3067話

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……参った……」


 長剣を手にした男は、激しく息を切らせながらそう告げる。

 体力の全てを出しつくしたといった感じで、これ以上は何をどうしても自分が勝てないと、そう理解しているからこその対応なのだろう。

 もっとも、体力がない以上に自分の眼前に突きつけられた黄昏の槍の穂先を見れば、この状態ではもうどうしようもないのは明らかだったが。


「結構保ったな」


 突きつけていた黄昏の槍を手元に戻しながら告げるレイだったが、男の方はそう言われても楽しそうではない。


「それは嫌味か?」

「いや、嫌味とかそういうのじゃなくて、純粋に俺が思ったことだ。実際に模擬戦で俺を相手にここまで保ったのは……数人くらいだった筈だぞ」


 それはつまり、長剣を持った男がこの場にいる冒険者の中でも上位に位置する実力の持ち主であるということになる。

 もっとも、そう言われた本人はあまり嬉しそうではなかったが。

 生誕の塔の護衛を任されている以上、男も自分の力には自信があったのだろう。

 ギルドもそれを認めているからこそ、この場に護衛として派遣したのだから。

 しかし、そんな自分の力はレイに全く及ばなかった。

 自分は激しく息を切らせているのに、レイは息切れ一つしていない。

 これこそがお互いの間にある絶対的な力の差を示している。

 そんな相手からそれなりに保った方だと言われて、それで嬉しいかと言われれば、その答えは否となる。


「そうかい。なら次はもっと保たせてやるよ。……いや、次は俺が勝つ」


 圧倒的な実力差を見せつけられても、男はそれで怯むことはなく次は勝つとまで言い放つ。

 個人の性格もあるのだろうが、ギルドの中でも精鋭と認められるだけの実力を手に入れるには、それだけの負けん気の強さも必要となるのだろう。


「頑張ってくれ。……あ、どうやら戻ってきたみたいだぞ」


 息を整えた男に答えていたレイは、こちらに向かってくる者達の姿を見つける。

 それは生誕の塔に近付く相手を警戒する為の見張りだろう。

 交代をする時間だということで、先程模擬戦をした槍を持った男を野営地に戻したのだが、模擬戦を見て自分も参加したくなり、結果として現在レイの前にいる男に叱られた人物。

 叱った本人がレイとの模擬戦を行った辺り、本末転倒ではないかと思わないでもなかったが。

 ただ、今の状況を思えばそれでも悪い話ではないのだろうとレイは判断する。

 男が口にしたのは、戻ってきた面々も模擬戦をやろうとするだろうから、自分は先にやっておいて他の面々が模擬戦をやりたい時に邪魔にならないようにするというものだった。

 結果として、その選択肢は決して間違ってはいなかったのだろう。

 こうして戻ってきた者達も、その多くがレイと模擬戦が出来ると聞いてやる気満々といった様子だったのだから。


「レイさんと模擬戦が出来ると聞いたのですが、それは事実ですか?」


 戻ってきた者達の中で真っ先にレイに話し掛けてきたのは、レイピアを手にした男の冒険者だ。

 鎧も金属鎧ではなく、モンスターの革を使ったと思われる物で、それでいながら身体の本当に重要な部分だけしか覆われていない。

 見るからに速度を重視する戦い方をする者なのは明らかだろう。

 口調の方は非常に丁寧で、相応の教育を受けてきたようにも思える。


(もしかして、元貴族とかか?)


