3107話

「うおおおおっ!」


 リザードマンが必死になってセトの体当たりを止めようとするが……一秒すら持ち堪えることが出来ず、吹き飛ぶ。


「そこまで! 勝者セト!」


 レイの言葉にセトは動きを止める。

 もしレイが模擬戦を止めなければ、セトによる追撃の一撃が放たれていただろう。

 勿論、全力ではない。

 もしセトが全力で一撃を放っていれば、それこそリザードマンにとっても致命傷となってもおかしくはないのだから。

 セトはグリフォンとしての高い身体能力だけではなく、剛力の腕輪という力を上げるマジックアイテムも持っている。

 これが模擬戦である以上、ここで致命傷を与えない為にセトが放つ一撃は、相手を負傷はさせるかもしれないが、殺すことはないだろう一撃となる筈だった。


「うーん、やっぱり強いわね、セト。これで何人目? もう十人は倒したと思うけど」


 レイの右肩に立っているニールセンが、セトの連戦連勝に感嘆の声を上げる。

 ニールセンも今までレイと一緒に行動してきたので、セトが相応の強さを持っているというのは知っている。

 だが、穢れと戦うようになってから、セトの役目がかなり減ったのは事実。

 ……それでも、レイを乗せて戦場に急行したり、穢れを誘き寄せるといった真似をしたりと、相応にレイの役には立っているのだが。


「セトは強いぞ? それもちょっとやそっとの相手ではどうにもならないくらいに」


 さも当然といった様子で告げるレイ。

 ニールセンはそんなレイの様子に少し思うところがないでもなかったが、実際にセトがこうしてリザードマン達を圧倒しているのは、間違いのない事実。

 前足による一撃や、後ろ足による蹴り。あるいは翼を使った打撃や、尻尾を鞭のように使って相手の足に巻き付け、転ばせるといった戦い方もしている。

 それを見れば、セトが強いというのは十分に理解出来た。


(リザードマン達がセトのようなモンスターとの戦いの経験が少ないというのも、この場合は大きく影響してるのかもしれないが)


 リザードマン達がセトと戦う際、少し戦いにくそうにしていたのを見たレイは、そんな風に思う。


「ゾゾ、お前達の世界でも、セトのような……というか、獣型のモンスターとか、そういうのはいたのか?」

「いました」

「その割には、セトを相手に一方的にやられすぎのような気がするんだが。幾らセトが強くても、スキルとかは使ってない状態だぞ?」


 生身の状態でのセトが強いのは間違いない。

 だが、セトの最大の特徴はやはり多種多様なスキルの数々なのだ。

 そうである以上、リザードマン達がここまで一方的にやられるのはどうなのかと、レイはそんな風に思う。


「ここにいるリザードマン達は、この世界に転移してきたリザードマン達の中で具体的にどれくらいの強さになる?」

「そうですね。平均よりも上といったところでしょうか」

「平均よりも上か。いやまぁ、セトを相手にするんじゃなくて、トレントの森に入ってきたモンスターを相手にするのなら、心配はしなくてもいいのかもしれないが」


 ゾゾの言葉に、レイは納得したような、それでいて少し不安なような、微妙な表情を浮かべる。

 今のこのトレントの森の状況は、穢れの件を抜きにして考えても色々と不安定な状態にあるのは間違いない。


(トレントの森の縄張り争いも、そろそろ一段落して欲しいとは思うんだが……それはそれで、まだ色々と難しいところだしな。エレーナの件もあるし)


 レイが思い浮かべたのは、エレーナが穢れと戦った件だ。

 竜言語魔法によって穢れを倒すことが出来たのは事実だが、その魔法の影響範囲によって結構な広範囲の木が消滅してしまったのだ。

 エレーナにとって……いや、他の全ての者達にとっても幸運だったのは、レーザーブレスによって木々が一瞬にして焼滅したことだろう。

 中途半端に木々に被害が出て、周囲の木々が燃えて森林火災といったことにならなかったのは、誰にとっても非常に幸運だったのは間違いない。


「あ、レイ。もう挑む相手がいなくなったみたいよ」


 ニールセンの言葉に訓練場を見たレイは、確かにと納得する。

 見たところ、セトを相手に模擬戦を行いたいと思うリザードマンは、もう残っていない。

 ……実際には、まだ模擬戦をやりたいと思う者はいるのだが、セトとの模擬戦で疲れ切っていたり、ダメージの影響で起き上がったり出来なくなっているのだ。

 勿論、レイに言われたように、模擬戦の相手に致命傷を与えたり重傷にしたりといったことはしていない。


「グルルルゥ!」


 セトが頑張ったよ、褒めて褒めてといったように喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、レイの指示通りに出来たのだから、レイに褒めて欲しいと思うのは当然だった。

