3110話

「助かったよ。感謝する」


 オイゲンはレイにそう言って頭を下げる。

 そんなオイゲンに対し、レイは疲れた表情で頷く。


「そうだな。ここまでやったんだ。これで穢れの研究に何も発展がないとかなると、さすがに辛い」


 錬金術師達とのやり取りでこの手の者達との付き合い方は分かっているつもりだった。

 しかし、それはあくまでも分かっているつもりでしかなく、実際に研究者達との話し合いにおいては、かなりレイの精神は消耗する。

 今のこの状況を思えば、もっと早く終わらせたかったというのがレイの正直な気持ちだ。

 だが、穢れの研究を考えると少しでも詳細な情報を欲しいと言われてしまえば、レイとしてもその言葉に反論するような真似は出来ない。

 そんな訳で、延々と研究者達との話に付き合うことになったのだった。

 その際、問題になったのはレイの説明だ。

 レイとしてはそれなりに詳しく説明しているつもりだったのだが、研究者達はもっと詳細に、具体的にはその行動をした時に一体何を考えていたのか、どういう流れからそのような行動をしたのか、その次にどのような行動をするのか。

 そういったことを細かく聞いてくるのだ。

 だが、レイの場合は戦闘において全てを考えるといったようなことはまずなく、基本的にはその戦闘の流れの中で自分が最善だと思う行動を行っている。

 勿論、全く何も考えていないという訳ではないのだが、戦闘の中でそこまで詳細に考えていないのも事実。

 普通、そのような戦闘方法では最初こそ上手くいくのかもしれないが、最終的には壁にぶつかってしまう。

 だが……レイの場合はゼパイル一門が作った身体の高い身体能力や五感、第六感、それに元々レイが持っている戦闘のセンスによって、問題なくどうにかなっていた。

 戦闘を行う者の中には、最初から最後まで理詰めで考えて戦闘を行う者もいるし、感覚によって戦闘を行う者もいる。

 レイの場合は明らかに後者で、しかもその感覚型の最高峰とも呼ぶべき才能を持っていた。

 その為、研究者に対する説明という意味では、どうしても考えて戦闘をする者達と比べると劣ってしまうのだ。

 そんなレイが何人もの研究者達に説明を求められたのだから、精神的に疲労するなという方が無理だった。


「しかし、レイのおかげで色々と穢れについて不明だったことが解明した部分もあるのは間違いない。後は……やはり、直接穢れを見て、どうにか確認する必要があるが」

「それは難しいだろうな。何度も言ってるが、穢れは触れた物質は何であろうとも黒い塵にして吸収している。そうである以上、捕らえるというのは難しい。かといって、出て来た奴を放っておけば好き勝手に動くから、どこにいくのか分からないし」


 穢れがどう動くのか分からないからこそ、穢れが出て来たら拾った石の類を使ったりして攻撃し、敵の注意を引き付ける必要があるのだ。

 実際に湖の側で姿を現した黒い円球の群れも、最初こそ一ヶ所に固まってはいたものの、次第にそれぞれに好きな行動をするかのような個体が増えていった。

 そうした個体を優先的にセトが狙って攻撃をしていたことから見ても、その辺は明らかだろう。

 ……そもそもレイの魔法で穢れを倒す場合、一ヶ所に集まって貰わないと敵を攻撃する際に非常に面倒なことになる。

 だからこそ、穢れを倒す場合は無意味でも敵を攻撃し引き付けるというのが基本として確立しつつあった。


「ふーむ。そうなるとどうやって穢れを観察するかだが……」


 レイの言葉に、穢れを捕まえるのが難しいと理解したのだろう。

 オイゲンは少し考え……ふと、思いつく。


「例えばだ。例えば、巨大なスライムをレイが魔法で攻撃した時は、その魔法に抵抗するので精一杯だったことを考えると、あれは巨大なスライムを捕らえたと認識してもよくはないか?」

「言いたいことは分かるけど、それは無理があるぞ」


 レイにとっても、自分の魔法と巨大なスライムとの拮抗状態というのは予想外だったのだ。

 まさに偶然。

 また、燃やされた巨大なスライムは、拮抗状態にあったからこそ動きを止めることが出来ていた。

 それはレイの魔法に対抗出来なくなった場合、一気に天秤が傾いてしまうということを意味している。

 事実、穢れによってダメージを受けた巨大なスライムが、それによってレイの魔法に耐えきることが出来なくなり、最終的には燃えつきてしまったのだから。

 穢れに同じことをしろと言われても、出来るかどうかは微妙なところだというのがレイの予想だった。


(あれ? でも……これ、もしかしたらいけるか?)


