3106話

「ぐぅっ!」


 胴体にデスサイズの柄による横殴りの一撃を食らったゾゾは、吹き飛ばされつつも地面に倒れ込むのではなく、無事に着地する。

 この辺りの能力は、ゾゾが優れているところだろう。


「どうする? もう終わるか?」

「まだ……まだです!」


 尻尾を地面に叩き付け、その衝撃で片膝を突いた状態から立ち上がり、地面を蹴ってレイとの間合いを詰める。

 振るわれる長剣の一撃は鋭く、レイが最初に……それこそゾゾ達がこの世界に転移した時の戦いの時とは比べものにならない程の鋭さだった。

 しかし、レイはデスサイズでその斬撃をあっさりと弾く。

 同時に左手に持っていた槍を振るい、デスサイズによって弾かれた長剣……ゾゾが右手で持つそれに追撃の一撃を加えることにより、手の中から弾き飛ばす。


『おお』


 周囲で模擬戦を見ていたリザードマン達が感嘆の声を上げる。

 ガガに次ぐ強さを持つゾゾを相手にここまで圧倒しているというのもあるが、それ以上にデスサイズと黄昏の槍が全く違う動きをしているのが、見物をしていたリザードマン達にとっては驚きだったのだろう。


(二槍流……いや、別に槍に限らず、二刀流とかをやる上でも、左右の手でそれぞれ全く別のことを同時にするっていうのは必須の技術なんだけどな)


 両手にそれぞれ武器を持って戦うということは、当然ながら左右の手でそれぞれ別の行動をする必要がある。

 折角両手に武器を持っているのに、両手で同じ動きしか出来ない、あるいは動きがぎこちなかったりすれば、そのような真似をする意味はない。

 レイの場合も二槍流を始めた当初はぎこちなかったものの、ゼパイル一門の技術の結晶だからか、それともレイに元々そのような才能があったのか、そう時間が掛からず二槍流を使いこなせるようになった。

 とはいえ、両手で別々のことをするというのは、誰でもやろうと思えば出来る。

 具体的には、両手でペンを持ち、右手で丸を、左手で四角を書くといったような訓練をすればいい。

 最初はそれなりに苦戦するだろうが、訓練をすればそれなりに出来るようになる。

 そこから、もっと複雑な絵を描くといった真似をすれば、やがて二刀流が見えてくるだろう。

 ……もっとも、その二刀流の場合は両手に長剣なり短剣なりの同じ武器を持って行うものであったり、あるいは長剣と短剣という違う武器を持って行うことは出来るが、レイのように大鎌と槍という、全く違った武器を使うというのは、また別の難易度があるが。


