3066話

「次、誰だ?」


 レイの言葉に、何人もが前に出る。

 既にレイが模擬戦を始めてから一時間程が経過していた。

 最初にレイと戦った妖精好きの男を始めとして、他にも多数の者達がレイとの模擬戦を行ったが、それでも結局誰も勝利することは出来なかった。

 ……それどころか、レイにまともに一撃を与えた者すらいない。

 ここにいる生誕の塔の護衛を任された冒険者達は、ギルドから有能な人物であると認められた者達だ。

 そんな冒険者達ですら、レイに一撃を与えることも出来なかった。

 また、冒険者以外にリザードマン達も結構な数がレイと模擬戦をしたが、こちらも一撃も与えられていない。

 もっとも、冒険者達とは違ってリザードマン達はそこまでショックを受けていないが。

 リザードマン達にしてみれば、自分達よりも強いガガやゾゾですらレイには勝てないのだ。

 そんな中で自分達が戦ってもレイに勝てるとは到底思えない。

 ……もっとも、だからといって最初からレイに勝てないと諦めて模擬戦をするような者はいないが。

 少しでもレイと長く戦い、その技術を身に付け、模擬戦前の自分よりも強くなりたい。

 そんな風に思うのは、リザードマンの戦士としては当然のことだった。


「次は……俺がやる!」


 また一人、冒険者がレイの前に立つ。

 立ったのだが……その冒険者を見て、レイは疑問を抱く。


「何でここにいるんだ?」

「そろそろ交代の時間だからな。知らせに来たら、面白そうなことをやっていたから参加させて貰った」

「いや、それは……いいのか?」


 レイの前に立つ冒険者は、本人が口にしたように現在は見張りをしている冒険者だ。

 本人が言うようにそろそろ交代だと知らせ、準備をするように……あるいは何か他に用事があってここにやって来たのだろうが、レイがやっている模擬戦を見て自分もやりたいと思って乱入したのだろう。


