3097話
「んん……ん……」
そんな声を上げながら、レイは目を覚ます。
いつもなら三十分くらいは寝起きでボーッとしていることの多いレイだったが、今日は目が覚めた瞬間には周囲の状況を確認出来ていた。
このようにすぐ行動可能なのは、やはり昨夜の……実際には午前二時くらいだったことを考えると、既に日付を越えて今日の夜襲が影響しているのだろう。
夜襲が終わってからまだそんなに時間が経っていない。
その為、レイは何があっても即座に動けるようになっていた。
「時間は……午前十一時すぎか。ちょっと寝坊をしてしまったな」
二時くらいに騒動があり、その後はセトのフォローであったり、ニールセンと話をしていたりといったことをしていた関係もあって、最終的には四時すぎまで起きていた。
それでもそこから七時間くらい寝ていたということになる。
普通に考えれば、ちょっと寝坊といった程度ではないだろう。
とはいえ、ニールセンを通して長から連絡がなかったことを考えると、特に何か急いで行わなければならない仕事もない。
「あ、樵達の様子を見に行く必要はあるか」
毎日最低一回は顔を出すと言っており、だからこそ樵達は何かあってもレイが守ってくれるという安心感から、仕事を行っているのだ。
なのにレイが顔を出さなかったら、どうするのか。
もしかしたら、レイですら穢れにやられた影響で怪我をしたり、場合によっては死んでしまったりといったようなことになり、自分達の様子を見に来られないのではないか。
そんな風に疑問に思っても、おかしくはないだろう。
実際にはただ寝坊していただけなのだが、連絡がない以上は樵達も事情が分からないのだから。
実際にそうなっているのかどうかは、レイにも分からない。
だが、その可能性がある以上は、少しでも早く向こうに行く必要があるのは間違いなかった。
素早く身支度を整え……
「あれ? ニールセンはどこにいった?」
リビングのソファにニールセンの姿がないことに気が付き、レイは疑問を抱く。
もっとも、その疑問はすぐに消えたが。
恐らく自分が寝ている間に起きて、どこかに暇潰しでもしに行ったのだろうと。
ニールセンの性格を考えれば、長からの命令でもない限りは一ヶ所にじっとしているとは思えない。
料理なりお菓子なり、ニールセンが夢中になるような何かがあれば、それに集中している間は大人しくしているかもしれないが。
「けど、そうなると捜すのが面倒だな」
樵達の様子を見に行く以上、穢れが出た時はすぐに長から連絡を貰えるようにニールセンも一緒に行く必要がある。
だが、問題なのはそのニールセンがどこにいるのか分からないということだろう。
そう思っていたのだが……
「あ」
マジックテントから出たレイが見たのは、少し離れた場所で寝転がっているセトと、そのセトの背の上で寝転がっているニールセンの姿だった。
セトの背の上にいたニールセンは、レイの声を聞いてすぐに気が付いたのか起き上がる。
「あ、レイ。随分とゆっくりだったわね」
「中途半端な時間に寝たからな。それに……色々と疲れていたのも事実だし」
「ふーん。それで今日はどうするの?」
「そうだな。取りあえず湖に行ってみる。巨大なスライムは燃えつきたけど、それで何か妙な影響がないかどうか、しっかりと確認しておきたいし」
「ふーん。別にいいけど。じゃあ、行きましょうか」
「まだ朝食を……いや、この時間だし、昼食か? とにかく食べてないんだけどな」
「もう少し待ったらいいんじゃない? どうせなら今じゃなくてもう少し時間が経ってから……それこそ、お昼がすぎてから食べた方がいいでしょ?」
そう言われたレイは、自分の腹に手を当てる。
少し空腹といった程度で、昼をすぎるまで待てない程度ではない。
そうである以上、多少待つくらいのことはしてもいいかと判断する。
それでも取りあえずはということで、ミスティリングから取り出したドライフルーツを数個口の中に入れたが。
「あ、ちょっと。ずるい!」
「ほら」
レイも別に自分だけでドライフルーツを食べようとは思っていなかったので、ニールセンに……そして当然ながらセトにも渡す。
レイはマジックテントを収納すると、セトやニールセンと共に湖に向かう。すると……
「うわぁ……」