 元貴族が冒険者になるというのは、そこまで珍しい話ではない。

 家を継ぐ長男や、その長男に何かあった時の為の次男くらいはともかくとして、それ以外の場合は余程大きな貴族ではない限り、自分で生きる道を探す必要がある。

 騎士になったり、後継者のいない貴族の婿養子になったり、教養を活かして研究者になったり。

 色々と道はあるが、そんな中でも一発逆転を狙える職業として人気なのが冒険者だ。

 実力があれば大きな依頼をこなせ、それによって金も名誉も……場合によっては権力すら手に入れられる。

 勿論それは実力があればの話だ。

 冒険者というのは実力が全て……とまではいかないが、実力がなければ生き残れないのは事実だ。

 貴族として生きてきて、無駄にプライドが高い者であれば、すぐに死んでしまう。

 そういう意味では、現在レイの前にいる貴族は生誕の塔の護衛を任されているということで、ギルドから実力も性格も相応に認められている人物となる。


「ああ、俺は構わない。ただ、見たところお前は速度重視の戦い方だろう? そうなると俺と模擬戦をした場合は怪我をする可能性が高いぞ?」

「問題ありません。これでも相応の実力があると覚悟しています。それに、強くなる為にはその程度の危険は承知の上ですから」


 覚悟を決めて向けてくる視線に、レイは頷く。


「分かった。模擬戦をやるのは俺は特に問題ない。……そっちの連中も、模擬戦を希望する奴がいるのなら、次の順番を決めておけ」


 レイの言葉に、レイピアを持つ男がピクリと反応する。

 これから自分と模擬戦を行うのに、その上で自分の次に模擬戦をやる者を決めておけというのは、明らかに模擬戦でレイが勝利するのを前提としての言葉だ。

 勿論、レイピアの男もレイに勝てるとは思っていない。

 思っていないが、それでもこうもあっさりと自分の次の相手を決めておけと言われるのが面白くないのも事実。


「私もそう簡単に負けたりはしませんよ」

「そうか。なら、お前の戦い方を楽しみにするよ」


 そう言うと、レイはいつものようにデスサイズと黄昏の槍を構える。

 レイと戦う時、その相手が最初に苦労するのがここだ。

 片手に武器、片手に盾といったような戦闘スタイルの者なら多いが、両手にそれぞれ武器を持つといった戦い方をする者は少ない。

 その少ない者も、武器の重量や片手で武器を振るう速度を考えると、軽い武器……それこそ短剣のような武器を使った二刀流が多いのだが、レイは違う。

 片手に大鎌、片手に槍。

 種類の違う武器、それも双方が長柄の武器を手にしているのだ。

 そのようなデタラメな存在と戦った経験のある者は当然のように少なく、結果として相手は戸惑うことになる。

 しかし……レイピアの男も実力を認められてここにいるのだ。

 その上でレイとの先程のやり取りを思えば、ここで躊躇するといった選択肢はない。


「はぁっ!」


 レイの持つ武器を警戒しつつも、レイピアの男は一気に前に出る。

 武器や防具を軽くしているだけあって、その速度は先程の槍の男は勿論、長剣の男よりも更に速い。

 真っ直ぐ自分に突っ込んでくるのを見ながら、レイもまたそんな相手に対応するように動く。

 一歩前へと。

 その瞬間には既にもう男はレイの前にいて、レイピアの突きを放つ。

 鋭く自分の胸元に向かって放たれた一撃だったが、右足を下げて半身になることによって回避する。

 レイピアの刃は次の瞬間には一瞬前にレイの身体があった場所を貫く。

 男の顔には一瞬驚愕の色が浮かぶ。

 自分の攻撃がこうもあっさり回避されるとは、思ってもいなかったのだろう。

 しかし、レイピアの男も優秀な冒険者だけあって、その驚愕は一瞬。すぐにレイピアを手元に戻すと、再び鋭い突きを放つ。

 レイピアという、長剣に比べれば圧倒的に軽い武器を手にしているからこその行動だった。

 だが、そのレイピアの刃も身体を動かしたレイによって回避される。

 本来ならレイもまたデスサイズや黄昏の槍を使って、レイピアを攻撃する。

 しかし、レイピアというのは突きに特化した武器で、その刀身は細い。

 それでいて長剣と同程度の長さがあるので、もしレイがいつも通りに行うように攻撃をした場合、レイピアの刃はあっさりと折れてもおかしくはなかった。

 本来なら、レイピアを持つ男は武器を攻撃されるといったことはない。

 それこそレイピアの軽さは圧倒的で、多少格上の冒険者と戦闘になっても、武器を攻撃されるといったことはまず考えなくてもいい。

 いいのだが……今回のようにちょっとではなく圧倒的に格上の存在であれば、武器を破壊されてもおかしくはないし、実際にレイは相手の武器を破壊することを躊躇していた。

 冒険者の……それもギルドに優秀な冒険者と認められる者が使うような武器というのは、基本的にかなり高価だ。

 それでもレイピアのような武器であれば、どうしても壊れやすくなってしまう。

 生誕の塔を護衛する目的で戦って破壊されたのなら、経費という形でどうにか出来る可能性もある。

 しかし、ここで行われているのは模擬戦だ。

 模擬戦で壊れた武器……それも精鋭と呼ばれる者が使っている武器を、経費という形でどうにかなるかと言われれば、微妙なところだろう。

 可能性としては、生誕の塔の護衛は限られた者達だけで行われており、ギルドだけではなく領主のダスカーも……そして表には出ていないが、国王派や貴族派も多少なりとも関与している。

