3036話

 貴族派に借りを作るということに険しい表情を浮かべるダスカーだったが、レイとしてはそんなダスカーの様子を特に気にした様子も見せずに口を開く。


「借りを作るくらいなら、構わないと思いますけど? これが同じ貴族派に借りを作るのでも、増築工事の邪魔をしてきたような貴族に借りを作るのなら不味いと思います。ただ、エレーナに借りを作るということは、ケレベル公爵に借りを作るということですから」


 無意味なプライドに凝り固まった貴族に借りを作るのは、ダスカーの立場としては色々な意味で危険だ。

 しかし、その借りを作る相手がエレーナの父親にして貴族派を率いてるケレベル公爵となれば、そこまで危険ではない。

 勿論、借りを作る以上はいつかその借りを返す必要がある。

 しかし、今は忙しくて生誕の塔に直接向かうという真似がダスカーやワーカーには不可能で、前ギルドマスターのマリーナも治療院での仕事を考えると、出来ればそれは止めたい。

 そうなると、最終的に選ばれるのは……やはり、エレーナとなる。


「俺の側近の何人かは、ある程度事情を知ってるが……それだと知名度不足だと思うか?」

「そうですね。エレーナから対のオーブを借りて、それでダスカー様に説明して貰うにしても、出来れば最初に有無を言わさず相手を飲み込み、それから説明した方がいいと思いますし」


 また、これはレイが口に出すようなことはなかったが、エレーナが対のオーブを素直に貸すかといった疑問もそこにはあった。

 エレーナにとって、対のオーブは非常に重要なマジックアイテムなのだ。

 勿論、エレーナも状況は理解しているので、どうしても必要となれば貸すだろう。

 しかし、出来ればそのような真似はしたくないと思っているのも間違いない。


「最終的に俺が話すのなら、部下に行って貰うのがいいかもしれないとも思っていたんだが、レイの言葉を聞く限りだとそれは無理か」

「対のオーブを貸すのなら、エレーナが自分で行くと言うでしょうね。それに……生誕の塔の側にいる冒険者達に現在の状況をしっかりと理解させる上でも、ダスカー様の部下が行くよりはエレーナかマリーナを向かわせた方がいいと思います」


