レジェンド2

神無月 紅

妖精のマジックアイテム

3001話

「んん……」


 マジックテントの中で、レイは目が覚める。

 そのままベッドの上で起き上がるも、頭が働かない今のレイが特に動く様子はない。

 そのまま十分程が経過し、そこでようやくレイは自分が何をしているのかを理解し、本当の意味で目を覚ました。

 そうして身支度をしてマジックテントの外に出ると、ふと疑問を抱く。

 何だか太陽の位置が妙に上のように思えたのだ。


「グルルルゥ」


 マジックテントの側で寝転がっていたセトは、やっとレイが起きたといった風に喉を鳴らす。

 そんなセトの様子と太陽の位置に疑問を抱き、ミスティリングから取り出した懐中時計で時間を確認すると、既に十時をすぎている。


「これは……また、随分と寝坊をしたな」


 日本においても、レイは高校生であった以上、十時に起きるというのは休みの日でもなければない。

 ましてや、この世界は日本と違ってかなり早めに眠る。

 それこそ午前ではなく午後の十時ともなれば感覚的には真夜中に近い。

 それだけに朝も早く、ギルドでは午前六時前には依頼を求めてやってくる冒険者が多数いるくらいだ。

 そんなエルジィンにおいて午前十時まで寝ているのは、完全に寝坊だろう。


「まぁ、しょうがないとは思うけど」


 昨日あったことを思い出し、レイは呟く。

 昨日一日だけで、穢れであったりガメリオンであったり、ランクBモンスターであったりと、色々な騒動があった。そして最後には、結局黒豹の肉を食べているレイ達に多くの妖精達がやって来た。

 最初にレイ達と一緒に黒豹の肉を食べていた妖精くらいなら、予備の肉はそれなりに残っただろう。

 そうして妖精郷の妖精の多くがやって来たことにより、最終的に黒豹の肉はほぼ全てがなくなってしまったのだ。

 勿論、レイやセトもそんな妖精達に負けじと黒豹の肉を多く食べたのが、消費量が増えた大きな原因だったのは間違いないが。

 最終的にはそんな騒ぎになったので、それらの疲れによってこうしてぐっすりと眠ってしまったのは無理もないことなのだろう。

 マジックテントの周囲を見回すと、この時間だからボブの姿もない。

 もうとっくに起きて、どこかに行ったのだろう。


(けど、朝食はどうしたんだ? ……妖精郷の外に狩りに出たとか?)


 自分とセトの分の朝食を用意しながら、そんな風に思う。

 昨日はかなり食べたので、朝食はパンと果実、果実水、チーズといった簡単なものだ。

 もう数時間もすれば昼食の時間だから、というのもあるが。

 ……普通なら、この時間に食べるのならそれこそ朝食と昼食を兼用といった風に考えてもおかしくないのだが、レイとセトの場合は朝食は朝食、昼食は昼食としっかりと考えている。


「グルルルゥ」


 朝食の用意が調うと、嬉しそうにセトが近付いてくる。

 そんなセトと一緒に朝食を味わいつつ、レイはボブについて考える。


(これが昨日の……黒豹が出ていなかった時なら、ボブが狩りに行ってもいいと思う。けど、ランクBモンスターの黒豹が出て来ると聞いたんだから、そんなに気軽に狩りにはいけないと思うけど。……ん? 黒豹?)


 ボブを心配するついでに黒豹について考えていたレイは、そう言えばまだ黒豹の魔石を使っていなかったことを思い出す。

 そして周囲には自分とセト以外は誰もいない。

 ニールセンやボブといった馴染みの面子や、長、あるいはそれ以外の妖精達も。

 なら、ここで魔石を使うべきなのではという考えに辿り着くのは当然だった。


「セト、昨日食べた黒豹の肉があっただろう?」

「グルルゥ?」


 レイよりも一足早く朝食を食べ終えていたセトは、そんなレイの言葉に首を傾げる。

 一体レイが何を言いたいのか、理解出来なかったのだろう。


「黒豹は、あくまでも俺の予想だが、ランクBモンスターだ。それで……」


 そこで言葉を切ったレイは、次にミスティリングから黒豹の魔石を取り出す。


「グルゥ!」


 ここでセトも、レイが何を言いたいのか分かったのだろう。

 驚きの表情を浮かべ、レイを見る。


「そう、この魔石を使えばほぼ確実にスキルが強化されるか、新しいスキルを習得出来る。ただ……生憎とこの魔石は一個しかない」


 基本的に高ランクモンスターというのは単独で行動するモンスターが多い。

 あくまでも基本的になので、中には高ランクモンスターでもある程度纏まって行動するモンスターもいるのだろうが。

 しかし、黒豹は一匹で行動するモンスターだった。

 だからこそ、魔石は一つしかない。


「グルルゥ……」


 レイの持つ魔石を見て、残念そうな表情を浮かべるセト。

 そうしながらも、セトはレイに……デスサイズにその魔石を使うようにと鳴き声で示す。


「セトのことだからそう言うと思ってたけど……本当にいいのか? 俺はセトに使って貰おうと考えていたんだが」


 セトの性格を知っているレイだけの、この展開を予想するのはそう難しい話ではない。

 しかし同時に、レイとしては出来ればこの魔石はセトに使って貰いたいと思っていたのだ。

 デスサイズが新しいスキルを習得するなり、習得済みのスキルが強化されるなりといったことになるのは、レイとしても正直ありがたい。ありがたいのだが……レイの場合、デスサイズのスキル以外にも多数の攻撃手段がある。

