3099話
セトと冒険者達が引き寄せている黒い円球を一ヶ所に纏め、それをレイは魔法で全て焼滅させる。
最初の魔法で一気に多数の黒い円球を破壊していたのが影響し、野営地からやって来た冒険者達との共闘は特に危なげもなく全ての行動を終了した。
「さて……」
デスサイズをミスティリングに収納すると、レイはこれからどうしたものかと思う。
今のところは、黒い円球との戦いを前にして、しかも戦いの最中にちょっかいを出してくるようなことがあれば魔法に巻き込むと言っていたので、研究者達は大人しくしていた。
レイについて少しでも知っている者なら、その言葉を脅しとは思わない。
本気で巻き込んで攻撃をするだろうというのを予想するのは難しくなかった。
レイを知らない者であっても、戦いの中でレイの様子を見る限りでは恐らく本気で自分を巻き込むと理解したのだろう。
研究者の中には自分の後ろ盾を使ってごり押ししようとした者もいるが、それでもレイの様子を見れば後ろ盾も何も関係なく自分達を攻撃すると理解したのだろう。
実際にレイは相手が貴族であっても躊躇なく力を振るう。
そんなレイにしてみれば、研究者達が自分から攻撃に巻き込まれようとしている状況で、それを止めたりはしない。
それらのことから、今までは研究者達も黙って戦いを見守っていた。
しかし、その戦いも終わった以上は状況を説明して欲しいと、あの黒い円球は何かといったことを聞いてくるだろう。
「レイ!」
これからどうしたものかと考えていたレイだったが、不意にそんな声を掛けられる。
もう来たのか。
そう思いながら声のした方に視線を向けたレイだったが、声を掛けてきたのが研究者達ではなく、野営地にいる冒険者達の指揮を執っている男だと理解すると、安堵する。
「丁度いい時に来てくれたな。これからどうすればいいと思う?」
自分でどうすればいいのか分からないのなら、それを分かる相手に聞けばいい。
そう思って尋ねるレイだったが、男は困った表情を浮かべる。
「それを俺に聞かれてもちょっと困るんだが。この連中の前で実際に戦ってみせたのは、レイなんだろう? なら、どうするのかはレイが決めればいいと思うけど」
「それを俺に聞かれてもちょっと困るんだが」
自分で決めろと言われたレイは、相手の言葉の前半部分をそっくりそのまま返す。
すると男の方はそんな風に言われたのが面白くなかったのだろう。
不満そうな表情でレイを見る。
「あー……取りあえず、ダスカー様に報告すればいいと思うが? その辺の判断はダスカー様がすると思うし」
取りあえず現状で相手をからかうような真似をしても意味はないと思ったので、レイはそう告げる。
男もレイの様子からふざけるのは止めたと理解したのだろう。
不満そうな表情は消えるが、代わりに浮かんできたのは疑問の表情だ。
「それはちょっと難しくないか? あの研究者達は他の派閥から送られてきた連中も多いんだろう? なら、ダスカー様の言葉を聞くとは思えないし、もし聞くと言ってもそれは表向きだけで、裏では自分の後ろ盾とかに話すと思うぞ」
「やっぱりか? けど、それでも今の状況はそれが最善だろうし……ある意味、それは悪くない選択肢かもしれない」
「本気か?」
疑わしげな様子で尋ねる男にレイは頷く。
実際、今の状況を思えば穢れについての情報が非常に少ないのだ。
そうである以上、ここにいる研究者達に協力して貰って穢れを研究するというのは悪い話ではない筈だった。
(問題なのは、この研究者は玉石混淆ってところなんだよな)
ここにいる研究者達は、有能な者もいれば無能な者もいるだろう。
そして無能な者の多くは声が大きかったり、自分の後ろ盾の貴族の名前を使ったり、あるい自分の持つ権力で相手を自分の言葉に従わせる。
研究者達に穢れを研究して欲しいとは思うものの、そのような者達を入れて研究をしろというのは難しいだろう。
レイにしてみれば、そのような真似は絶対に避けたかった。
(あ、でも確か近いうちに王都から人がやって来るんだよな? そっちは国王からの命令という形で来るんだろうし、そう考えるとこの研究者達も自分勝手な真似は出来ないか? 国王派の貴族はどうするかちょっと分からないけど)
その辺についてはどうにかして貰おう。
