3112話
魔法について色々と迷っているレイだったが、そんなレイに近付いてくる者がいた。
迷っているとはいえ、それは地面に寝転がったセトに寄り掛かりながらだ。
傍から見れば、レイは遊んでいる、あるいは寝ているようにしか見えないだろう。
だからこそレイは自分に向かって来た相手はそんな様子の自分に不満でも抱いたのか? と思っていたのだが、近付いてくる相手に敵意の類はない。
「何か用か?」
「うわっ、やっぱり起きてたんですか! いや、てっきり眠ってるとばかり思ってたんだけど」
聞き覚えのない声。
この野営地で寝泊まりしている冒険者は多く、レイもその全員の声を完全に覚えている訳ではない。
ましてや、この野営地には生誕の塔のリザードマン達も姿を現すことが多いのだから、その全ての声を完全に覚えろという方が無理だ。
勿論、話す機会の多い相手……それこそ野営地の冒険者達の指揮を執っている男については、レイもしっかりと声を覚えている。
聞こえてきた声はそんな声ではなく、だからこそレイは今の声が一体誰の声なのかと思って目を開けたのだが……
「ああ、研究者の」
レイの前にいたのは、研究者の一人だ。
研究者達のリーダー的な立場にあるオイゲンではなく、もっと若い……それでも二十代後半から三十代前半といった年齢の男。
「この寒い中で昼寝をするのは、どうかと思いますよ。……あれ? でも思ったよりも寒くないですね」
レイに注意をする男だったが、改めて周囲の様子を見ると、予想していたよりも暖かい。
不思議そうに周囲を見る男に、レイの身体で隠れるよう、こちらもセトの背に寝転がっていたニールセンが笑みと共に言う。
「レイの魔法の失敗で、周囲が暖かくなったんだものね」
「……悪かったな」
穢れを捕らえる魔法を開発しようとしたレイだったが、その魔法のイメージに失敗し、その結果として穢れを捕らえるどころか、地面の一部を溶岩にしてしまったのだ。
(浄化魔法はともかく、罠とかを燃やす魔法とかは特に問題なく発動出来たんだけど……やっぱり炎で捕獲魔法というのが最初から問題なのか?)
レイにしてみれば、どうしても自分の魔法のイメージは燃やすという風になってしまう。
だからこそ、穢れを焼き殺すのならともかく、穢れを捕らえるといった魔法になると、どうしても難しいのは間違いなかった。
「ああ、それで私にレイさんと話してくるようにオイゲンさんが言ったのかもしれませんね」
「……どういうことだ? オイゲンが俺と話してこいと、そう言ったのか?」
「はい。私はこう見えても魔法の研究をしてるんです。もっとも、私自身に魔法の才能はあまりないんですが」
「あまりということは、一応魔法は使えると?」
レイの問いに男は頷く。
「はい、本当に簡単な魔法だけですけどね」
そう言うと、懐から杖を……ただし、レイの認識ではまるで子供の玩具のような杖を手にすると、短く呪文を唱えて明かりを生み出す。
その明かりも、攻撃に使われる……いわゆるフラッシュグレネードの類と違って、部屋の明かりとして使うような、そんな明かりだ。
もっとも、この世界において明かりは焚き火のように何かを燃やしたり、あるいはマジックアイテムで生み出すしかない。
どちらもそこまでコストは高くないものの、それでもコストを無視してといったような真似は出来ない。
であれば、こうして自分の魔力だけで明かりを生み出すといった魔法は、研究者にとって非常に便利な魔法なのは間違いなかった。
実際、レイの前で魔法を使ってみせた男はその魔法を使い慣れてるように見える。
「明かりの魔法か。研究者なら便利そうだな」
「はい。凄く役に立ちます、この魔法のおかげで他の研究者との関係も良好ですしね」
それは明かり役として便利に使われているだけでは?