 出来ないといいつつも、レイが思い浮かべたのは穢れを倒す時に使っている魔法『火精乱舞』だ。

 赤いドームの内部に敵を閉じ込め、トカゲ型の火精を無数に生み出し、その火精が爆発することによって他の火精も爆発し、連鎖爆発することによって赤いドームの中を轟炎で満たすといった、そんな魔法。

 後者の効果はともかく、最初の効果……赤いドームの中に敵を閉じ込めるというのは、穢れにも対応されている。

 そういう意味では、穢れを捕らえるといった真似も出来ない訳ではない。

 ただし問題なのは、赤いドームの外からしか穢れを観察出来ないということだろう。

 赤いドームの中に閉じ込めるだけなら、レイがそういう魔法を新しく作ってしまえばいいので問題はない。

 ……問題はないのだが、もし魔法使いや研究者達がこうも容易く新しい魔法を作るとレイが考えているのを知れば、場合によっては穢れよりもそちらの方に驚いてもおかしくはない出来事だったが。


「レイ? どうした?」

「いや、何でもない。ただ、もしかしたら穢れを捕らえることが出来るかもしれないと思ってな」


 ピタリ、と。

 レイの言葉を聞いたオイゲンは動きを止める。


「それは、一体どういうことだ? 穢れを捕らえるのは難しいという話ではなかったか?」

「普通の手段ならな。けど、俺の魔法なら何とかなるかもしれない。……ただ、言っておくが、あくまでも何とかなるかもしれないというだけであって、実際に保証は出来ないぞ」


 赤いドームを作れるかと言われれば、作れそうな気はする。

 しかし、その赤いドームはあくまでも炎の魔法によって生み出された火精を爆発させる為の障壁だ。

 それを実際に魔法として成立させることが出来るのか、それは実際にやってみないと何とも言えない。

 それに穢れがその赤いドームに触れた時にどうなるのかを確認する必要もあるし、他にもレイがいなくても赤いドームが維持出来るのかどうかを確認する必要もあった。

 諸々の状況を考えると、レイも迂闊にどうにか出来ると言い切る訳にはいかない。


「……それでも、可能性があるのなら試して欲しい。現状において、穢れを観察する手段は偶然遭遇するのに期待するしかないのだから」

「分かった。後でちょっと試してみる」


 オイゲンの要請はレイにも断ることは出来ない。

 オイゲン達は穢れの研究をしており、その研究によって穢れの性質……それこそレイでなくても穢れを倒せるようにしたいという思いがある。

 だからこそ、穢れを調べる為に必要だと言われれば、レイもそれを拒むことは出来なかった。

 そんなレイの様子を見て、オイゲンもこれなら任せておいて問題ははないと判断したのだろう。

 それ以上は特に何を言うでもなく、満足そうに頷いてレイの前から立ち去る。

 オイゲンの後ろ姿を見送ったレイは、これからどうするべきかを考える。


(オイゲンに魔法について説明した以上、新しい魔法を開発するか? とはいえ、具体的なイメージが思い浮かばないんだよな)


 これが、例えば炎の壁で覆うというのなら、それなりに思い浮かぶ。

 だが、恐らくそのような真似をした場合、その炎に触れた穢れは焼き殺されるだろう。

 かといって『火精乱舞』のように赤いドームで穢れを覆うというのも少し難しい。

 レイにとって『火精乱舞』の赤いドームというのは、あくまでも火精が爆発する為の前提条件のようなものなのだから。

 あくまでもレイの魔法の才能は炎に特化している。

 そうである以上、火精を抜きにして赤いドームだけを作れるかと言われれば、レイも素直に頷くような真似は出来ないだろう。

 だが……それでも、だからこそ出来るようになっておけば、穢れを捕獲することが出来るという意味で穢れの研究が大きく進む筈だった。


(とはいえ、穢れは基本的に転移能力を持っている個体がいると考えた方がいいんだよな。そうなると、その辺がどうなるか……か。まぁ、それでも『火精乱舞』を使う時、転移して逃げるといったような真似をする個体はいなかったから、心配のしすぎかと思うけど)