そう判断し、レイは口を開く。
「やっぱりこれはダスカー様に色々と決めて貰った方がいいな。今の俺達が妙な真似をしたら、それこそそれが原因で何か致命的なことになりかねないし」
「……レイがそれでいいのなら、俺は構わないが」
全てをダスカーに投げるといったような行動にしか見えなかったが、男はそれを言ってしまえば、ならお前が何とかしろと言われそうだったので黙っておく。
男の様子にレイは頷き……ちょうどそのタイミングで、一人の男がレイ達の方に近付いてくる。
これは偶然そのようなことになった訳ではなく、レイと男の話が一段落したから行動に出たというのが正しいだろう。
そして近付いてくる男は、レイにとって見覚えのある人物だ。
研究者達の中で、最初に巨大なスライムについての話をしてきた相手だ。
先程話した相手だからこそ、男が研究者達を代表してレイに話し掛けることになったのだろう。
他の者がレイに話し掛ければ、それこそ上から目線で命令をしたりといったような真似をして、レイとの関係が悪化するといったことを心配したのかもしれないが。
それを抜きにしても、出来れば自分がレイに色々と聞きたいと思うところもあったのだろう。
男にしてみても、今こうして見た分というのは興味を惹かれるには十分な光景だったのだから。
「今の光景……私達を守ってくれたと思ってもいいのだろうけど、何があったのかを具体的に聞かせて貰っても構わないだろうか?」
やっぱり事情を聞いてきたか。
そう思いつつも、レイは既にここでどう答えるのかというのは決めていたので、特に躊躇したりせずに口を開く。
「この件については、説明出来ない。どうしても詳しい話が知りたければ、俺じゃなくてダスカー様に聞いてみて欲しい。……そういう事案だから」
「そこまで大きな話だと?」
領主のダスカーからでなければ話せない。
そう言うレイに、男は真剣な表情でそう尋ねる。
尋ねつつも、レイの様子を見る限り向こうが退くとは決して思えない。
だとすれば、やはりここはダスカーに話を聞くしかないのかと、そう思い……
「待ってくれ! それはいいように誤魔化されてるだけじゃないのか!?」
話の様子を見ていた研究者の一人が、このまま引き下がるのは我慢出来ないといった様子で叫ぶ。
ざわり、と。
その言葉を聞いた者達がざわめく。
もしかしたら……そんな風に思う可能性があるのも事実。
だが、それでも今の状況を思えば、その言葉は言うべきではなかった。
レイという存在がどれだけ規格外の力を持つのか、それは先程の黒い円球との戦いで自分達の目で直接目にしたのだから。
そしてレイという存在を少しでも知っていれば、今のような言葉を出すことは出来ない。
……ましてや、今レイと話していた男は現在ここにる研究者達の中では一番偉い人物だ。
だというのに、そんな相手を無視する……どころか、その面子を潰すかのような真似をしてしまったのだから、周囲にいる研究者達はいきなり何を? といった視線を向ける。
「今は私が話しているところなのだがね。君の話は後で聞こう。だから今は黙っていてくれないか?」
レイと話していた男が、不愉快だといった思いを隠さず叫んだ男にそう告げる。
その視線は、レイと話していた時とは違って非常に冷たい。
見ているだけで思わず後退ってしまうかのような、そんな視線。
事実、レイに向かって不満を口にした男はそれ以上何も言えなくなる。
額に脂汗を掻いているのを見れば、その男が現在どれだけのプレッシャーを受けているのかがよく分かるだろう。
そのまま三十秒程騒いだ男を見ていたものの、やがてレイに視線を向けて一礼する。
「すまない、私の仲間……という訳ではないが、同じ研究者が申し訳ないことをしてしまった」
「いや、気にするな。別にあいつは部下って訳じゃないんだろう? それに……まぁ、ここで事情を知ることが出来ないのが残念だという思いも理解は出来るし」
そう言うレイに、男は再び頭を下げる。
「そう言って貰えると助かる。だが……その言葉だけで納得出来る者だけではない。今この場で言えることだけでいい。何か情報を教えて貰えないだろうが。それに……」
男はそこで一旦言葉を止めると、視線を逸らす。
レイからニールセンに。
(あ、そう言えばニールセンの件もあったな)