男の言葉にそう思ったレイだったが、本人がそれで問題ないと判断してるのなら、自分がわざわざ突っ込むような真似はしなくてもいいだろうと判断する。
目の前の男は一応しっかりとした研究者なのだ。
そうである以上、もし自分が便利に使われているとしても、それは自分で十分に理解している筈なのだから。
(いやまぁ、その辺はあくまでも俺の想像で、実は普通に頼りにされているだけという可能性も否定はできないけど)
レイが話した感じだと、目の前の男は人が良い。
だが、それでも研究者としてこの場にいる以上、自分がいいように使われているのを、ただ受け入れるといった真似をするとは思えなかった。
「それで魔法を研究してるって話だったけど、その研究成果から現在の俺の状況をどうにか出来ると?」
「その辺については、話を聞いてみないと分かりませんね。そういう訳で、色々聞かせて貰えると助かります。ああ、勿論レイさんが魔法を使う上で人に話したくないという部分があったりする場合は、無理をする必要はありません。あくまでもレイさんが話してもいいと思える範囲で構わないので」
「変わってるな」
それがレイが男を見て感じたことだった。
そんなレイの言葉に、男はそうですか? と不思議そうに言う。
目の前の男は、レイから……広域破壊殲滅魔法を得意としているレイから、魔法についての詳しい話を聞き出せる絶好のチャンスなのだ。
だというのに、この状況であっても話したくないことは話さなくてもいいと、そう言うのだ。
レイにとっては軽い驚きを抱かせるに十分だった。
「そうですかね? 私としては、自分がそんなに変わってるとは思いませんが。研究者の中で特に変わっていない普通だと思いますし」
「研究者の中では普通でも、それ以外の連中の中ではどうかと思うけどな。……まぁ、いい。折角来たんだし、どうせなら聞いていってくれ」
そう言うと、レイは穢れを捕らえる魔法が上手く想像出来ないことを説明する。
具体的には、レイの中にはある炎の魔法というのは基本的に攻撃をする為の魔法だ。
浄化や罠に対処する魔法もあるが、それもあくまでも燃やすという要素が魔法の中に入っている。
そんな中で、穢れを捕らえる……当然ながら燃やしたりといった真似をしないようにする必要があるのが、現在求められている魔法だった。
「なるほど。レイさんはいわゆる感覚派と呼ばれる人なんですね。その手のタイプは才能に溢れ、天才と呼ばれるような人もいますから、レイさんがそちら側でなくてもおかしくはないと思いますけど」
その一言は、褒められているのかどうか、正直なところレイには分からない。
実際に自分が感覚で魔法を使っているのは間違いない。
だが、それを他人に言われてどう思うのかは、また別の話だった。
とはいえ、その件で怒るといったようなことをする訳にもいかず、レイは素直に頷く。
「大体そんな感じで間違いないな。だからこそ、穢れを捕らえるといった魔法を想像するのが難しくて、出来てない訳だし」
「うーん、そうですね。では、穢れを炎の檻に閉じ込めて、そこから出ようとしたら焼き殺すといった魔法はどうでしょう?」
男のその言葉に、レイは少し考え……やがて頷く。
「そうだな。そのくらいなら問題ないと思う。ただ、普通のモンスターを相手にするならともかく、穢れを相手にする場合は、そういう魔法であっても意味はないと思う」
これが普通のモンスターなら、炎の檻に触れれば自分が燃えるといった経験から、大人しくなる筈だ。……中には、自分が燃えても暴れるようなモンスターもいるかもしれないが、それは少数だろう。
モンスターとはいえ、自我があり、そこには痛覚の類も存在している。
自分から進んで怪我をしたいとは思わない。
だが、そんな普通のモンスターと違い、穢れは自我の類がない。
少なくても、レイが黒い塊、黒いサイコロ、黒い円球を見た限り、自我を持つというよりは、何らかのプログラムで動いているように思えた。
そんな穢れだけに、もし炎の檻を作り出しても熱さや痛みといった感情を抱くようなことはなく、ただひたすら炎の檻にぶつかり、最終的には燃えて死んでしまうというのは容易に予想出来る。
そうレイが説明すると、男は少し困った様子で口を開く。
「そうか、なるほど。そうなると、穢れというのは、もしかしたら一種のゴーレムのような存在なのかもしれませんね」
「……ああ、言われてみればそうかも」
