3028話
樵達のいる場所に向かいつつも、レイは自分の前を走る男から情報収集を行っていた。
「つまり、その黒いサイコロに触れると黒い塵になるんだな?」
「ああ。どこからともなくいきなり現れたと思ったら……触った木の枝がいきなり黒い塵になったんだぜ? 何人かは武器が黒い塵になって吸収されてしまった」
「それは、また……」
冒険者達にとって、武器というのは非常に大きな意味を持つ。
それがなければ、色々なモンスターが存在するギルムの外を歩くのは自殺行為でしかないのだから。
特にこのトレントの森は、まだ出来てから数年といったところだ。
現在多くの動物やモンスターが自分の縄張りを手に入れようとしており、それによって多くの動物やモンスターがトレントの森で活動している。
樵の護衛という以外にも、そもそも自分の身の安全を確保する為には武器が必要なのだ。
そうである以上、武器を失うというのは冒険者にとって痛い。
それを抜きにしても、冒険者の持つ武器というのは非常に高価だ。
その武器が黒い塵になって吸収されてしまったという時点で、損失的にはかなりのマイナスだろう。
(これ、どうなるんだろうな。ギルドかダスカー様からその辺りの補助金とかがあればいいんだけど)
冒険者というのは、危険な依頼をこなせば高額な報酬を貰える。
あるいは強力なモンスターを倒せば、その素材や魔石を売ることによって大金を稼げる。
しかし……一般人には勘違いしている者も多いが、冒険者が貰った大金は全て酒や女、あるいは賭けに使われる訳ではなく、武器や防具、あるいはポーションを始めとした薬や、場合によってはマジックアイテムに使われたりすることも珍しくはない。
そんな中でも武器というのはかなり高額なのだ。
黒いサイコロによってその武器が破損……正確には黒い塵になって黒いサイコロに吸収されるといったようなことになった場合、樵の護衛としての報酬で同じような武器を購入出来るかとなれば……かなり難しいだろう。
かといって、樵の護衛をする冒険者というのは生誕の塔の護衛をしている冒険者程ではないにしろ、ギルドから相応に信頼されている冒険者達だ。
実は当初……まだ生誕の塔や湖が転移してきていない時は、その辺の冒険者であっても容易に護衛の依頼を引き受けることが出来たのだが。
湖や生誕の塔が転移してきたとなると、それらの情報については秘匿したいというのがダスカーやギルドの判断となる。
その結果として、生誕の塔の護衛程には信頼出来ずとも、ある程度の信頼は出来るといった冒険者が護衛をすることになった。
しかし、当然だが護衛をするにも武器が必要となる。
その武器を破壊されてしまっては、今日をどうにか潜り抜けたとしても、明日以降どうなるのかは分かったものではない。
(いや、穢れがこっちに出たとなると、樵の護衛をしていた連中はあまり役に立たないか?)
今のところ穢れに対して有効なのは、レイの強力な魔法だけだ。
そうである以上、それ以外の面々はいても有効な戦力とはならない。
(グリムがいてくれれば、色々と話を聞くことも出来たんだけどな)
昨夜、マジックテントで寝る前に、レイは対のオーブを使ってグリムに連絡を試みた。
しかし、残念ながらグリムが対のオーブに出ることはなかった。
レイのことを孫のように可愛がっているグリムなので、意図的に無視をしたといったことはまずないだろう。
そうなると考えられるのは、異世界の研究に熱中してレイからの連絡に気が付かなかったということだと思われた。
いっそセトに乗ってグリムのいる場所まで行こうかとも考えた。
妖精郷があるのも、グリムがいるのも、双方共にトレントの森だ。
そうである以上、行こうと思えば行けるのだ。
……ただし、当然ながら真夜中にそのような行動をすれば長に気が付かれる可能性もある。
長だけではなく、普通の妖精にも気が付かれる可能性は十分にあった。
それを危惧し、レイは結局明日……つまり今日以降に改めて連絡をすればいいと思っていたのだ。
しかし、今になってそんな風に気楽に考えたことを後悔している。
まさか昨日の今日で……というか、昨日黒い塊が姿を現したのは夜だったので、実質的にはまだ半日かそこらしか経っていないのに、再び穢れを送ってくるのは予想外だった。
(というか、転移の出入り口だった大きな黒い塊にあそこまで強力な攻撃をしたのに、半日かそこらで復旧したのか?)
