3029話

「なぁ、レイ。本当にあの魔法で倒せるのか?」


 黒いサイコロ達の全てがレイの発動した魔法によって赤いドームの中に閉じ込められ、現在はその中に存在していたトカゲの形をした火精がそれぞれ爆発し、爆炎が赤いドームの中で荒れ狂っている。

 まさに灼熱地獄と評するのが相応しいその光景に、見ていた冒険者の一人が恐る恐るといった様子で尋ねる。

 尋ねた冒険者達以外の者達も、レイに向かって心配そうな視線を向けていた。

 自分達がどうしようもなかった黒いサイコロを赤いドームから出せないようにして焼滅させる。

 それは見ていた者達も理解出来たが、それでも今の状況で本当にそのような真似が出来るのかと、そんな風に心配になるのは当然だった。

 冒険者達もどうにかして黒いサイコロを倒そうとしていたのだが、それらは全く何の意味もなかったのだ。

 それこそ出来ることは、黒いサイコロを引き付けて時間を稼ぐ程度でしかない。

 そうである以上、レイの魔法で本当に倒せるのかと心配になってもおかしくはなかった。


「安心しろ。この手の存在……いや、モンスターと遭遇するのは、これが初めてじゃない」


 敢えてモンスターと言い換えたのは、この状況で穢れについて話してもいいのかどうか分からなかったからだ。

 ダスカーからは出来るだけ穢れについては秘密にするように言われているのだが、このような状況で穢れについて話してもいいのかどうかは、正直なところ分からない。

 いずれ穢れについて説明するにしても、それはレイではなくダスカー……あるいはギルドからだろう。

 単純に、ここで自分が説明するのが面倒だというのもあるのだろうが。


「ほら、見てみろ。そろそろ炎が消える。あの黒いサイコロがどうなったのか、確認出来る頃合いだぞ」


 そう告げるレイの言葉に、その場にいた者達の視線が赤いドームに向けられる。

 するとその言葉通りそこにある赤いドームの中に存在していた炎は外から見て分かる程に消えていき……やがて赤いドームが消滅すると、そこには何も残っていなかった。

 黒いサイコロは間違いなくその中に閉じ込められた。

 それは散々黒いサイコロに追われていた冒険者達がしっかりと理解しているし、この赤いドームの中に閉じ込める為、黒いサイコロを一ヶ所に集めたのも冒険者達なのだ。

 そうである以上、黒いサイコロを実は逃がしていた……といったことはない。

 赤いドームの中に入った黒いサイコロが何らかの手段で逃げ出したのなら、それはまた別の話だが。


「どうやら動いてる奴はもういないようだな。……それで、これで全部か?」

「は?」


 レイの一言は冒険者達の意表を突いたのだろう。

 一体何を言ってるのか分からないといった視線が向けられる。

 レイはレイで、この冒険者達が一体何故このようなことを理解出来ないのか分からないと考えるが、すぐに事情を察知した。

 昨夜倒した黒い塊の中でも一際大きかった存在。

 恐らくは転移の出入り口とされているだろうそれを見たのは、あくまでもレイ達だけなのだ。

 そうである以上、この冒険者達がその辺りの事情を知らないのは当然だった。


「似たような奴と戦ったことがあると言っただろう?」


 戦闘の途中でレイがそう口にした内容は多くの者が覚えていたが、それでも戦闘中であった以上、その辺について詳しく聞くことは出来なかった。


「言っていたな。それが今のに関係あるのか?」

「ある。俺が戦った時は、他の黒い塊……今回の場合だと黒いサイコロだな。それよりもかなり大きな奴がいて、それがどこかから転移して仲間を呼び寄せていた」

「ちょっと待て。じゃあ、この黒いサイコロもそういう奴がいるってのか?」

「生憎とそれは分からない。だから、これで全部なのかと聞いてるんだよ。それでどうだ? 俺が倒した黒いサイコロよりも大きな個体を見てはいないか? もしいるのなら、それを最優先に倒す必要がある」


 レイの表情が真剣なものだと理解した冒険者達は、戸惑ったように口を開く。


「俺はそういうのは見てないけど……お前は見たか?」

「いや、俺も見てない。というか、樵達が仕事をしてる最中にいきなりどこからともなく現れたんだよな。レイの話を聞くと、その大きな奴が他の奴をどこかから連れて来たってことなのか?」