今更ながら、そんなことに気が付くレイ。
穢れの一件で多くの者達の意識がそちらに向いていたこともあり、妖精については忘れている者が大半だろうと思っていたのだが……レイと話していた男は、当然だがそんな者達とは違い、ニールセンの存在を忘れるようなことはなかった。
(とはいえ……どうするか、だな)
レイもまた、ニールセンを眺めつつ、どうしたらいいのかと少し迷う。
研究者達に妖精の件を話すようなことをすれば、それは間違いなく騒動になる。
騒動になるのだが、だからといってニールセンの姿を堂々と見せてしまった以上、それを隠すといったような真似が出来る筈もない。
だからといって、まさかここで妖精郷について話すような真似が出来る筈もない。
そうしてレイが迷っている様子なのを見た男は、沈黙を破るように口を開く。
「ああ、なるほど。この件についても先程のモンスターと同じく、ダスカー様に聞けばいいのですか?」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったレイだったが、男の視線が意味ありげに自分の方を見ているのに気が付く。
取りあえず現在の状況で説明が難しいのなら、そのようにしておいた方がいいのでは? と、そう言いたげな視線に。
そんな男の様子を見て、レイはなるほどと納得する。
目の前の男は、自分に助けの手を伸ばしているのだろうと。
一体何故そのような真似をするのかは、生憎とレイにも分からない。
ただ、そうした真似をする以上は何らかの理由があるのは間違いないだろうというのは理解出来たが。
(多分、ここで俺に恩を売って、後で何らかの利益を……といったところか?)
この場合の利益というのは、金が欲しいといったようなものではないだろう。
ここにいる研究者達を代表するような男なのだから、金に困るということはない筈だ。
もっとも、世の中には金は幾らでも欲しいという者もいる。
そのような者は、それこそレイから金を貰えるのなら出来るだけ多く欲しいと思うだろう。
レイとしては、相手をするのならそのような単純な相手の方が色々とやりやすいのだが。
とはいえ、今はまず妖精の件をどうにかする方が先である以上、男の言葉に乗らないという選択肢はなかった。
「ああ、そうだな。その件についてもダスカー様から聞いて欲しい。俺の方で勝手に話したりするような真似をすれば、色々と不味いだろうし」
そう言うレイだったが、その言葉は別に間違いという訳ではない。
実際に妖精の件も穢れの件と同様に出来るだけ秘密にするようにと言われているのだから。
だからこそ妖精の件を知りたいと思ったら、レイではなくダスカーに聞くのが正しいのは間違いなかった。
「分かりました。では、ギルムに戻ったら領主の館に向かうことにしましょうか」
そう言い切る男は、やはり相応の立場あるのだろう。
だからこそ、気軽にダスカーに会えるといったようなことを口にしたのだ。
「そうしてくれ。ただ……俺の方から話を通しておいた方がいいだろうから、その辺はこっちで手を回しておく」
まさか今のこの状況……ダスカーが研究者達に何も知られていないと思っている中で、いきなり研究者達が纏めて領主の館にやってきて、黒い円球や妖精について聞かれるといったことになれば、ダスカーも何らかのミスをする可能性がある。
それによって研究者達に余計な情報を与えるかと思えば、前もって連絡しておいた方がいいのは間違いない。
「って、ちょっと、レイ!?」
そんなレイの言葉に驚いたのは、ニールセンだ。
今のこの辺りの状況では、レイだけが穢れを倒すことが出来るというのに、そのレイがギルムに行っていなくなったらどうなるのか。
勿論、レイがいない間は穢れが姿を現さない可能性もある。
だが、レイがいない時に多数の穢れがやってくる可能性もあるのだ。
もしそうなったら、非常に大きな被害を受けるようになってしまう以上、レイがトレントの森からいなくなるのは、ニールセンも許容出来ない。
……長から叱られる可能性もあったし。
だが、そんなニールセンにレイは問題ないと視線で頷くのだった。
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