3076話

 狼の子供がゴブリンの集団になぶり殺されるという、あまりいい気分ではない件の後始末を終えると、レイ達は野営地に戻ってきた。

 途中で生誕の塔の護衛を任されている冒険者達の見張りと遭遇したが、レイ達を特に止めたりはせずに素通りさせる。

 ……ただし、見張りをしていた冒険者達の中に一人妖精好きの男がいて、その男はニールセンと少しでも会話をしたそうにしていたが。

 それでも生誕の塔の護衛を任される冒険者だけあって、仕事は仕事、趣味は趣味ときちんと分けて考えることが出来るのか、実際に声を掛けてくることはなかった。


「で、これからどうするの?」

「ちょっと巨大なスライムの様子を見にいく。昨日からどれだけ小さくなったか知りたいし。……ゾゾが緊急の知らせを持ってこなかったということは、特に何もなかったんだと思うけど」


 レイに忠誠を誓っているゾゾだ。

 そのレイに頼まれた巨大なスライムの観察の途中で、もし何かがあったときには即座にレイに知らせに来ていてもおかしくはない。

 レイが樵達に会いに行ってる間に何かあった場合にも、こうしてレイが野営地に戻ってくれば即座にやってくるだろう。


「ふーん。……それにしても、そのゾゾとかいうリザードマン。何であんなにレイに忠実なの?」


 ふと感じた疑問といった様子で尋ねるニールセン。

 レイはそんなニールセンに対し、少し考え……だが、首を横に振る。


「正直なところ分からない。俺がゾゾとの戦いで勝利したのが直接的な理由だとは思うけど」


 単純自分に勝利した相手に従うというだけなら、ゾゾ以外にガガもまたレイに負けている。

 それどころか、ガガはレイ以外にエレーナやヴィヘラにも負けていた。

 ……いや、ゾゾもそんな二人と模擬戦をして負けているのは間違いないが。

 しかし、ガガはレイを始めとして自分に勝った相手に従うといった様子はない。

 そうなると、別にリザードマンには勝利した相手に従わなければならないといった必要は別にないのだろう。


「じゃあ、偶然?」

「偶然という言い方はどうかと思うけど、それも決して間違ってはいないな」


 何故そのゾゾが自分に従うようになったのかといった絶対的な理由が分からない以上、レイとしてはそういうものかといったように思うしかない。


「不思議ね」

「不思議だな」


 自分でもどこか頭の悪い会話をしてるなと思いながら、レイはセトに乗ったままニールセンを引き連れて湖に向かう。

 すると、その途中で昨日も見た光景を目にする。

 湖に棲息しており、レイ達に友好的なモンスターの水狼が冒険者の一人と共にトレントの森に向かう姿があったのだ。

 昨日の今日でまた狩りに行くのか? と思ったが、水狼と冒険者が友好的な関係を築くというのは、レイにとって悪い話ではない。

 いや、それどころか、かなり良い傾向だろう。

 問題なのは、その水狼と親しく接しているのがあくまでも特定の冒険者でしかないということだろうが。


「レイ? どうしたの?」


 レイが森の方を見ているのに気が付いたニールセンが尋ねるが、レイはそれに対して何でもないといったように首を横に振る。

 以前と比べて圧倒的に水狼の存在感が増したことにより、多くの冒険者は水狼と接するのを怖がるようになってしまった。

 それに対して、昨日も水狼と一緒にトレントの森に狩りに行っていた冒険者は、水狼の存在感が増しても特に気にした様子もなく接していた。

 そういう意味では、野営地にいる冒険者の中では貴重な存在なのは間違いない。

 だからこそ、ここで余計な口出しをして、その関係が壊れるといったようなことにはなって欲しくない。


(とはいえ、あの冒険者も水狼も、森の中で穢れに遭遇すれば逃げるしかないんだよな。冒険者の方はその辺分かってるんだろうけど、水狼の方はどうなんだ? 間違っても、相手に攻撃をするといったような真似はしないといいんだが)


