3105話

 野営地に研究者達が来るということは、当然ながらリザードマン達にも話す必要がある。

 レイは冒険者達を指揮している男と話し合いを終えると、次に生誕の塔に向かう。


「ふぅ。こっちは視線を集めなくていいわね」


 レイの側を飛び回りながら、ニールセンは嬉しそうに言う。

 ニールセンにしてみれば、今回の一件には色々と思うところがある。

 研究者達の視線は苦手だし、その研究者達に何か妙な真似をされないかといったようにも思う。

 しかし、今の状況を考えるとそれをやるしかないというのも理解出来た。

 そんな中で、生誕の塔というのは研究者達が来てもその視線から逃れられる可能性が高いので、そういう意味ではかなり便利そうな場所なのは間違いない。

 現在のニールセンが上機嫌なのは、その理由からだろう。

 ……もっとも、ニールセンは研究者達の視線から逃れることしか考えていないので気が付いてはいないが、そもそもの話、ニールセンは穢れの件で長から連絡があった場合、すぐレイに知らせるという役目がある。

 その役目を考えれば、そう簡単にレイから離れて生誕の塔に入り浸るといった真似は難しい。


「グルルルゥ?」


 レイの隣を進むセトが、上機嫌で飛び回っているニールセンを見て喉を鳴らす。

 セトから見れば、そんなニールセンの様子は色々と思うところがあるのだろう。

 羨ましいか、可哀想か、楽しそうか……具体的にどんな風に思っているのかは、レイにも分からない。

 ただ、セトから見ればニールセンの様子が少し気になったといったところなのだろう。

 そんな風に考えながら進んでいると、やがて生誕の塔が見えてきた。

 そして生誕の塔を守ってる冒険者やリザードマンの姿もある。

 レイが近づいて来たのを確認し、リザードマンと話をしていた冒険者の一人がやって来る。


「レイ、どうしたんだ? 生誕の塔に来るのは珍しいな」

「別にそこまで来てないってことはないと思うんだけどな。……まぁ、いい。ガガはいるか? ちょっと話があるんだが」

「あー……ガガはちょっと前に何人かリザードマンを連れて出ていったな」


 少し言いにくそうな様子の冒険者だったが、レイもその気持ちは分かった。

 分かった上で、何故ガガはそんな真似を? と疑問に思う。

 以前、ガガは穢れと遭遇し、何も出来なかった。

 いや、正確には戦いの中で穢れの性質を理解し、他のリザードマン達を逃がすといったようなことはしていたが、それだけだった。

 穢れを倒すといった真似は出来ず……


(あ、だからか?)


 レイは何となく理解した。

 ガガにとって、自分の強さというのは大きな意味を持っていた。

 それはレイやエレーナ、ヴィヘラといった面々と模擬戦で負けても変わらない。

 自分が強くなるのを目標としていたのだが、そんな中で穢れには文字通りの意味で手も足も……そして尻尾も出せなかったのだ。

 それがガガにとっては悔しかったのだろう。

 あるいはガガ本人はそこまで悔しがっていなくても、他のリザードマン達にしてみれば納得出来なかったという可能性も否定は出来ない。

 他のリザードマン達を不安にさせない為にも、以前の戦いでは勝てなかったが、自分はまだ負けた訳ではないと、そう態度で示していてもおかしくはない。


「話は分かった。けど、そうなると……なら、ゾゾは?」


 ガガがいないのは理解出来たので、これ以上ここで責めるようなことを言っても意味はない。

 そうである以上、他の人物……と考えたレイが思い浮かんだのは、ゾゾ。

 ゾゾはレイに忠誠を誓っているという珍しいリザードマンだったが、生誕の塔にいるリザードマンの中ではガガに次ぐ強さを持っており、他のリザードマンからも一目置かれている。