 レイの言葉に、ダスカーは難しい表情を浮かべる。

 ダスカーにしてみれば、これは悩みどころだろう。

 ダスカーの個人的な気持ちとしては、貴族派に借りを作る形でエレーナに行って貰うよりは、元ギルドマスターのマリーナに行って貰った方がいいと思えた。

 しかし、マリーナを派遣するとなると治療院の問題もある。

 ……同時に、貴族派に借りを作るのとはまた違った意味でマリーナに借りを作るのは面倒なことになってもおかしくはない。

 その辺りの状況を考え……


「エレーナ殿に行って貰おう」


 最終的にダスカーが選んだのは、貴族派に多少の借りを作ることになったとしても、マリーナよりもエレーナに行って貰うということだった。

 この場合、決定した理由として一番大きいのはやはり対のオーブだろう。

 レイの話から、エレーナが自分の持つ対のオーブを人に貸すというのを好まないというのは明らかだ。

 もしマリーナを生誕の塔に行かせても、正確に事情を説明する為にはやはりダスカーが説明した方が手っ取り早い。

 そうなると、マリーナに生誕の塔に行って貰っても結局はエレーナから対のオーブを借りるということになってしまう。

 そうならないようにするとなると、やはり対のオーブを持つエレーナに行って貰うというのが最善だった。

 また、エレーナに行って貰うということは、マリーナには治療院に専念して貰えるというのもある。


「そうなると、エレーナとは俺も一緒に行った方がいいですかね?」

「何? だが、それでは対のオーブはどうする?」

「俺の分を置いていきますから、それを使って下さい。エレーナが自分の持ってる奴を貸すのは嫌でも、俺が貸すのなら構わないでしょうし」

「……レイがそれでいいのなら構わないが、本当にいいんだな?」


 何故ダスカーがこうして確認してくるのか、正直なところレイは分からなかった。

 分からなかったからこそ、特に考えもせずに頷く。


「はい、それで構いませんよ。姫将軍のエレーナが直接向こうに顔を出すよりも、俺とセトが一緒に行った方がいいでしょうし」

「分かった。レイがそう言うのなら問題はないのだろう。では、そういうことで」


 こうして誰が説明に行くのかは決まったが……まだ、この状況で決めなければならないことはある。

 いや、寧ろエレーナを説明に連れていくのよりも、もっと重要なことが。


「で、樵の伐採もそうですけど、生誕の塔の護衛もどうするか……ですよね」


 そう、説明についての話はともかく、この場合大きな問題なのはやはり黒いサイコロのような穢れに対してどう対処するかということだ。

 今のところ、黒いサイコロを倒せるのはレイだけだ。

 木の伐採をする樵や、生誕の塔の護衛をしている者達のことを考えると、圧倒的に手が足りないのは間違いなかった。


「危ないのは、樵達じゃなくて生誕の塔の方か」


 ダスカーのその言葉はレイにも理解出来た。

 生誕の塔の護衛をしている冒険者と、樵達の護衛をしている冒険者。

 この二つを考えると、前者の方が腕利きなのは間違いない。

 勿論、それは樵の護衛をしている冒険者達の腕が悪いというだけではない。

 単純により精鋭が集められているのが生誕の塔の護衛をしている者達というだけだ。

 樵の護衛をしている冒険者達も、当然だがギルドから実力と性格を相応に信頼されている者達なのだから、その辺の冒険者と比べれば明らかに技量は上となる。

 そのような理由で生誕の塔の護衛をしている冒険者は、樵達の護衛をしている冒険者達よりも腕利きなのは間違いない。

 それでも危険なのが生誕の塔の方だと口にしたのは……その生誕の塔が理由となる。

 樵達の場合はレイが遭遇した時のように黒いサイコロが姿を現しても、そのまま逃げてしまえば逃げ切れる。

 冒険者達も敵の注意を引き付けて自分達を狙わせるといったようなことが出来ていた。

 しかし、生誕の塔という場所を守る必要がある以上、もしそこに黒いサイコロが出ても逃げるといった真似は出来ない。

 ……いや、逃げようと思えば逃げられるかもしれないが、もしそのようにした場合は、最悪生誕の塔が破壊されてしまう可能性があった。

 生誕の塔は、リザードマン達にとって非常に重要な場所だ。

 それこそ、破壊するといったようなことは、まず考えられないくらいには。

 そうである以上、リザードマン達に……それを率いるガガ達に、生誕の塔を捨てて逃げろと言っても、それに素直に従うか。

 レイの予想では、恐らく否だ。

 レイに忠誠を誓っているゾゾだけなら、レイの指示だと思えば素直に従うかもしれないが。

 そんな訳で、今の状況を考えると樵達よりも生誕の塔を守っている者達の方が危ないのだ。


「最悪、俺が暫く生誕の塔の近くで寝泊まりをする必要もありますね。……ただ、そうなると生誕の塔の連中には穢れの件だけではなく、妖精の件も話して貰えると助かりますが」

「何でだ? 穢れの件を説明しなければならないのは分かる。だが、妖精の件は無理に説明しなくてもいいと思うが?」


 ダスカーにしてみれば、命に直接関わる以上は穢れの件を説明するのは仕方がないと思っているのだろう。

 だが、今回の一件と関係のない妖精の件は、出来るだけ説明したくないというのが正直なところなのだろう。

 穢れについての情報源を聞かれると少し困るものの、それも誤魔化しようはある。

 ただでさえ面倒が多くなっているのだから、ここで更に妖精の件を話して余計に面倒を増やしたくないというのが、ダスカーの正直な気持ちなのだろう。

 それはレイにも理解出来たが、それでも首を横に振る。


「妖精……というか、ニールセンに限定してですが、ニールセンを通して長にその状況が分かるようになっています。そう考えると、穢れについて接触する可能性がある以上、妖精についても前もって説明しておいた方がいいでしょう」

「……むぅ」


 レイの言葉に納得出来るところは多い。

 多いのだが、だからといってそれを理解した上でダスカーは悩む。

 妖精の件を話すことのメリットとデメリット。どちらの方が大きいのかと。

 それでも悩んだ末にダスカーは頷く。


「分かった。妖精の件も話すとしよう。幸い、生誕の塔の護衛をしているのはギルドに優良な冒険者と認められている者達だしな。そのような連中なら、妖精の件を知っても問題はないだろう」