「いいんだよ! なぁ、ほらやろうぜ」


 周囲の様子を見ると、他の者達もこの男が模擬戦をやりたいと言うのは仕方がないと判断したのか、レイはデスサイズと黄昏の槍を構える。


「分かった。なら、次はお前だな。来い」

「おう!」


 レイの言葉に大きな声を上げ……いや、吠えると槍を手にしたまま一気にレイとの間合いを詰める。

 そして槍の間合いに入ったと思うと、突きを放つ。

 それも一度ではなく、二度、三度と連続した突き。

 その辺の冒険者であれば、最初の一撃を回避することすら無理だろう。

 だが、レイはその場から動くこともなくデスサイズと黄昏の槍を振るう。

 連続して周囲に響く金属音。

 男の放った突きの全てはレイが動かないままに放たれた武器によってあっさりと弾かれる。

 そんな様子に突きを放った方は驚愕の表情を浮かべながら後方に跳躍した。


「嘘だろ!? 今のを全部防ぐとか……俺のとっておきだってのに」

「奥の手をいきなり使うという思い切りはいい。けど、それを防がれた時のことを思えば、奥の手を使う以上は別の奥の手も用意しておくんだな」

「ぐ……行くぞ、まだまだだ!」


 そう叫び、男は再びレイに向かって走り出す。

 そんな相手に対し、今度はレイもただ待つのではなく自分から前に出た。

 左手の黄昏の槍で突きを放ち、同時に右手のデスサイズを横薙ぎに振るう。

 ただし、振るうのは刃の方ではなく、デスサイズの刃がない方。

 刀で峰打ちと呼ばれている一撃。

 大鎌のデスサイズを峰と表現するのが正しいのかどうかは分からないが。


「ぬ、うおおおおっ!」


 ここで武器が一本と二本の差が出る。

 黄昏の槍の一撃は何とか自分の槍で弾くことが出来たが、続けて……いや、ほぼ同時に放たれたデスサイズの一撃を回避する真似は出来なかったのだ。

 右手と左手がそれぞれ持っている武器で同時に攻撃するという行動だったが、それが相手の意表を突いたのだろう。

 普通ならそう考えても間違いない。

 しかし、レイはとてもではないが普通と呼ぶことは出来なかった。

 ゼパイル一門の技術によって作られたレイの身体は、五感は勿論のこと、単純な身体能力も人外の域に達している。

 その上で、デスサイズはレイとセトが持った場合は殆ど重量を感じさせないくらいに軽いが、それ以外の者は百kg程の重量となる。

 それらが合わさったからこそ、レイはデスサイズと黄昏の槍による攻撃を同時に行うといった真似が出来るのだ。

 これが模擬戦なので、当然デスサイズが当たる瞬間に威力を弱めたのだが。

 それでも男はデスサイズの一撃によって真横に数mも吹き飛ぶ。

 偶然……いや、レイが狙ってそちらに吹き飛ばしたのだが、その吹き飛ばされた場所にいたリザードマンが何とかその身体を受け止める。

 もっとも、受け止めた後で尻餅をつくことになったが。

 大の男が、それも鎧も含めた重量もプラスされた上で吹き飛ばされるのだ。

 そうである以上、リザードマンが一人でその衝撃を受け止めるといった真似をして持ち堪えられる筈もない。

 ……そのような状況で吹き飛ばされた男が怪我をしなかったのは高い身体能力のおかげだろう。

 この場合の怪我というのは骨折のような重傷で、打撲の類ではない。

 レイの一撃を受けてその程度ですんだのなら、それだけで十分な運と実力の持ち主だろう。


「さて、それで次……うん? どうやらお前の客みたいだぞ」


 次の模擬戦の相手が誰なのかと尋ねるレイだったが、視線の先には一人の冒険者が険しい表情を浮かべている。

 ただし、その険しい表情が向けられているのはレイではなく、たった今レイによって吹き飛ばされた男だ。

 その男はリザードマンに感謝の言葉を言って立ち上がったところだったのだが……レイの言葉を聞き、その視線を追うと顔を引き攣らせる。

 当然だろう。険しい表情を浮かべている男は、吹き飛ばされた男と一緒に見張りを行っている者達の一人だったのだから。

 その人物が何故ここにいるのか……それは、交代する相手を呼びに行った男の性格を十分に承知していた為だ。

 もしかしたらと思って追ってきたのだが、その懸念は見事なまでに的中してしまった。


(ギルドに優秀な冒険者と判断されている中にも、色々といるってことなんだろうな)