「参りました」


 持っていた長剣を弾かれたゾゾが、レイに向かってそう言う。

 武器を弾かれてしまった時点でゾゾに勝ち目はなくなり、本人もそれを自覚したのだろう。

 ざわり、と。

 レイとゾゾの模擬戦を見ていたリザードマン達がざわめく。

 リザードマン達にとって、ゾゾはガガに次ぐ実力者だ。

 そんなゾゾが負けたというのは……それも圧倒的な実力差を見せつけられて負けたというのは、信じられなかったのだろう。

 それでもそこまで驚きが大きくないのは、今までにも何度かレイとゾゾが模擬戦をやっており、それを見た者が多かったからだろう。


「なかなかいい動きをするようになったな。ただ、攻撃と攻撃の隙間が少しもたつくところがある。その辺を注意すればいい」

「ありがとうございます、気を付けます」


 ゾゾが感謝の言葉を口にする。

 レイはそんなゾゾに頷き……


「凄いじゃない。レイが強いのは知ってたけど、こうして改めて見ると凄いわね」


 不意にそんな声を掛けられる。

 一体誰だとは、レイも思わない。

 その声はレイにとっても聞き覚えのある声だったのだから。


「ニールセン、見てたのか?」

「ええ。その辺を飛んでいたらちょっと気になったから。それにしても、レイとゾゾの模擬戦は凄かったわね」


 感心した様子で告げるその言葉は、お世辞でも何でもなく、ニールセンの本心であるのは間違いなかった。

 それが分かったのだろう。ニールセンの様子を見ていたゾゾがリラックスした様子を見せる。

 正直なところ、ゾゾにしてみればニールセンという相手は決して好意的には思えないような存在だった。

 具体的には、ゾゾの目から見てニールセンはレイをいいように使っているように見えるのだ。

 実際にはレイは全てを納得した上で穢れの件に対処しているのだが。

 ゾゾもそれは理解している。だからこそ忠誠を誓うレイの様子を見ても、特に何かを言ったりといったことはしなかった。

 ゾゾも穢れの危険性については十分に理解しており、だからこそ今回の一件において不満を口に出したりはしていなかった。

 それでも、不満を口に出していなからといって、不満に思っていない訳ではないのだ。

 そんな風に思っていたが、今のニールセンの言葉でそんな不満が幾分か減った。

 不満が完全になくなった訳ではないものの、それでも多少なりともニールセンを見直したのは間違いない。

 ニールセン本人がそれを知れば、それはそれで不満を抱いてもおかしくはなかったが。


「レイさん、俺とも模擬戦をお願い出来ませんか?」


 レイがゾゾとニールセンと話していると、不意にそんな風に言われる。

 声の主は、リザードマン。

 もっとも、レイはリザードマンの見分けというのは完全に出来る訳ではない。

 ガガのように他のリザードマンよりも巨体であったり、あるいはもっと分かりやすい目印でもあれば話は別だったが。

 とはいえ、今回の場合は相手が誰であろうとも、レイの答えは決まっていた。


「悪いな、今日の模擬戦はゾゾとだけという約束だ。もしどうしても模擬戦をやりたかったら、ゾゾに……いや、そうだな……」


 ゾゾに模擬戦を任せる。

 そう言おうとしたレイだったが、不意にその言葉を止める。

 そうして視線が向けられたのは、離れた場所でいつの間にかやって来たリザードマンの子供達と遊んでいるセトの姿だった。


「グルゥ?」


 レイの視線に気が付いたセトが、どうしたの? とレイを見て喉を鳴らす。

 そんなセトの様子を見たレイは、自分の思いつきを口にする。


「セトと模擬戦をやってみるか? いつも同じ相手とだけ模擬戦をやるのもつまらないだろう? なら、たまにはセトのような相手と模擬戦をしてみるのもいいと思うぞ」

「セトと……?」


 リザードマン達も、当然のようにセトについては知っている。

 だが、セトはレイに従っている存在で、自分達と模擬戦が出来るとは思ってもいなかったのだろう。

 リザードマン達はほぼ全員がこの世界の言葉を喋ることが出来るようになってはいるが、それがイコールこの世界の常識について理解したという訳ではない。

 従魔という存在について意味を理解出来ていない者もいるし、中にはセトはただのペットと思っているような者すらいた。

 もっとも、セトがレイのペットというのはそこまで間違ってはいないのだが。

 セトにしてみれば、レイは大好きな相手なのだから。

 レイもまた、セトを可愛がっている。

 そう考えれば、ペットというのも決して間違っている訳ではない。

 ……本人達がそれを認めているからといって、他の者達もそれを理解出来るかどうかは別の話だが。


「ああ、セトとだ。お前達が知ってるかどうかは分からないが、この世界でセトはかなり強力なモンスターとなる」


 通常のグリフォンであっても、ランクAモンスターという高ランクモンスターとなる。

 その上で、セトは多数のスキルを使いこなす希少種として周囲に認識されていた。

 実際には魔獣術のおかげなのだが、魔獣術について知っている者は少数だ。

 そういう意味でも、多くの者にしてみればセトはランクS相当のモンスターという扱いになる。


「いつまでお前達リザードマンが、このトレントの森にいるのかは俺にも分からない。だが、ここが辺境である以上、いつランクBモンスター、そしてランクAモンスターが襲撃してこないとも限らない。だとすれば、何かあってもそのような相手に対処出来るように準備しておいた方がいい」


 その言葉に、レイと模擬戦をしたいと言っていたリザードマンは少し考えてから頷く。

 それはレイの勧めに従って、セトと模擬戦をするのだと決意した様子だった。


「セト、ちょっとこっちに来てくれ」

「グルルルゥ?」


 レイの言葉に、セトは喉を鳴らしながらやってくる。

 いきなり自分達と遊んでいたセトがいなくなったことにリザードマンの子供達は少し不満そうな様子だったが、それでもリザードマンだからか、これから模擬戦が行われると雰囲気で感じたのか、実際に不満を口に出すような真似はしなかった。