投擲した槍はともかく、放った魔法はかなりの魔力が込められた一撃だった。
それこそ着弾したらその周辺は灼熱の地獄になってもおかしくはないような、そんな強力な一撃。
だというのに、半日からそこらで復旧したというのは、レイにとっても疑問でしかない。
(どういう手段で転移させるような真似をしてるのかは分からないが、もしかしたら転移する何かが複数あるとか、そういうことか?)
そんな風に考えていたレイだったが、不意にレイの隣を走っていたセトが鋭く喉を鳴らす。
「グルゥ!」
「何だ!?」
突然のセトの鳴き声に、レイ達を案内していた冒険者は一体何があったのかといったように動揺の声を出す。
これが普通なら、そこまで気にするようなこともなかったのだろう。
しかし、黒いサイコロに襲撃された今の状況を思えば、いきなりセトが喉を鳴らしたのだから驚くなという方が無理だった。
「敵だ。……いや、違う? 樵達がこっちに逃げてきてるぞ!」
セトの様子から、レイは敵が攻撃してきたのではなく、多くの者達が自分達のいる方に向かって近付いてくるというのを気配で察し、叫ぶ。
レイを案内していた冒険者はその言葉に驚愕の表情を浮かべる。
「こっちに来たのか!? 一体何があった!?」
「普通に考えれば、敵に追われてだろ!」
レイと男がそうした会話を交わしていると、森の中にある木々の間を移動しながら十人以上の樵達の姿が見えてくる。
そんな中で少しだけレイが驚いたのは、樵達の多くが斧を持っていることだ。
何か物を持って……しかもそれが軽い物ならともかく、斧のように重い物であればかなり走りにくい。
だというのに、樵達の多くは斧を持って走っているのだ。
それは現状において自分の身を守ることが出来る武器であるからというのもあるし、樵達にとって斧というのは仕事道具であると同時に、財産でもあるという一面も大きいのだろう。
それだけに、斧を持ってる樵達は必死になって走っていた。
やがて先頭にいる手ぶらの樵――斧を持っていないからこそ走る速度は速いのだろう――が、レイの姿に気が付く。
「おい、レイだ! レイがいるぞ!」
その言葉は樵達の士気を上げるには十分だった。
レイはそんな樵達に向かって声を掛ける。
「敵はどこだ!」
「後ろだ! 後ろにいる! 護衛の連中が引き付けてる!」
その言葉にレイは疑問を抱く。
例え形が昨夜の不定形からサイコロ状に変わっていたとしても、性質や能力そのものは変わらないと思っていた。
もしそうであった場合、敵を引き付けるのはそう難しい話ではない。
触れると黒い塵になって吸収されるという点で、非常に厄介なのは間違いない。
だが、動きが鈍い以上、そう簡単に触れるといった真似をしなくてもいい。
それこそ軽く攻撃をすれば敵と認識してくるのだから、ある程度の人数がいれば一人が黒いサイコロを引き付け、それで疲れたら他の仲間に代わって貰うといった真似をすれば、とてもではないがピンチになることはない。
樵達がここまで必死になって逃げ出すといったようなことにはならないのだ。
「分かった。俺とセトはそっちに向かう。お前はこの樵達の護衛を頼む」
レイをここまで案内してきた冒険者にそう告げると、その返事を聞くよりも前にレイは走り出す。
一瞬遅れてセトもレイを追い、冒険者の前から見る間にその姿を消す。
「って、俺にこっちを任せるのかよ!?」
木々に隠れ、既に見えなくなったレイに向けてそう叫ぶ男だったが、実際に樵達の護衛をしなければならないのは間違いない。
黒いサイコロが厄介な相手だが、このトレントの森に存在するのは黒いサイコロだけではなく、他にも多くのモンスターや動物が棲息しているのだから。
黒いサイコロだけに気を取られ、それ以外について気にせずに行動することにより、樵達が他のモンスターや動物に襲われるといったことになれば、護衛として雇われている意味はない。
……実際には黒いサイコロを相手にこうして樵達を無事に逃がした時点で十分護衛としての役割を果たしているのだが。