 レイもそんなセトの気持ちは理解していたので、素直にセトを褒めてやる。


「よくやったな、セト。お前が模擬戦を出来るのは、今のを見れば明らかだ。いや、本当に凄い。さすがセト」


 褒め言葉を聞いて、本当に嬉しそうな様子を見せるセト。

 セトにしてみれば、こうしてレイに褒められるというのは非常に嬉しいのだろう。

 だからこそ、上機嫌に喉を鳴らす。

 そのまま数分、レイはセトを褒め続け……やがてセトの興奮も落ち着いたところで、レイはゾゾに声を掛ける。


「ゾゾ、模擬戦も希望者は全員終わったようだし、俺はそろそろ野営地に戻る。ガガが戻ってきたら、研究者の件と……穢れに関してはそこまで気にするなとでも言っておいてくれ」

「分かりました。兄上には確実に」


 ゾゾが一礼するのを確認すると、レイはセトとニールセンを伴って野営地に向かう。


「あーあ、私はもう少しあの辺にいてもよかったんだけどな」

「ニールセンの気持ちも分かるが、今の状況を考えるとずっとそんなことをしている訳にもいかないだろ。研究者達がどういう風に出てくるのかも分からないし」


 レイにしてみれば、本当に研究者達が現在の状況でどのように行動するのかが分からない。

 普通に考えれば、どんなに早くても野営地にやって来るのは明日だろう。

 しかし、研究者というのは……権威や後ろ盾を使っているような者はともかく、本当に好奇心のある研究者の場合は、その好奇心の赴くままに行動する。

 その辺はレイもそれなりに詳しい。

 研究者に対して詳しいのではなく、研究者に近い性質を持つ錬金術師達をよく知ってるからこその予想だったが。

 増築工事の関係でレイが親しくなった……実際には親しくなってしまったと表現した方がいいのかもしれないが、とにかくそのような錬金術師は、自分の研究の為に、あるいは知的好奇心から、レイに珍しい素材がないかといったことを聞いてくるのは珍しくはない。

 それだけに、レイとしては湖で遭遇した研究者達も同じような相手なのだろうと思っていたし、実際にレイのその予想は決して間違ってはいない。


「何よ、幾ら何でも……あ」


 レイの頭のすぐ側を飛んでいたニールセンは、研究者がどう行動するのか分からないといったレイに不満の声を漏らそうしたところで、不意にその言葉を止める。

 一体何故そのような真似を? と考えたレイだったが、すぐその意味を理解した。


「うわ、マジか」


 野営地に近付くにつれて聞こえてくるざわめき。

 それが冒険者達のざわめきであれば、そこまで驚くようこともないだろう。

 だが、聞こえてくるざわめきは冒険者達のざわめきとは違っていた。


(というか、俺やセトよりも早くニールセンがこれに気が付いたのは……)