 レイがそんな風に思っていると、吹き飛ばされた男がその場から逃げ出そうとする。

 しかし、大きな怪我はしていないものの、レイの一撃を受けた身体だ。

 いつも通りに動く筈もなく、あっさりと捕まってしまう。


「げっ、ちょ……その、逃がしてくれないか?」

「そんなことが出来ると? そもそもレイと模擬戦をする機会があるってだけで羨ましいのに、それを俺達に知らせないで自分だけでやるってのはどうなんだ?」

「そっちかよ!」


 仕事をサボっていたことではなく、自分だけがレイと模擬戦をしていたと言われた男は思わず突っ込む。

 とはいえ、冒険者にとってレイと模擬戦出来る機会というのは非常に重要だ。

 レイと模擬戦をして勝てるとは思っていない。

 しかし模擬戦をすることによって自分の欠点を見直すことは出来るだろうし、それ以上にレイのような強者と模擬戦をしたというのは自信を与える。

 冒険者として高ランクモンスターと遭遇した時も、レイと模擬戦をした時に比べれば……と、そんな風に思えば、怯えるといったようなことはなくなるだろう。

 レイとの模擬戦は、そのような生きるか死ぬかという時に大きな意味を持つ。

 それを自分だけが抜け駆けして行っているのだから、それに不満を持つなという方が無理だろう。


「お前は後で説教だ」

「ぬぅ……」


 模擬戦をしていた男は、説教だと言われると不満そうな様子を見せる。

 それでも自分だけが抜け駆けをしたというのは理解しているのか、それ以上は反論する様子はない。

 もしここで反論するような真似をしても、この後で行われる説教の時間が延びるだけだと思っているのだろう。


「レイ、うちの班の者がすまなかったな」

「気にしてない。俺が模擬戦をやるのは……まぁ、特に何か理由があった訳じゃないし」


 生誕の塔を守っている者達が強くなるというのは、レイにとって悪い話ではない。

 それ以上に、レイにしてみればこの模擬戦はただの暇潰しという一面が強かったのだ。

 だからこそ自分も模擬戦をやりたいと言う者がいれば、それに否とは言わない。

 これでレイが体力的に疲労しているのなら、模擬戦をやろうと言われても断っただろう。

 しかしレイの場合は、体力的にはまだまだ余裕だ。

 ……既に野営地に残っていた者達と十分な模擬戦を行っており、それでもまだ体力的に問題ないという点は、それだけで普通ではない。

 全身を激しく動かす運動……それも模擬戦のように相手と戦う必要があるような運動は、普通ならそこまで長い間動き回り続けるといったことは出来ないのだ。

 だというのに、レイは野営地にいた者達の多くの模擬戦をしても、息すら切れていない。

 傍から見ていると、レイの体力はとてもではないが信じられない。

 新しくやってきた男にしてみれば、これから模擬戦をやる相手が疲れていないというのは悪くない話だったが。

 もし相手に勝つことだけが目的なのであれば、レイが体力を消耗するのを待つのが最善だろう。

 しかし今回行うのはあくまでも模擬戦だ。

 その場合は、相手が疲れていては全力を出して貰えないという点で大きなマイナス要因だった。


「俺がレイと模擬戦をしてるから、お前は向こうで待ってる連中に戻ってくるように言ってこい」


 長剣を構えた男は、抜け駆けをして自分だけ最初にレイと模擬戦をしていた男にそう告げる。

 そんな指示をされた方は不満そうな様子を見せるものの、自分よりも格上だと理解している相手に対しては文句も言えない。

 ……あるいはこれで抜け駆けをしていた訳でなければ、まだ反論も出来たかもしれないが。

 そこには不満もあったが。

 自分が抜け駆けをしたのは間違いない。

 だが、自分に仲間を呼んでこいと言っておきながら、指示を出した男もまたレイと模擬戦をやる気満々だったのだから。


「いいのか? 何なら他の連中が来るまで待っていてもいいが」

「何でそんなことをする必要がある? 他の連中が来たら、レイと模擬戦をやりたいと言う奴は多い。そうである以上、ここで俺が残って模擬戦をやっておくのは、他の連中が順番待ちをする時間が少なくなるんだぞ?」

「物は言いようだな」


 男の言葉に呆れた様子で告げるレイ。

 そんな呆れの言葉を受けた男は、しかしそれを気にした様子もなく受け流し……


「行くぞ!」


 鋭く叫び、一気に前に出る。

 先程の男も前に出る時の速度はかなりのものだったが、長剣を手にした男は明らかに先程の男よりも上の速度だ。

 そうして横薙ぎに振るわれる一撃。

 これもまた先程の男と同じように、攻撃が命中するのならそれはそれで構わないといったような一撃。

 もしその辺の冒険者がいきなりこのような攻撃を食らった場合、一撃で死んでもおかしくはない。

 レイなら回避出来ると信じているからこそ、次の攻撃に繋げる為に放たれた一撃なのだろう。

 実際にはもしレイが回避できなくても、ドラゴンローブがあるので致命傷にはならないのだが。

 胴体を斬られることはまずないが、衝撃そのものを殺せる訳ではない以上、その衝撃によって肋骨の一本や二本は折れてもおかしくはない。

 それだけの威力を持ったその攻撃は、一歩後ろに下がったレイの目の前を通りすぎていき……


「よっと」


 長剣の刃が自分の前を通りすぎた瞬間、デスサイズの柄で刀身を叩く。

 ギィン、という金属音が周囲に響くのを聞きながら、レイは左手に持つ黄昏の槍を放つが……


「うおっ!」


 まさかカウンター気味に攻撃が来るとは思ってもいなかったのだろう。

 男は何とかその攻撃を後ろに跳んで回避する。

 回避が間に合うタイミングではない状態での回避だけに、レイは感心する。

 これはつまり、レイが予想していた以上の身体能力……もしくはそれ以外の何かを男が持っていたということを意味するのだから。


「やるな」

「いやいや、俺の攻撃をあっさりと回避して、その上で反撃までしてきたレイにそんなことを言われても、喜んでいいのやら悲しめばいいのやら」


 模擬戦前と比べると、男の口調はどこか明るい。

 そのことを少し疑問に思ったレイだったが、模擬戦を行うことによって興奮しているのだろう。

 ヴィヘラ程極端にではないが、戦闘を好む者は相応に多い。

 目の前にいる男もその類なのだろうと判断すると、レイは改めてデスサイズと黄昏の槍を構える。

 男も長剣を改めて構え……そして二人は同時に前に出た。

 周囲に響き渡る金属音は、その模擬戦がどれ程の激しさなのかを示すのだった。

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