 強い相手を尊敬するリザードマンの中で、何故ガガに次ぐ強さを持つゾゾが一目置かれる程度で、ガガ程ではないにしろ忠誠を誓われないのか。

 それはゾゾがレイに忠誠を誓っているのを知っているからだろう。

 もしレイと他のリザードマンのどちらかしか助けることが出来ないということになれば、ゾゾは間違いなくレイを選ぶ。

 それが分かっているからこそ、多くの者達にしてみればゾゾは尊敬するべき人物だが、ガガとはまた違う種類の尊敬となってしまうのだろう。


「ゾゾなら生誕の塔の中にいたと思う。呼んでこようか?」

「頼む」


 別にここで冒険者に頼んで呼んできて貰わなくても、レイが直接行ってもいい。

 それでも冒険者が呼んで来ると言ったのは、レイに気を遣ったのだろう。

 あるいはレイではなく、ゾゾか。

 レイに忠誠を誓うゾゾにしてみれば、自分に用事があるのならレイがゾゾに会いに行くのではなく、ゾゾがレイに会いに来るといったようにしたいと思っているだろう。

 冒険者もそれを理解したからこそ、今回のような真似をした可能性が高い。


「ねぇ、レイ。私がここにいても意味はないだろうし、ちょっとその辺を飛んでくるわね。長から何か連絡があったら、すぐ知らせに来るから心配はしないで」

「分かった。ニールセンのことだから心配はいらないと思うけど、気を付けろよ」

「誰が私をどうにか出来ると思ってるのよ?」


 ふふん、と。自信に満ちた笑みを浮かべると、ニールセンはどこかに向かって飛んでいく。

 それを見送っていたレイは、ニールセンの言葉に納得する。

 もし誰かがニールセンをどうにかしようとしても、そう簡単に捕まえるといった真似は出来ないと思える。

 もしニールセンを捕らえようとしても、それこそ木の中に入るという能力がある以上、その中に入ってしまえばどうしようもない。


「そうだな。お前が好きに行動すればいい。ただ、穢れが出たという情報があったらすぐにでも連絡を頼む」

「分かったわ。長から連絡があったらすぐに連絡するから、安心してちょうだい」


 そう言うとニールセンはレイの前から飛び去る。

 そんな様子を見ていると、やがて冒険者がゾゾを連れてくるのが見えた。


「レイ様、お待たせして申し訳ありません」

「いや、別にそこまで待っていた訳じゃないし、その辺は気にするな。本来なら、ガガがここにいればゾゾを呼ぶ必要はなかったんだけどな」

「兄上は……」


 申し訳なさそうな表情のゾゾ。

 そんなゾゾにレイは首を横に振って、気にするなと態度で示してから口を開く。


「それで、俺がここに来た理由だが……穢れを研究する為の研究者達が、野営地で寝泊まりすることになる」

「本当かよ!?」


 レイの言葉にそう叫んだのは、ゾゾ……ではなく、ゾゾを連れてきた冒険者の男だ。

 その男が湖に穢れが出た一件を知ってるのか、知らないのか。その辺はレイにも分からなかったが、そのどちらであっても驚くには十分だったのだろう。


「ああ、本当だ。そうなると、どうしてもリザードマン達とも関わりが出てくるだろうから、何かあったら気を付けるようにしておいて欲しい。それに、冬になれば生誕の塔で寝泊まりする者達もいるかもしれないし」

「それは……少し厳しいですね。生誕の塔はそれなりの広さを持ちますし、野営地にいる冒険者なら全てを収容しても特に問題はありません。ですが、そこに更に追加で多数がとなると、場合によってはかなり狭苦しくなるかもしれません」

「生誕の塔は途中で折れてるけど、一階だけじゃなかっただろう? なら、二階とか三階とかそっちを使っても難しいか?」

「それも込みで考えてますので。勿論、レイ様からの指示ですから、私も出来る限り何とかしたいとは思います。ですが、ここにおけるリザードマンの最高責任者は兄上です」


 それは、もしゾゾが受け入れると言っても、ガガが受け入れないと言えばどうしようもないということだ。


(一緒に生活をしていた冒険者達ならともかく、研究者とかガガは嫌いそうだしな)


 ガガの性格を思えば、研究者達を受け入れる代わりにリザードマン達が不自由なことになるといったことは、恐らく受け入れないだろうとレイには思えた。

 勿論、それはこの地に転移してきたリザードマンを率いる者として当然の考えなのだろうが。

 だが、それでもレイとしては出来れば受け入れて欲しいと、そう思う。


「そうか。なら、ガガが戻ってきたらその辺の話をしておいてくれ。何か不明なところがあったら、俺に聞いてくれれば大抵は答えられると思う。どうしても俺が判断出来なかったら、対のオーブを使ってエレーナを経由してダスカー様に聞くし」


