く、この不気味な連中をどうにかしてくれ!」
叫ぶ男の声を聞きながら、レイはデスサイズを手に呪文を唱え始める。
『炎よ、汝は我が指定した領域のみに存在するものであり、その他の領域では存在すること叶わず。その短き生の代償として領域内で我が魔力を糧とし、一瞬に汝の生命を昇華せよ』
呪文を唱え、デスサイズの石突きを地面に突き刺す。
そこから伸びる赤い線。
それが穢れを囲み、冒険者を外に逃がしたところで魔法を発動する。
『火精乱舞』
赤いドームが生み出され、そこに閉じ込められる黒いサイコロ。
中にはトカゲ型の火精が無数に生み出され、そして爆発する。
一匹ずつでは小さな爆発だが、それが連鎖することによって生み出される爆発の威力は、内部にいる五匹の黒いサイコロを殺すには十分な威力を持っていた。
「いやぁ……毎回思うけど、レイの魔法の威力はもの凄いよな。ちょっと普通だと想像出来ないくらいだ」
魔法で焼滅させられた黒いサイコロを見ていた冒険者の一人が、しみじみと言う。
レイにしてみれば、このようにして黒いサイコロを倒すのはもう慣れているので、その魔法に改めて感心されるというのは、少し不思議な気分だった。
とはいえ、今の状況を考えるとそのように思われても、やはりおかしくはないのだろうが。
実際に魔法を使っているレイはそこまで不思議に思っていないものの、それはあくまでもレイが自分で魔法を使っているからでしかない。
その辺の認識の違いは、レイと他人ではやはり違うのだろう。
「魔法使いなら、誰でも訓練すればレイのように……とまではいかなくても、レイの足下に届くくらいにはなれるの?」
「無理だろうな」
冒険者の言葉にきっぱりと断言するレイ。
尋ねた方も、まさかそこまでレイがあっさり無理と言うとは思っていなかったのだろう。
驚きの表情でレイを見てくる。
それはレイに尋ねた男だけではなく、他の面々も同様だった。
「俺が言うのもなんだけど、魔法ってのは基本的に才能の有無が大きい。勿論、才能があまりない者でも、訓練次第によってはそれなりの魔法使いにはなれる。ただ、それはあくまでも一定の場所までだけだ。それ以上となると、難しい。魔法じゃなくて、武器を使った戦闘でもそうだろう?」
最初はレイの言葉に納得出来ない様子を見せていた冒険者達だったが、レイが魔法ではなく武器を使った戦闘を言うと、実際に自分達のことだけにすぐ納得した表情を浮かべる。
冒険者の中には、それこそランクA冒険者や異名持ちの冒険者、そしてランクS冒険者といった存在がいる。
しかし、そこまで届く冒険者というのは、ほんの一握りだ。
才能が全てとまではレイも言わないが、それでも才能が大きく影響してくるのは間違いない。
……勿論、中には才能がなくても努力だけでそこまで到達する者もいるので、絶対とは言わないが、
また、騎士にしてもそうだ。
騎士になるというだけで相応の才能が前提として必要になる――中には金や権力で騎士になる者もいるが――ものの、騎士団長といった地位には才能や素質がなければなることは出来ない。
もっとも、騎士団長という地位の場合、才能や素質以外にも人脈の類も必要になってくるのだろうが。
そのようにレイに説明された冒険者達は、納得したような、納得出来ないような、微妙な表情を浮かべる。
生誕の塔の護衛を任された者達よりも劣るとはいえ、樵の護衛を任されている冒険者達も、ギルドから優秀な冒険者と認識されている者達なのだ。
そうである以上、冒険者全体で考えた場合、ここにいる者達も間違いなく才能のある者達ということになる。
ただし、才能がある者達であるのは間違いないが、それ以上に才能のある者達……それこそ化け物と呼ばれてもおかしくない者達が揃っているし、何より冒険者達の目の前にいるレイがその筆頭とも言うべき存在なので、自分に才能や素質があるといったようなことは考えられなかったのかもしれないが。
「まぁ、才能の話に関してはこの辺で止めておくか。この辺りの話に関してどう思うのかは本当に人それぞれだ。今の説明はあくまでも俺がそう思っているだけであって、他の奴にしてみれば違うと思うこともあるだろうし」
そう言うレイの言葉に話を聞いていた冒険者達がどこまで納得出来たのかは、生憎とレイにも分からなかった。
冒険者達の方もこの件についてはこれ以上突っ込まない方がいいと思ったのか、レイの言葉に素直に頷く。
「穢れは倒したし、俺はそろそろ……」
「グルゥ」
俺はそろそろ戻る。
そう言おうとしたレイの言葉を遮るように、セトが喉を鳴らす。
ただし、その声は警戒を意味するようなものではない。
戸惑いの色が込められたセトの様子に、レイは周囲の様子を確認する。
そんなレイに続き、話していた冒険者達も一体何があったのかといったように周囲の様子を見る。
そんな中、最初に気が付いたのはレイだ。
「うわ……」
思わずといった様子で呟くレイ。
そんなレイの視線を追うように他の冒険者達も視線を向けると。そこには四人の人影があった。
一人が研究者で二人が助手、そして護衛が一人。
その上で、研究者の顔が湖の側で見たものであるのは間違いなかった。
つまりその研究者は、少し前までオイゲンと一緒に炎獄に捕らえられた黒い円球を見ていた人物となる。
その研究者が、一体何をしにここに来たのか。
それは考えるまでもなかった。
つまり、レイが新たに出現した穢れを倒す為にやって来たのを追って研究者達もやって来たのだろう。
研究者達にしてみれば、穢れについて少しでも調査をする必要がある。
そんな中で新たに穢れが現れたと知れば、研究者達が動かない訳がない。
(けど、オイゲンは止めなかったのか?)
オイゲンも最初は炎獄で新たな穢れを捕らえて欲しいといったようにレイに言っていた。
だが、結局それは無理だとレイは言い、オイゲンも完全にではないが、それでも納得した様子を見せていた筈だ。
だというのに、何故ここで新たな研究者が今この場にいるのか。
普通に考えれば、オイゲンがここに研究者を向かわせるといった真似をするとは思えない。
一体何をしに来たのか……というのは、考えるまでもない出来事だろう。
そのように思いつつも、レイは研究者達がやって来るのを大人しく待つ。
やがて数分が経過し、研究者達はレイの前に到着する。
「レイ、穢れはどうした!?」
研究者は少しだけ息を切らせながらレイに尋ねる。
湖から現在レイ達のいる場所まで走ってきて、それで軽く息を切らせる程度ということは、この研究者が相応の体力があるということを意味していた。
いわゆる、フィールドワークを主にしている研究者なのだろう。
「倒した」
研究者の男が何を期待しているのかは、レイも理解していた。
理解はしていたが、だからといってその期待に応えられるかどうかというのは、また別の話だ。
少なくても、今のこの状況で自分が研究者に言えることは、自分がこの場で具体的にどのようなことをしたのかというのを教えることだけなのだから。
「な……馬鹿な……」
研究者も、レイの言葉は予想していたのだろう。
レイのいる場所にこうして到着しても、穢れから逃げ回っている様子はなく、冒険者達と悠長に話をしていたのだから。
だが、それでも万が一を期待して尋ねたのだが、それがあっさりと否定されてしまい、研究者は唖然とした声を出すのだった。
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