「そうなるだろ。レイがそんな嘘を言ってもどうかと思うし」


 そうした会話を聞いていたレイは、周囲の様子を確認する。

 もしかしたら大きな黒いサイコロがどこかに隠れているのではないかと思ったのだ。

 昨夜遭遇した黒い塊も、転移の出入り口として存在していた大きな黒い塊は他の黒い塊と違って動き回るようなことはなかった。

 それはつまり、もし大きな黒いサイコロがいた場合も動かずどこかにいる可能性が高いということを意味している。


(もし……というか、ほぼ間違いないとは思うが、昨夜黒い塊をトレントの森に送ってきた奴がまた同じようなことをする場合、転移の出入り口となる大きな個体を他の個体と一緒に行動させるというのは考えられない。だとすれば、どこか別の場所……そう簡単に見つからない場所にいるか?)


 昨夜の件で向こうは少なくないダメージを受けた筈だと、レイは考えている。

 それはあくまでも予想ではあったが、実際にそのような確信を持っていた。

 莫大な魔力を持つ自分が、そのかなりの魔力を込めて放った魔法。

 それだけではなく、セトや長による攻撃も行われているのだ。

 普通に考えて、それで相手が無傷とは考えられない。


(考えられるとすれば……転移する際に攻撃の威力が落ちるとかか? 本当にそんな風になるのかは、正直なところ分からないけど)


 結局転移する黒い塊についても何も分かっていないも同然なのだ。

 レイの魔法で倒せるということや、接触した場所は黒い塵になって吸収されるといったことは分かっているが、具体的にどこから出て来たのかといったことは到底分からない。


(この世界にもネットとかそういうのがあれば、もしかしたら昨夜爆発とか大きな火事になったとか、そういうのを分かるかもしれないけど)


 日本においては、それこそニュースの類は素早くネットで拡散される。

 TVのニュースよりもネットの方が早くニュースを伝えるというのも、それなりに知られていた。

 それこそTV局の人間や新聞の記者といった者達がネットで情報を知り、それをネタにしてTVやニュースや新聞の記事にしているという噂もあった。

 レイが住んでいたのは田舎なので、実際にそれが正確なのかどうかは分からなかったが。

 そんな風に日本にいた時のことを考えていると、一応話が纏まったのか冒険者の一人がレイに向かって声を掛けてくる。


「レイ、色々と情報を集めてみたが、大きな黒いサイコロがいるという話はない。俺達が見つけられていないだけという可能性もあるが……何か隠れるのが得意とか、そういうのはあるのか?」

「そういうのは……俺が遭遇した奴の場合はなかったな。他の奴より大きいが、一ヶ所に留まっていて、そこから動く様子はない」

「だとすれば、俺達が遭遇した黒いサイコロは、その大きな黒いサイコロから離れて行動していたのか?」

「……かもしれないな」


 レイが知っている黒い塊の場合は、大きな黒い塊の周辺から動く様子はなかった。

 しかし黒い塊と黒いサイコロで形状が違う以上、行動が違っていてもおかしくはない。


「だが……そうなると、厄介だぞ。呼び出す奴を倒さない限り、延々と黒いサイコロを呼び出し続けると思う。その上で、今のところ倒せる方法として判明しているのは俺の魔法だけだ」