 自分が関係してくることだからこそ、半ば本能的にこれを感じたのではないか。

 隠れるように自分のドラゴンローブの中に入ったニールセンのことを考えつつも歩き続け、やがてレイは野営地に到着する。

 するとそこには、数人の研究者達の姿と……


「あら、レイさん!?」


 不意に掛けられた声に驚くと、そこにはレイにとっても馴染みの人物の姿があった。


「レノラ!? えっと、なんでここに?」


 驚きの声を発するレイに、レノラは少し困った様子で笑みを浮かべつつ口を開く。


「その、ギルドの方にダスカー様からの依頼がありまして。それを伝える為に私が来ることになったんです」

「ダスカー様からギルドに依頼を?」


 そう聞いたレイは、ここで指揮を執っている男と何かを話しているオイゲンの姿に気が付く。

 オイゲンもレイの視線に気が付いたのか、レイの方を見ると頭を下げていた。

 すぐにまた男との話し合いに戻ったが。

 それ以外の研究者達の様子を見たレイは、すぐに気が付いた。

 ここにいる者達の数が明らかに少ないと。

 いや、昨日の今日……どころか、今日の今日である以上、すぐに野営地に来ると決断した研究者の姿が少ないのは、そこまでおかしな話ではない。

 しかし、それを抜きにしても研究者……正確には、その護衛をしている冒険者達の姿が消えていたのだ。

 研究者は相応に重要な人物である以上、一人の研究者に対して複数の護衛がついていた。

 それこそオイゲンのように研究者の中でも特に地位の高い人物に対しては、十人近くの護衛がいたのだ。

 しかし、今こうして野営地にいる者達の数を見ると、護衛の数はそれぞれの研究者一人に対して冒険者も一人といった程度だ。

 研究者以外に一番多かったのは護衛だったので、そういう意味ではここにいる者達の数はかなり少なくなっている。

 助手がそれなりにいるが、こちらも人数としてはそう多くはない。


「護衛が少ない?」

「はい。野営地……ここについて話は聞いていたんですけど、研究者の方達が護衛を全員連れてくると狭くなるのではないかと。その……新種のモンスターですか? それの研究をするにしても、人数が多すぎると野営地にいる人達やリザードマン達と騒動になるのではないかと」


 レノラが説明するが、その説明でレイはある程度の事情を知った。

 具体的には、レノラは湖やリザードマン、それに生誕の塔については知っているものの、穢れについては何も知らされていないのだろうと。


(異世界から転移してきた湖やリザードマンについては話して、元からこの世界にいた穢れについて隠すというのは……まぁ、穢れの重大さを考えればしょうがないのか)


 そんな風に思いつつ、レノラが上から穢れについて知らされていないのなら、ここでわざわざ自分が口にする必要はないだろうと黙っておく。

 もしここで穢れについて話してしまったりした場合、それはレノラにとって最悪の結果になってしまいかねない。

 レノラが穢れについて知らないのは、ギルドの上層部がそうした方がいいと思っての行動なのは間違いなかった。


「つまり、野営地の冒険者達は研究者達の護衛をもするってことか? 野営地での騒動が起きないようになるという意味ではありかもしれないが……生誕の塔の護衛をしている冒険者達の方が大変じゃないか?」


 レイがここにいるのは、あくまでも穢れを倒す為だ。

 そういう意味では、生誕の塔の護衛をしている冒険者達が幾ら疲れてもそこまで影響はない。

 しかし、一緒の場所で寝泊まりしている以上、それが何らかの問題になるといったようなことは、出来れば避けたいと思うのも当然だった。

 現状、野営地で寝泊まりしている冒険者は、生誕の塔の護衛……正確には生誕の塔やこの野営地に近付く相手の存在を少しでも早く察知する為に、見張りをしている者達だ。

 そんな中、ローテーションで見張りをしているので、現在野営地にいる冒険者は休憩中と言ってもいい。

 レノラの言葉……この野営地にいる冒険者が研究者の護衛をするとなると、それはつまり休憩中の時も仕事が入るということを意味している。


「そうなります。野営地にいる冒険者の方々には苦労を掛けると思いますが、幸い未知のモンスターというのはなかなか出て来ないと聞いていますので、実際に護衛をする時間はそこまで多くはないかと」

「だと、いいんだけどな」


 レノラの主張は、決して間違ってはいない。

 実際に穢れが全く出て来ない日というのもあるのだから。

 だが、連続して姿を現すこともある以上、その辺は半ば運で決まってしまう。

 ……穢れをトレントの森に送ってきている者の行動によって、その辺りは変わってくるのかもしれないが。

 レイとしては、そこまで気楽に考えない方がいいと思えた。

 そんなレイの様子を見て、レノラも何かを感じたのだろう。

 少し焦った様子を見せ始める。


「え? え? レイさん、その……何か私の……というか、ギルドの判断は間違っていますか?」

「間違ってるかどうかと聞かれれば、正直分からないとしか言えないな。今回の一件は色々と特殊だ。場合によっては、それこそ最悪の結果を持たらすかもしれないし、あるいは最善の結果を持たらすかもしれない」

「そんなぁ……」


 レイの言葉に、レノラは困った様子で首を横に振り、ポニーテールの先端を激しく揺らすのだった。

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