 そんなレイの言葉に、近くで話を聞いていた冒険者の男は頬を引き攣らせる。

 当然だろう。レイが口にした内容は、それこそ色々と情報を知っていれば、それだけで驚くなという方が無理な内容なのだから。

 レイが対のオーブを持っているのは、この野営地でも普通に使っているので特に驚くようなことではない。

 そもそも対のオーブよりも希少なアイテムボックスを持っている以上、レイが他にどんなマジックアイテムを持っていようとも、驚くようなことではない。

 しかし、レイの口から出て来たエレーナというのは、貴族派の象徴でもある姫将軍だ。

 そんな姫将軍を通してギルムの領主のダスカーに話を聞けばいいと、そんな風に言っているのだから、それに驚くなという方が無理だった。

 エレーナを伝令役にするというのは、もし貴族派に知られたら……あるいは貴族派ではなくても、姫将軍に心酔している者に知られれば、一体どうなるのかは考えるまでもない。


「あー……俺は何も聞かなかった。うん。そういうことにしておいてくれ」


 ここで自分が何かを言えば、色々と不味い。

 そう判断した男は、これ以上は何も聞きたくない、今の話は全く聞こえていなかったといった様子で耳を塞ぐ。

 そんな男の様子に一体何をしてるのやらと思うレイ。

 なお、一般的な反応としては男の方が正しいのは間違いない。

 姫将軍という存在は、それだけ特別なものなのだから。

 寧ろそんなエレーナと気楽に接しており、伝令に使う……いや、湖で大量に出て来た黒い円球の件を思えば、既に伝令として使っているという時点で色々とおかしいのだ。


「まぁ、あいつはともかくとして。ガガに対する伝言は頼んだ。それと……もし穢れに遭遇したら、今のところガガに対処は難しいから、あまり無理をしないようにと」


 正直なところでは、ガガにそのような真似は止めろとレイは言いたい。

 だが、穢れと遭遇した時に倒すことが出来ず、仲間を逃がすような真似しか出来なかったというのは、ガガのプライドに大きく傷を付けたのは間違いない。

 ガガはこの世界に転移してくる前にいたリザードマンの国では、最強の英雄として扱われていた。

 だというのに、穢れを相手にした場合はどうにも出来なかったのだ。

 そのことで大きくプライドが傷付けられてもおかしくはない。

 もしここでレイが何を言っても、それこそガガは聞き入れたりしないだろう。

 それどころか、ガガのプライドを更に傷付ける可能性もあった。


「分かりました。兄上にはレイ様の言葉を出来るだけ分かりやすいようにお知らせします」

「悪いが頼む。……さて、取りあえずこれで用件は終わったし、ゾゾからは俺に何かあるか?」


 尋ねるレイに、ゾゾは首を横に振ろうとし……だが、その動きを止める。


「そのよろしければ私と模擬戦を行って貰えないでしょうか? レイ様のような強者と戦うことは、私にとっても大きな意味を持ちますので」

「別にそのくらいな構わない。今は特に何か急いで行動する必要がある訳でもないしな」


 レイにしてみれば、色々な相手と模擬戦を行っているのだ。

 そうである以上、自分に忠誠を誓うゾゾに模擬戦をやりたいと言われて断る筈がない。


「ありがとうございます。では……向こうの方が空いているので、そちらで模擬戦を行いましょう」


 ゾゾに案内され、生誕の塔からそれ程離れていない場所に向かう。

 するとそこでは、何人ものリザードマン達が戦闘訓練を行っていた。

 それなりの広さがあるのは、模擬戦を含めて戦闘訓練を行う為に用意された場所なのだろうと、容易に予想出来る。

 リザードマン達は、突然この場所……訓練場に姿を現したレイとゾゾに驚きの視線を向けた。


「これは一体?」


 リザードマンの一人がそう声を掛けてくる。

 そんな相手に対し、ゾゾは笑みを浮かべながら口を開く。


「これから私はレイ様と模擬戦を行う。これはレイ様が特別に許可をしてくれたものだ。他の者達は模擬戦に参加出来ないが、私とレイ様の模擬戦を見ることは決して不利益ではないだろう」


 その言葉に、何人ものリザードマンが羨ましそうな視線をゾゾに向ける。

 強者を尊ぶ習性を持つリザードマンにとって、強者との模擬戦はそれだけ羨ましいことなのだろう。

 そのような視線を浴びつつ、レイは場所が空けられた訓練場でゾゾと向き合うのだった。

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