 冒険者は色々と説明を聞いているので、穢れがどれだけ危険な存在なのか知ってる筈だ。

 しかし、水狼は知能が高いとはいえ、モンスターだ。

 説明をしても、十分にそれを理解出来るかどうかは分からない。

 もしくは理解したと思っても、そもそも持っている常識が違うので予想外の行動を取るという可能性も十分にあった。

 それを考えた上でも、水狼との関係を友好的にしておくに越したことはないのだが。


「取りあえず今は……あっちか」


 気分を切り替えたレイの視線は、燃えている巨大なスライムに向けられる。

 巨大という表現は相応しいものの、それでも間違いなく昨日に比べると小さくなっている。

 レイが最後に巨大なスライムを見てから半日近くが経過しているものの、その半日近くで予想していた通り……いや、予想以上に巨大なスライムは小さくなっていた。


「これは……俺が言うのもなんだけど、凄いな」


 昨日と比べると、見て分かる程に小さくなっている。

 黒いサイコロによって黒い塵に変えられたのが、それだけ大きなダメージだったのだろう。

 ただし、小さくなったのはあくまでも遠くから見て判断出来ることだ。

 ゾゾのように近くで巨大なスライムの様子を観察している場合、そう簡単に小さくなっているかどうかは分からないだろう。


(あ、そう言えば……)


 ふと、レイはゾゾ達が巨大なスライムの側にいて大丈夫なのか? と疑問に思う。

 その理由は、やはり燃えている巨大なスライムの身体から、何か有毒な気体が発生してないのかというのが最大の理由だ。

 今までは巨大なスライムに近付く者はいても、巨大なスライムの側に長時間いるといった者はいなかった。

 しかし、ゾゾはレイの指示によって巨大なスライムの側にずっといる。

 そうなると、もしかしたら何かがあるのでは?

 そんな風に思ったのだが……


「レイ様、ようこそいらっしゃいました。お出迎えもせず、申し訳ありません」


 巨大なスライムの側にいたゾゾが、レイの姿を見ると即座に近付いて来て深々と一礼し、そう告げる。

 そんなゾゾの様子を、セトは特に気にした様子がなかったものの、ニールセンの方は不満そうな様子を見せていた。

 ゾゾの注意が自分に向いていないのが面白くなかったのだろう。

 そういう意味ではセトも同じようなものだったが、セトの場合はレイの相棒というのをゾゾが知っているので、そこまで露骨な態度を取ることはない。

 何よりニールセンと違い、ゾゾの態度に慣れているというのもあるのだろう。


「気にするな。そっちの観察を頼んだのは俺だしな。それで……遠くから見ると昨日と比べても明らかに小さくなってるんだが、それ以外に何か見て変化はあったか?」

「いえ、特には何もありません。炎の勢いや明るさも以前のままですし」


 やはり見て分かるのは燃えて小さくなっているということなのだろう。

 ゾゾはそれ以外の変化を見つけられなかったことを謝罪するように頭を下げる。

 

「別に謝る必要はない。ゾゾが見つけられなかったということは、他の奴が同じように見ていても何か特殊な変化を見つけることは出来なかっただろうし」


 そう言うレイは、別にゾゾを気遣ってそのように口にしている訳ではない。

 本当に心の底からそう思っての言葉だ。

 実際にレイがこうして見ても、特に何かが変化したようには思えないのだから。


「ニールセン、何か感じるか?」


 一応といったようにレイはニールセンに尋ねてみる。

 妖精のニールセンなら、もしかしてレイ達では感じられない何かを感じることが出来るのではないか。

 そう思っての行動だったのだが、ニールセンはレイの問いに首を横に振る。


「ううん。特に何かがあるって感じはしないわね。長がいれば、もしかしたら何かを感じるようなことがあるかもしれないけど……いえ、無理ね」


 長について口にしたニールセンだったが、すぐにそれを否定する。

 もしここに長がいれば、こうして話している中で何かを感じれば即座にニールセンに伝えてきている筈だ。

 あるいは……その何かが重要なことなら、ニールセン越しにではなく直接ここに転移してくるといった真似をするだろう。

 もっとも、長が妖精郷を離れるのは色々と不味いというのはレイも知ってるので、実際に長がここにやって来たら、それはとんでもないことになると思えるのだが。


「そうか。妖精のニールセンでもその辺について分からないとなると、本格的に昨日とそう変わってはいないんだろうな。だとすれば、もう暫くはこのままの可能性が高いか。もっと小さくなって、消える直前辺りには何かあるかもしれないけど」