野営地を出て、湖が見えてきたところでそんな声を出す。
何故なら、湖の周辺には二十人近くが集まっていたのだ。
勿論、その全員が研究者という訳ではない。
半分……いや、三割か、もしくは二割程だろう。
残りは研究者の助手や護衛の冒険者といったところか。
そう考えつつ、レイは自分の側にいたニールセンを掴むとドラゴンローブの中に入れる。
「ちょっ!?」
いきなりのレイの行動に抗議の声を上げるニールセンだったが、今の状況を思えばレイとしてはそんなことに構ってはいられない。
もしニールセンが……妖精の存在が研究者達に見つかったら、間違いなく騒動になる。
レイとしては、現在の状況でニールセンの存在を他の者達に知られたくはなかった。
だからこその、咄嗟の行動。
そうした行動をしながら、レイは湖の周辺にいる者達に視線を向ける。
幸いなことに、巨大なスライムのいた場所に興味を示す者達が大半で、レイの存在に気が付いた者はいない。
まだかなり遠くだったからというのもあるのだろうが。
「研究者達に見つかりたいとは思わないだろ? そうなれば、自由に行動するような真似は出来なくなるぞ。それこそ、妖精好きの連中に追いかけ回されたのよりもずっとな」
「うぐ……それは……」
ドラゴンローブの中で、ニールセンは反論出来なくなる。
いきなりのレイの行動に不満を持っていたのは間違いないが、野営地にいた数人の冒険者達のように、自分に向かって執着してくる者がいると言われれば反論は出来ない。
もしここで何か反論をして、それなら好きに行動しろとドラゴンローブの中から追い出された場合、それこそレイが言っていたような状況になってしまう可能性が高いのだから。
それを知っているからこそ、ニールセンはレイからの扱いに若干の不満はあるが、大人しく黙り込む。
「さて、ニールセンも納得したことだし……行くか。一応顔を見せておかないと、それこそ野営地の方にまで来かねないし」
これだけの研究者達が集まっているのは、巨大なスライムが燃えた件が原因であるのは間違いない。
昨日研究者達は来てなかったので、どこからそのような情報を入手したのかは分からないが。
あるいはレイが湖に顔を出していない時、何人かの研究者がやって来て巨大なスライムがそろそろ燃えつきるかもしれないと思っていたのかもしれないが。
とにかく、研究者達はレイから色々と情報を聞くまで帰るといったことはないだろうくらいの予想はレイにも出来る。
そうである以上、ここで逃げるといった手段を使えば後で色々と面倒なことになる。
なら、ここでその面倒は終わらせてしまえばいい。
そうすれば、向こうも同じような質問をしてくることはないだろうし、もしそのようなことがあっても、一度答えたと言えばいい。
勿論、中には自分の後ろ盾を理由にレイにもっと迫ってくる研究者もいるだろう。
しかし、レイには後ろ盾云々というのは全く効果がない。
もしそのような真似をしても、レイは無視するだろう。
相手が実力行使をしてくるのなら、それこそレイの得意分野である以上は問題がない。
そんな風に考えながら進むレイの存在に最初に気が付いたのは、研究者の護衛をしている冒険者達だ。
護衛をしている者達である以上、自分達に近付いてくる相手の存在に気が付くのは当然だろう。
そして護衛の冒険者が気が付けば、当然ながら他の者達も気が付く。
「おい、あれは……もしかして、レイじゃないか?」
「何? ここにいた巨大なスライムを倒したという?」
「グリフォンを連れているのを見れば、レイで間違いないだろう。詳しい話を聞かなければ」
研究者達がそんな風に話をし……やがて一人の研究者がレイに向かって歩き出す。
真っ先に行動した研究者に、他の研究者が抜け駆けをするなと不満を言いそうになるものの、その行動は途中で止まる。
何故なら、真っ先に動いた研究者はここにいた研究者の中で最も影響力を持っている研究者だったからだ。
研究者と一口に言っても、そこは色々と違う。
これまでの研究成果であったり、後援者が有名な人物であったり、本人が金持ちであったり……そんなように色々と。
そんな中で全ての力関係を理解した上で……そして何より、このままでは他の研究者が妙な真似をしたりしかねないと判断し、五十代程の男がレイを怒らせないようにと、真っ先に行動に移ったのだ。