「それは……」


 レイの言葉に話していた冒険者だけではなく、他の冒険者達も心の底から嫌そうな表情を浮かべる。

 いつどこから姿を現すのか分からない相手が、トレントの森の中を自由に動き回っているかもしれないのだ。

 今のところはそれを倒す方法がレイの魔法だけである以上、見つけたらレイに倒して貰うしかない。

 しかし、当然ながらレイがいつまでもずっとこの辺で行動するといったような真似をする訳にもいかなかった。


「けど、樵達が仕事をしないと、増築工事の方はどうなる?」


 冒険者の一人がそう言うが、それについては正直なところレイも同意見だった。

 現在ギルムで行われている増築工事において、トレントの森で伐採する木は建築資材として非常に大きな意味を持つ。

 もしここで樵が仕事を出来なくなった場合、増築工事の進行速度は一気に遅くなるだろう。

 勿論、増築工事に使われている建築資材はその全てがトレントの森の木で賄われている訳ではない。

 商人達が運んでくる建築資材も増築工事ではきちんと使われている。

 しかし、それでもトレントの森の木材が非常に大きな意味を持つのは、増築工事に多少なりとも詳しい者であれば多くの者が知っている。

 だからこそ、ここでトレントの森で木の伐採を中止するようになるというのは最悪としか言いようがない。


「増築工事を止めない為には、トレントの森の木材は必要になるな」


 呟くレイの言葉に、冒険者達は困った表情を浮かべる。


「でもよ、またこいつらが出たらどうするんだ? まさか逃げる訳にもいかないだろうし」


 レイが言ってるのが事実なのは、当然冒険者達も知っている。

 しかし、同時に自分達では普通のモンスターや動物ならともかく、あの黒いサイコロを相手にした場合、対処のしようがないのも事実なのだ。

 今回はレイがいたのでどうにかなったが、もしレイがいなければどうしようもなくなっていたのは間違いない。

 どうしようもなくなってギルムに逃げ込むなどといった真似をした場合、それこそ見るも無惨な光景がそこに広がっているだろう。

 何しろ黒いサイコロは触れた存在そのものを黒い塵にして吸収するのだ。

 ギルムを覆っている城壁ですら、この場合は問題にならないだろう。

 城壁に触れた場所……自分が触れた場所を黒い塵にしながらギルムの中に入り……そうなった場合、レイにとっても最悪の未来しか存在しない。

 黒いサイコロが最初何か分からない者にしてみれば、何気なく触れる。

 あるいは背後から近付いてきた黒いサイコロに気が付かずに触れるか。

 そうなると、身体の一部が黒い塵となるのか、あるいは身体の全てが黒い塵となるのか。

 とにかく黒い塵となった部分は吸収され、当然ながらそのような真似をされれば良くて重傷、悪ければ死ぬだろう。

 現在のギルムの住人の数を考えると、一匹の黒いサイコロが入り込んだだけでどれだけの被害が出るのか。


「取りあえず逃げるにしても、ギルムに逃げるというのは当然却下だな。最悪の未来が待ってるようにしか思えない」

「それは……当然だ」


 レイと同じ予想をしたのか、冒険者の一人が顔を青くしながらそう告げる。

 直接戦っただけに、もしギルムに黒いサイコロが侵入した場合はどのような被害が出るのか。それを十分に予想出来たのだろう。

 あるいは黒いサイコロを倒す手段を持っているレイよりも、倒す手段を持っていない冒険者達の方が、黒いサイコロがギルムに入り込んだ時の悲惨さを想像しやすかったのかもしれない。


「だとすると、護衛云々を抜きにしても放っておく訳にはいかないだろう? 今回は偶然……偶然か? とにかく偶然にも樵やお前達の近くに姿を現したから発見が早かったが、もし誰も分からない状況でいつの間にかこの連中が姿を現したら……どうなると思う?」


 レイの問いに、冒険者達の顔色は一層青くなる。

 実際にはトレントの森は長によって監視されており、もし穢れが姿を現した場合はそれをすぐに発見出来るのだが。

 トレントの森とは全く関係ない場所に黒いサイコロが姿を現せば、長であっても発見するのは難しいのだが。

 今はどういう理由があってのことか……恐らくレイやボブの関係でだろうが、トレントの森だけに黒いサイコロを始めとした穢れが姿を現している。


(これは本格的に大元を……敵の本拠地をどうにかしないと、ジリ貧だな)


 昨日と今日だからまだ対処出来ているが、これが明日、明後日……と続けば、レイも体力の限界が来るのは間違いない。

 何しろいつ敵がやって来るのか分からない。

 今回のように日中に襲撃があるかと思えば、昨夜のように夜に襲撃があるかもしれない。

 あるいはまだ皆が寝ている早朝にあるかもしれない。

 それはレイにとって非常に厄介だ。


(とはいえ、相手にとってもこうして転移をさせるのは結構無理をしてると思うし……そう考えると、そこまで心配する必要はないのかもしれないけど)


 そう自分に言い聞かせるのだった。

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