実際、この時に男はまだ気が付いていなかったが、今日トレントの森にやって来た樵達は全員ここにいる。
つまり黒いサイコロを相手に殺された……黒い塵となって吸収された者は誰もいないのだ。
「畜生……そっちは任せたぞ! 死ぬなよ!」
既にレイとセトの後ろ姿は見えなくなっていたが、それでも声は届くだろうと大声で叫ぶと、男は樵達を率いてトレントの森から脱出するように動き始めるのだった。
「分かってるよ」
走りながらも、後ろから聞こえてきた声にレイは小さく呟く。
当然だが、レイもこの戦いで死ぬつもりなど一切ない。
ここで自分が死ねば、それこそ穢れを殺すことが出来る者がいなくなってしまう。
ギルムにいる人材の件を考えると、その中には恐らく自分以外にも何らかの手段で穢れを殺すことが出来る者がいるとは思う。
思うのだが、それでも殺すことが出来る人数が多い方がいいのは間違いなかった。
「グルゥ!」
レイの隣を走るセトが鋭く鳴く。
それが何を意味してるのか、レイはすぐに理解した。
レイの耳にも冒険者達が怒鳴ってる声が聞こえてきたのだから。
「よし、こっちに引き付ける! 次はそっちの方に連れていくから、準備を頼む!」
「分かった! けど、タイミングを間違えるなよ! このサイコロ共にぶつかればどうなるのか、分かってるだろう?」
「分かっている! くそっ、あの短剣、買ってからまだそんなに経ってないんだぞ!?」
そんな風に叫ぶ声が聞こえてくるが、それを聞いて寧ろレイは安堵した。
その声にはまだ絶望が混ざってはいないことに気が付いたからだ。
声を聞く限り、予想通りここに残っていた者達に黒いサイコロを殺す為の手段はないらしい。
それでも黒いサイコロが樵達に向かわないように立ち回っている辺り、相応の技量の持ち主なのは間違いなかった。
「聞こえているか! これからそっちに突っ込む! 注意してくれ!」
木々の隙間を縫うように移動しつつ、レイは叫ぶ。
聞こえてきた声から、冒険者達がサイコロに攻撃して引き付け、それをまた別の冒険者が攻撃して自分の方に引き付ける……といったような行動をしているのは間違いない。
そうである以上、そのような場所に自分が突っ込んだ時、ちょうどそこに黒いサイコロがいたり、あるいは黒いサイコロを引き付けている相手にぶつかるといった真似は遠慮したかった。
「ちょ……おい、誰か突っ込んでくるぞ! 気を付けろ!」
「畜生、この忙しい時に一体どこの馬鹿だ!」
「いいから。黒いサイコロを引き付けてる奴は気を付けろ!」
そんな会話が聞こえてくる中に、レイとセトは突っ込む。
「レイ!?」
誰が突っ込んでくるのかと注意をしていた者の一人が、レイを見て叫ぶ。
レイの隣にはセトの姿もあったのだが、セトよりもレイの名前の方を呼んでしまったのだろう。
そんな声を聞きながらも、レイが素早く周囲の状況を確認する。
最初に遭遇した冒険者から聞いてはいた。聞いてはいたが……空中を飛び回っているのは、本当に黒いサイコロだった。
昨夜の黒い塊とは違う形。
いや、違うのは形だけではない。
昨夜遭遇した黒い塊は、形こそ不定形だったが移動速度はかなり遅かった。
しかしレイが見た黒いサイコロの移動速度は、そこまで速い訳ではないが、間違いなく黒い塊よりも速い。
ゆっくりとした移動だった黒い塊に比べると、黒いサイコロは人が普通に歩く程度の速度は出ている。
そんな黒いサイコロが、十匹近く。
その時点で、昨夜よりも厄介な状況なのは間違いなかった。
「敵を一ヶ所に集めろ! 俺が魔法で纏めて殲滅する!」
レイの言葉に、即座に反応する冒険者達。
それなりに腕利きが揃っている証だろう。
あるいは自分達ではどうしようもない以上、レイに任せるしかないと判断したのか。
黒いサイコロ達を引き連れて移動している男が、周囲に誰もいない場所まで移動するのを見てから、レイはデスサイズを手に呪文を唱え始めるのだった。
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