レイの性格や噂を知ってるからこその行動だろう。
「すまない、ちょっと話を聞かせて貰えないだろうか?」
その丁寧な言葉遣い……それこそ上から一方的に言ってくるのとは違う言葉遣いに、レイは驚く。
近付いて来た相手がどのような反応をするのか、少し気にしていたからだ。
だが、こうして接してみたところ、特に問題はない。
それこそ自分に対して友好的に接してくれているというのが十分に理解出来た。
「ああ、構わない。俺に話せることは話させて貰うよ」
だからこそ、レイの口からも相手の言葉を受け入れるかのような言葉が漏れたのだろう。
もし普段のレイを知らず、レイについての噂だけを知っている者がその様子を見れば驚くだろう。
実際、研究者の護衛としてここにやって来た冒険者達のうち、以前からギルムに所属していた訳ではない者達はレイの言葉を聞いて素直に驚いていたのだから。
以前からギルムにいて、それなりにレイと接したことがあるような冒険者達は特に驚いたりはしていなかったのだが。
レイに声を掛けてきた研究者の男は、背後で騒いでいる冒険者達の様子を特に気にした様子もなく、口を開く。
「では、聞かせて欲しい。私達が知ってる限り、巨大なスライムが燃えつきるまでかなりの時間が必要だったと思う。だが……見ての通り、数日前に見に来た時はいたのが、今はもういない。一体、何故このようになったのだろうか? 実際に巨大なスライムに魔法を使ったレイなら、その辺について分かるのではないかな?」
その疑問は、レイにとって正直に答えるといったことが難しいものだ。
レイの魔法に巨大なスライムが耐えていたのは間違いない。
実際に魔法を使ったレイの感触としては、穢れが攻撃するような真似をしなくても時間が経てば魔法に耐えきれなくなって死んでいたとは思う。
しかし、ここまで急激に巨大なスライムが弱まったのは、その穢れの一件が原因なのは間違いのない事実であり……そして穢れについて説明することは基本的に禁止されている。
樵達やその護衛の冒険者達のように、トレントの森で活動をしていて、そこを穢れに襲撃されたといったようなことになれば、穢れについて説明することも出来るのだろうが。
だが、今のこの状況で穢れについて説明するような真似は絶対に出来ない。
もしそのようなことをしたら、それこそ研究者達は湖をそっちのけで穢れについて調べ始めないとも限らない。
(あれ? でもそうすれば穢れについて色々と知ることが出来るかもしれないんだよな? そう考えると、実は結構悪くない話なんじゃないか? ……もっとも、それを俺が決められる訳じゃないんだが)
その辺を決めるのは、あくまでもダスカーだ。
あるいはギルドマスターのワーカーの判断も大きく影響してくるが。
取りあえず、レイの判断だけでどうこう出来るといったような訳ではない。
「俺の魔法に対抗していたけど、それが限界に達したんだと思う。その結果として、今まで耐えてきた分だけ一気に燃えつきた。俺はそういう風に思っているけど」
レイの前に立つ男は、その説明を聞いても特に表情を変えることはない。
それこそ納得も驚きもなく、ただじっとレイを見ている。
その様子は、それこそレイの言葉が正しいのかどうか、心の中まで見通すかのような、そんな様子で。
『……』
お互いが無言で、一分程。
二人の様子を見ていた他の者達は、周囲に漂う不思議な雰囲気をどう認識すればいいのか迷っていた。
ここで普通に口を開いてもいいのか。
いや、そのようなことをすれば、何か不味いような気がする。
そんな様子を見せる中……その雰囲気を破るように口を開いたのは、研究者の一人だった。
「え? あれ……何だ?」
馬鹿、空気を読め。
何人かの研究者が……いや、助手や護衛も含めてそのような視線を向けるが、しかしそのような視線を向けられた本人はそれを無視して一点を見る。
そんな様子に、レイもまた疑問に思って視線を追うと……
「嘘だろ」
その視線の先にいたのは、三十匹近い穢れ……黒い円球の姿だった。
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