 異世界から転移してきたリザードマン達や生誕の塔、湖といった大規模な出来事なのだから、そのような形になるのは当然だろう。

 それでも一番大きな権限を持っているのは、当然のようにダスカーだったが。

 このようにただの冒険者の仕事といった事態ではすまされない以上、冒険者達がある程度優遇されてもおかしくはない。

 レイの行動は、その辺についての考えでもあった。


「ちぃっ!」


 自分の攻撃が次から次に回避されることに、鋭く舌打ちをしながら男はレイピアの連続突きを続ける。

 しかし、その攻撃も回避され続け……


「防げよ」


 そう言い、レイはデスサイズを横薙ぎに振るう。

 勿論振るわれるのは柄で、刃ではないのだが。


「うおっ!」


 身のこなしが素早いのが利点だけに、男はレイピアを手にしたまま素早く後ろに下がる。


「危なっ!」


 男の身のこなしはレイにも理解出来たのだが、男が回避した先にはデスサイズの刃の反対側の部分がある。

 もしこれで刃の部分が男の方に向けられていた場合、男は最悪自分から刃に切断されにいっただろう。

 そうならなかったことに安堵したレイの隙を逃さず、男は後ろに跳躍して足が地面に触れた瞬間、再び一気に前に出る。

 油断をしたレイが悪いのだが、そんな油断を突くかのような一撃。

 これまでのような連続突きではなく、正真正銘、その一撃に全てを賭けるといったような思いで放たれた一撃だったが……


「甘いな」


 頭部目掛けて放たれた突きを回避し、男とすれ違うような動きをしながら……それでいて、左手に持つ槍で男の足を払う。


「ちぃっ!」


 男にとっては予想外の一撃だったのだろう。

 しかし、その一撃で地面に転びそうになりながらも、持ち前の瞬発力を活かしてすぐに立ち上がり、レイの方を振り向き……動きを止める。


「俺の勝ちだな」

「ぐ……」


 眼前に黄昏の槍の穂先が突きつけられた状態である以上、その言葉に不満は言えない。


「どうやって……?」


 不満の代わりに男の口から出たのは、そんな疑問だった。

 突っ込んだ自分のすぐ横を通っていったのに、振り向いた瞬間にはもうレイの持つ黄昏の槍の穂先が自分に突きつけられていたのだ。

 一体何がどうやってそのような状況になったのか、男には全く理解出来なかった。


「そんなに難しい話じゃない」


 男が負けを認めたと判断したのだろう。

 レイは突きつけていた黄昏の槍を下ろすと、本当に何でもないかのように口を開く。


「お前とすれ違った瞬間に地面を蹴っただけだ」

「……あの速度で地面を蹴って移動してきた方に向かって進んだと?」


 唖然。

 男の表情はそんな表現が相応しい状態になっていた。

 言葉で言うのは簡単だったが、実際にそのような真似をやるのは簡単ではない。

 下手をすれば足首の骨が砕けるといったことになってもおかしくないし、運がよくても足首の捻挫といったところだろう。

 そのような真似を簡単に出来るのなら、それこそ多くの者がやろうとしている。

 勿論、モンスターや盗賊との戦いでそのような真似をしなければならなかったりした場合は、躊躇しないだろう。

 しかし、ただの模擬戦でそのような真似をするのかと言われれば、普通は首を横に振る。

 模擬戦で勝利する為だけに、足首を痛めるというのは洒落にならないのだから。

 特に足首の捻挫というのは、癖になりやすい。

 ……とはいえ、それはあくまでも一般人の場合だ。

 レイの場合は身体そのものが普通ではなく、ゼパイル一門による特別製だ。

 その程度の無茶な動きをしても、容易に捻挫をしたりはしない。


「俺の負けだ」


 男は改めて自分の負けを宣言し、それを聞いたレイは順番待ちをしている者達に対して口を開く。


「次だ」


 そんなレイの言葉に、何人もの冒険者が模擬戦に立候補するのだった。

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