「では、もう暫く様子見を?」


 ゾゾが尋ねてきた言葉に、レイは少し考えてから頷く。


「そうなるな。もっと小さく……そうだな。今の半分……いや、四分の一くらいの大きさになるまでは、観察とかはしなくてもいい。時々見て、もし何か気が付くことがあったら教えてくれ。知っての通り、俺は暫く野営地で寝泊まりするから」


 レイが野営地にいる以上、何かあったらすぐに知らせるといったことは難しくない。

 もっとも、樵達が怖がらないように一日に一度か二度くらいは樵のいる場所に顔を出すようにする必要があるが。

 今のところレイしか穢れを倒せないということになっている以上、そのレイが顔を出すことによって樵達が安心し、木の伐採が進むのなら問題はない。

 実際にはレイ以外にエレーナも穢れを倒すことが出来るのだが、まさか貴族派の姫将軍を気軽に使う訳にもいかないだろう。

 ……レイの頼みなら、エレーナは喜んで引き受けてくれる可能性が高いだろうが。

 だが、エレーナが喜んでやってくれるからといって、それを実際にやらせる訳にはいかない。

 もしそのような真似をしてることが知られれば、それはダスカーにとって大きな借りとなる。

 もっとも、昨日の一件で既にレイはエレーナに頼んでいたのだが。

 その件については、突発的なことだったし、レイが直接エレーナに頼んだというのも大きい。


「分かりました。では、そのように。ですが……この巨大なスライムが小さくなったのを考えると、恐らくそう遠くないうちにレイ様を呼ぶことになりそうですが」

「だろうな。俺としてもそっちの方がいい」


 レイとしては、ただでさえ現在は色々と面倒なことがあるのだ。

 片付けられることから片付けていき、面倒は少しでも減らしたいというのが正直なところだ。


(冬までにはどうにかなってくれればいいんだけどな)


 雪が降っても巨大なスライムが燃え続けていると、場合によってはモンスターや動物の中でも温もりを求めて湖に集まってくる可能性が高い。

 そして巨大なスライムに近付きすぎて接触し……そうなった時、一体どうなるのかレイとしては考えたくない。

 そのモンスターや動物も燃やされるのか、それとも巨大なスライムに吸収されるのか。

 どのような結果になろうとも、それはレイにとって決して好ましいことではないのだ。


「取りあえず一晩悪かったな。これでも食ってくれ」


 そう言い、レイが取り出したのは数本のガメリオンの串焼き。

 昨日の夕食の時に作ったのを何本かミスティリングに収納しておいたうちの数本だ。

 ミスティリングに収納されていたので、その串焼きは焼きたてのままだ。

 見るからに美味そうに焼けており、周囲には食欲を刺激する香りを漂わせている。


「ありがとうございます、レイ様」


 ガメリオンの串焼きを見てもゾゾは特に表情を変える様子もなく、それを受け取る。

 ゾゾの他にも数人のリザードマンがそこにはいたのだが、そのリザードマン達は串焼きから漂ってくる食欲を刺激する香りに落ち着かない様子を見せていた。

 一応、ここにいるゾゾ達も、昨夜の食事で作ったガメリオン料理は食べている。

 しかし、それでも食べたいと思ってしまうのだろう。

 ……あるいは昨日ガメリオンの料理を食べたからこそ、それが実際にどのくらい美味いのかを知っているので食べたいと思うのかもしれないが。

 実際、昨夜食べたガメリオンの料理はどれも美味く、多くの者が満足する食事だったのだから。


「じゃあ、暫くはそこまで気にするようなことはしなくてもいい。さっきも言ったように、四分の一くらいの大きさになったらまた観察を始めて、それで特別な何かがあったら教えてくれ」

「分かりました」


 レイの言葉に素直に頷くゾゾ。

 そんなゾゾの様子にレイは満足し、持っていたガメリオンの串焼きを追加で渡す。


「じゃあ、頼むな」


 そういい、レイはセトとニールセンと共にその場を後にする。

 ゾゾはそんなレイ達の後ろ姿に一礼すると、持っていた串焼きを仲間と分けるのだった。

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