 そんな風に考えていると、レイの側にはいつの間にかセトとニールセンがいた。


「ちょっと、レイ。いつまでここにいるの? ここにいると、あの人達と遭遇するかもしれないんだから、早く他の場所に行きましょうよ」


 レイはその言葉で我に返ると、すぐに頷く。


「そうだな。俺もちょっと試してみたいことがあるし、ここにいると研究者達の邪魔になるかもしれないから、とっとと離れるか」

「試して見たいこと? ……ねぇ、一応聞いておくけど、あの人達に何か妙なことをされたんじゃないわよね?」


 レイの言葉を聞いて心配になったのか、ニールセンはレイに向かってそう尋ねる。

 ニールセンが苦手としている研究者達だ。

 そうである以上、何かレイに妙なことを吹き込み、それをレイが本気にしているかも……と、そんな風に思わないでもなかった。

 それは半ばニールセンの偏見ではあったのだが、その全てが間違っている訳でもない辺り、妖精の勘は鋭いのだろう。


「安心しろ。頼まれたのは妙なことに入るかもしれないけど、それは同時に妖精にとっても悪くない話だ」

「……そうなの? 一体どういう内容?」


 レイの言葉を完全に信じたという訳ではないのだろうが、それでも今のこの状況を考えると、もしかしたらという思いがあったのだろう。

 そう聞いてくるニールセンに、レイは目的の場所……魔法を試しても問題のない場所に向かって歩き始め、自分の隣を歩いているセトを撫でながら、口を開く。


「簡単に言えば、穢れを捕らえる方法はないのかという風に言われた。穢れの研究をするにしても、いつどこに出てくるのか分からない以上、ただそれを待つだけというのは時間の無駄だろう?」

「それは……そうかもしれないけど、でも捕らえるの? どうやって?」

「俺の魔法でだな。物理的に捕らえようとしても、それこそ檻とかは接触されてすぐに黒い塵になって吸収されてしまうだろうし」

「魔法で……魔法ってそういうことも出来るの? 本当に?」

「出来るかどうかは実際にやってみないと分からないな。もし上手くいけば、次に穢れが出て来たら対処はしやすくなると思う。あくまでも上手くいけばだけどな」


 レイの説明にニールセンは完全に納得した様子は見せないものの、それでも反論は口にしない。

 穢れについて何かが出来るかもしれないのなら、それを試してみないという選択肢はないと判断したのだろう。


(けど、穢れは見ただけで本能的な嫌悪感があるんだけど……それを捕獲しても大丈夫なのかしら? 研究するにしても、見ただけで嫌悪感を抱いたら……)


 ニールセンはもし穢れを捕らえたとしても、それを調査する研究者達は穢れを見た嫌悪感からギスギスしたものになるのではないかと、そんな風に思えてしまう。

 とはいえ、レイが言ったように穢れについて今以上に何かが分かるのは妖精にとって大きな利益になる可能性があった。

 それ以外にも、研究者達には好ましい思いを抱いていないニールセンとしては、穢れの研究が失敗しても、そこまで気にするようなことはない。

 ニールセンにとって好意的な存在であれば、心配をするといった真似をしたかもしれないが。


「レイ、魔法で穢れを捕らえることが出来るように頑張りましょうね」


 いきなりのニールセンの言葉に、レイは少しだけ驚く。

 まさかニールセンがこのようなことを口にするとは思わなかったのだ。

 とはいえ、ニールセンの言葉はレイにやる気を起こさせるという意味ではあまり間違ってはいない。


「なら、ニールセンも協力してくれるんだよな?」

「え?」


 レイの問いが余程意外だったのだろう。

 ニールセンの口から間の抜けた声が発せられる。


「ニールセンにとっても悪い話じゃないだろ? 穢れについて心配しているのは、俺達よりも寧ろ妖精……というか、長なんだし。もし長がこのことを知れば、間違いなく協力するように言ってくると思うけど」


 そう告げるレイに、ニールセンは渋々とだが頷くことしか出来なかった。

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