 半ば自分に言い聞かせる様子ではあったが、ダスカーは告げる。

 ダスカーの判断にレイは安堵した。


「ありがとうございます。その件について説明して貰えると、色々と楽になります。そうなると、残るのは樵達をどうするかですね」


 まず大前提となっているのが、樵達に仕事をして貰う必要があるということだ。

 増築工事を進めるのなら、どうしても建築資材が必要となる。

 だからこそ、樵達には出来るだけ仕事をして貰いたいというのはギルムの領主としてのダスカーの考えだろう。

 レイもそれを理解しているものの、それにどう対処するのかということだ。

 黒いサイコロが姿を現せばレイしか倒せない。

 しかし、レイは生誕の塔のある場所で待機している必要がある。

 その辺りの状況を考えると、結局どちらかは見捨てる可能性が出て来る。

 それでいながら、木の伐採も生誕の塔の護衛も見捨てるようなことは出来ない。


「可能であれば、どちらもレイに対処して貰いたいというのが正直なところだな」

「それは……難しいでしょうね」


 レイもダスカーが何を考えているのかは分かる。

 分かるのだが、だからといって今の状況で自分がその双方をどうにも出来ないというのがレイの意見だ。


「本当にどうにもならないのか?」

「そう言われても、こちらとしては身体が二つある訳でもないのでどうしようもありませんね」

「セトはどうだ?」

「難しいかと」


 魔獣術で生み出されたセトは、レイと魔力で繋がっている。

 しかし、だからといってレイがつかうような魔法をセトも使える訳ではない。

 それはセトがレイよりも劣っているという訳ではなく、単純にセトとレイの強さの方向性の違いだろう。

 魔法も使えるレイと、身体能力の方に比重を置いているセト。

 勿論レイも近接攻撃は出来るし、セトも魔法ではないにしろスキルを使うことは出来る。

 しかし、そのスキルを使っても黒いサイコロを相手にした場合、倒すことは出来ないのだ。


(レベル十になってるスキルがあれば、どうにかなるかもしれないけど。……デスサイズのスキルだと、最強のスキルは多連斬だけど……難しいだろうな)


 現在レベル六の多連斬は、一度の斬撃を行えば追加で最大二十の斬撃が放たれるという、極めて強力なスキルだ。

 しかもその斬撃はデスサイズで放ったのと全く同じ一撃だ。

 そう考えた場合、それがどれだけの威力を持ってるのか想像するのは難しくない。

 しかし、この場合問題なのはデスサイズで斬る……つまり、黒いサイコロにデスサイズで触れるということだろう。

 デスサイズはその辺で売ってるマジックアイテムよりよっぽど強力なマジックアイテムであるものの、物理的な攻撃を行うという点で間違ってはいない。

 つまり、触れた物を黒い塵にする黒いサイコロと触れる必要があるのだ。

 もしかしたら……本当にもしかしたらだが、デスサイズであっても黒い塵となる可能性は十分にあった。

 デスサイズはその特殊性故に、もし欠けてしまったりした場合は直すことが出来ない。

 鍛冶師や錬金術師であっても、まず不可能だろう。

 ……あるいは、ゼパイル一門の者達に匹敵するだけの技量を持っている者なら、どうにかなるかもしれないが。


「可能性があるとすれば、長だと思います」

「何? 長は穢れを封印することは出来ても、倒すことは出来ないんじゃなかったのか?」

「正確には違いますね。花の形をした宝石に封印した穢れを消してますし。ただ、俺が魔法で倒すみたいに即座に倒すといった真似は出来ないと思います。ただ……その代わり、長には穢れを探知する能力がありますから」


 実際、昨夜の黒い塊や今日の黒いサイコロは双方共に長から連絡があって、そのような存在が姿を現したと理解出来たのだ。


「つまり、長が穢れを見つけてそれを俺に知らせれば、俺がすぐにその場所に移動して穢れを倒すことが出来る……かもしれません」


 あくまでもこれは可能性でしかない。

 樵達のいる場所によっては、生誕の塔から遠くて、最悪手遅れになる可能性もある。

 しかし、今の状況でレイが出せる提案はこれしかなかった。

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