 セトが近くにやって来たのを確認すると、レイはその身体を撫でながら口を開く。


「セト、このリザードマンと模擬戦をやってくれ。いいか? くれぐれも模擬戦だというのを忘れるなよ? 致命傷を与えたりはしないようにな」

「グルゥ!」


 模擬戦という言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。

 自分なら模擬戦も恐らく出来ると、そのような自信を感じさせての鳴き声だった。

 やる気満々といった様子のセトを見たリザードマンは、それを見て負けてたまるかと言わんばかりにやる気を見せる。

 最初はレイに言われて少しやってみるかといった程度の考えでしかなかった。

 しかし、セトの様子を見たことによって不思議とやる気が出て来たのだ。

 レイの言う通り、ここで暮らしていくといったようなことになった場合、セトのような高ランクモンスターと戦うこともあるかもしれないと思ったのだろう。

 あるいはここが辺境ではなく、もっと平和な……それこそゴブリンくらいしか出て来ないような場所であればそのように思うこともなかったかもしれないが、ここは辺境だ。

 比較的ギルムから近い場所にあるトレントの森であっても、どこから高ランクモンスターがやってくるのかは分からない。

 ましてや、モンスターも生き物だ。……アンデッドやゴーレムを始めとして、中には生き物ではないモンスターもいるが、大半のモンスターが生き物なのは間違いない。

 そうである以上、モンスターもまた飲み水は必須となる。

 そしてトレントの森の側には湖が存在しており、そのようなモンスターが水を飲みにやって来てもおかしくはない。


「生誕の塔を守る為に、セトとの模擬戦はしっかりとやってくれ」

「分かりました」


 レイの言葉に頷き、リザードマンは長剣を構える。

 セトもそれを見ると、リザードマンとの距離を取り……そんなセトにレイが声を掛ける。


「セト、これは模擬戦だ。つまり、セトの立場はトレントの森に侵入してくるモンスターと同じようにする必要がある。つまり、スキルを使わず身体能力だけで戦ってくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、戦いの時にスキルを使わないというのは珍しい話ではない。

 もちろん、実際に戦う際にはスキルを使うといったことも珍しくはない……どころか、それは普通の状態だ。

 しかし、別にセトはスキルに頼った戦いだけを得意としているのではない。

 そうである以上、ここでスキルを使わずに戦うといったようなことになっても、それはそれで問題はないのだ。


「じゃあ、そういう訳で……始め!」


 レイの合図と共に模擬戦が始まる。

 最初に動いたのは、リザードマン。

 幾らセトが強力なモンスターではあっても、自分が一方的に攻撃をするといったような状況になってしまえば、その高い身体能力を持っていても意味はないだろう。

 そういう狙いから、最初に相手の意表を突いて、そこから連続して攻撃を行う。

 そんな狙いだったのだが……


「グルルルルゥ!」


 セトは素早く、そして俊敏にリザードマンの攻撃を回避する。

 体長三mを超える巨体であるにも関わらず、リザードマンの攻撃は一切当たらない。


(セトはグリフォン……その下半身は獅子、つまり猫科の動物だし、俊敏性は高いよな)


 実際には獅子が高い俊敏性を持っているというのは、あくまでもレイのイメージだ。

 しかし、セトの動きを見る限りではそのイメージは間違っていないように思える。


「ぐ……ぬおおおおっ!」


 三分程、一方的に攻撃をしていたリザードマン。

 だが、その攻撃はセトに命中するどころか、かすりすらしない。

 リザードマンの振るう長剣の一撃は次第に鋭さが落ちてくる。

 リザードマンも戦士として相応の実力を持つ。

 しかし、攻撃を防がれるのならともかく、回避されるというのは傍から見ている者が思っている以上に体力を消耗するのだ。

 本人に自覚がなくても、本当の意味での全力というのはそこまで長時間出来ないものなのだ。

 勿論、具体的にどれくらいの時間全力で運動出来るのかは、それこそ人にもよる。

 そうして動きが鈍ったリザードマンの隙を逃さなかったセトが前足の一撃を放ち、あっさりと気絶させるのだった。

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