レイはプログラムされたロボットという風に思っていたが、この世界においてはゴーレムと表現した方が分かりやすいのも事実。
もっとも、ゴーレムであっても自分にダメージがあるような場合、その行動は避けてもおかしくはなかったが。
「そうなると、いっそゴーレムの専門家がいた方が分かりやすいかもしれませんが……残念ながら、ギルムにはその手の専門家はいません。いえ、もしかしたら私が知らないだけでいるのかもしれませんけど。私はギルムにやって来たばかり、表面的な情報しか知りませんし。レイさんはどうです?」
若干の期待が込められた視線をレイに向ける男。
だが、レイもそんな男の言葉には首を横に振るしかない。
「生憎と知らないな。錬金術師は結構いるけど、基本的にマジックアイテムが専門で、ゴーレムは専門外だろうし。寧ろそれなら……」
レイが思い浮かべたのは、穢れの一件の前に関わっていたゴーレム産業で有名なエグジニスという街だ。
ただし、エグジニスはネクロゴーレムの一件で大きな被害を受けており、今の状況でこっちに協力出来るような余裕があるかどうかと言えば、微妙なところだが。
(俺が頼んだ防御用のゴーレム、もしかしたらそろそろ出来ていてもおかしくはないんだけどな。ネクロゴーレムの被害からの復旧状態も気になるところだし、出来れば一度行ってみたいけど)
ネクロゴーレムによってエグジニスが受けた被害は大きい。
何しろ街中を死体で出来た巨大なゴーレムが動き回ったのだから、多くの建物が破壊されている。
しかし、その辺はさすがゴーレム産業で有名なエグジニスと言うべきか、レイがみた限りでは多くの工房やゴーレムを販売している店によってゴーレムが運用され、半ば重機に近い扱いをされていた。
この世界で科学が発展していない以上、瓦礫の類を除去したり、壊れそうな建物を敢えて破壊して周囲に被害が及ばないようにしたりといった真似をするには、それこそ人が行うことになる。
……もっとも、この世界にはマジックアイテムや魔法使い、もしくは個人でとんでもない力を持っている者もいるので、地球の人力作業と比べると圧倒的に素早いのだが。
実際、一番被害の大きかった場所……エグジニスの正門が破壊されたのに、レイがエグジニスを出る時には既に多くの瓦礫が排除されていたのだから。
そのような状況を考えると、レイがエグジニスから出て既に結構な時間が経っている今、もう正門の瓦礫は完全に片付けられており、普通にエグジニスに出入り出来るようになっているのは間違いない。
「レイさん? 寧ろそれなら……なんでしょう?」
「ああ、いや。エグジニスって知ってるか?」
「ああ、ゴーレム産業が盛んな場所ですね。……なるほど、ゴーレムの専門家を……」
レイの言いたいことが分かったのだろう。
男は納得した表情を浮かべるが、すぐにその表情は難しいものになる。
「ですが、ここからエグジニスにまではかなりの距離があります。今から行っても、冬になって雪で戻ってくることは難しくなるかと」
「セトがいるから、その辺については問題ない。とはいえ、また別の問題があるのも事実だが」
レイがセトに乗ってエグジニスに行くというのは、そこまで問題ではない。
しかし、当然だがそうなればレイとセトはトレントの森からいなくなってしまうのだ。
その間に穢れが出て来た場合、ここには穢れに対処出来る者がいなくなってしまう。
そうなってしまえば、トレントの森にいる者達に大きな被害が出る可能性があった。
幸いにも、攻撃をして敵を引き付けるといった手段を多くの者が知っている。
しかし、レイが戻ってくるまで延々とそのような真似が出来るかと言われれば……微妙だろう。
現在トレントの森にいる人数を考えれば、理論的に誰かが逃げ続け、他の者達はその間に休むといったことは出来る筈だ。
だが……ちょっとしたミスがあれば、穢れを引き付けている者が死ぬということになってもおかしくはない。
今のところ、穢れによって死人は出ていないものの、それはあくまでもレイなら魔法で穢れを殺せるからだ。
もしレイの魔法でも効果がないと、恐らくかなりの人数が死ぬことになっていただろう。
「やっぱり、エグジニスに行くのは不味いな」
そう、レイは男に言うのだった。
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