 魔法や黄昏の槍、ネブラの瞳といったように。

 それに対して、セトの場合は爪や牙を使った攻撃以外には、スキルしかない。

 もっとも、セトの場合はそのスキルがかなりの数になっているのだが。

 それでもレイとしては、魔獣術で強化するのならやはりセトを優先したかった。


「グルルゥ!」


 レイが倒したんだから、レイが使うべき。

 そう態度で示すセト。

 あるいは、黒豹と戦う時にセトも一緒に戦っていればセトが魔石を使うという選択肢もあっただろう。

 しかしセトにしてみれば、黒豹の件で自分は全く協力していない以上、魔石を使う気はなかった。

 セトの視線に追い詰められるように、やがてレイは頷く。


「分かった。なら、この魔石は俺が使うよ。なら早速」


 ミスティリングからデスサイズを取り出す。

 こうまで急いでいるのは、ここはあくまでも妖精郷で、それこそいつボブやニールセン、もしくは他の妖精がやって来るか分からないからだ。

 狼の子供達なら問題ないだろうが。

 だからこそレイは今のうちに素早く魔石を使おうと考える。

 準備を整えると、一応念の為に周囲の様子を伺う。

 最後に確認の為にセトを見ると、セトは問題ないと喉を鳴らす。

 妖精はその長以外は大きくても掌サイズなので、隠れるのが得意だ。

 中には魔法を使って隠れる……といったような真似をする者もいるかもしれない。

 レイの感覚で確実にいるかどうかを判別出来ない以上、やはりここはセトにしっかりと周囲の様子を確認して貰うのが最善の選択だった。

 そしてセトが何も問題がないと鳴き声で知らせてくれたので、レイは魔石を投擲し……次の瞬間、デスサイズを一閃する。


【デスサイズは『ペネトレイト Lv.六』のスキルを習得した】


 いつものように、頭の中に響くアナウンスメッセージ。

 その声を聞くと、少しだけ安堵する。

 ランクBモンスターの黒豹の魔石ではあったし、今までの経験から考えるとスキルの強化か新しいスキルを習得するのは間違いないと思っていた。

 だが、そんな心配とは裏腹にしっかりとスキルは強化されたのだ。


「けど、ペネトレイトか。……納得は出来るけど、あまり使い勝手はよくないんだよな」


 黒豹の尻尾の先端には針があり、その尻尾は時には槍のように使われ、あるいは鞭のようにも使われていた。

 そういう意味では、レイもペネトレイトのレベルが上がったのは理解出来る。

 理解出来るのだが、同時にペネトレイトはそこまで使い勝手のいいスキルでないのも事実。

 まず、ペネトレイトを使うのはデスサイズの石突きだ。

 単純に貫通する攻撃を欲するのなら、今のレイなら黄昏の槍がある。

 特にレイが得意としている槍の投擲は、すぐ手元に戻ってくることもあり、貫通攻撃としてはデスサイズのペネトレイトよりも数段使い勝手がいい。

 とはいえ、それでも使い道が全くない訳ではない。

 敵が間合いを詰めて密着してきた時に、相手の足の甲や太股を貫くという使い方をすれば、十分な凶器になる。

 何よりも腐食や地形操作、多連斬と並んでデスサイズの持つスキルの中でも最高レベルの六になったのだから、そんなスキルを有効活用しないという選択肢はないだろう。


「グルルルゥ」


 レイの頭の中に聞こえてきたアナウンスメッセージは、当然ながらレイと魔力的に繋がっているセトにも聞こえているので、デスサイズの持つスキルが強化されたのは当然ながらセトにも理解出来ていた。

 以前レイとセトが全く違う場所にいる時、セトが魔石を飲み込んでスキルを習得した時であっても、レイの頭の中にアナウンスメッセージが響いたのだ。

 それだけ、レイとセトは魔力によって繋がっているということなのだろう。


「ありがとな、セト。じゃあ……折角だし今のうちに試してみるか。幸い、ペネトレイトはそこまで派手な効果はないし。……いや、考えようによってはちょっと派手か?」


 今回の一件でレベル六になったペネトレイトだが、他のスキルと同様にレベル五になった時点でスキルそのものが大幅に強化され、ペネトレイトを使った時はその一撃に螺旋状の……いわゆる、ドリルの効果が付与されるようになった。

 そんな一撃で太股を貫かれるようなことになったら、一体どうなるのか。

 そしてレベル六になったことで、以前と比べてスキルの効果はどう強化されたのか。

 知る為には、実際に試してみる必要があるだろう。


「ペネトレイト!」


 スキルを発動しつつ、デスサイズの石突きによる一撃を放つ。

 石突きが突き刺さった地面には、ペネトレイトで放たれた一撃による穴と同時に、螺旋状に削れている。

 その螺旋は、レベル五であった時と比べても明らかに大きくなっていた。

 それこそがペネトレイトのレベルが上がった証なのだろう。


「威力が上がったのはいいけど、あまり使い道がないのはちょっとな。……まぁ、その辺りは実際に戦ってみないと何とも言えないけど」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。

 デスサイズもそうだが、セトもまた魔獣術でスキルを習得出来るのは同じだ。

 しかし、多数のスキルを習得出来るということは、戦う時の選択肢が増えるのと同時に……選択肢が増えすぎるということにもなる。

 戦闘におけるいざという時、その選択肢の中から一体どれを選べばいいのか。

 最適な選択肢を即座に選ぶということは、スキルの数が多くなればなる程に難しくなる。

 そういう意味では、デスサイズよりも習得しているスキルの数が多いセトの方がより厄介だろう。


「戦いにおいて有効にスキルを選択するのは、やっぱり慣れとかだよな。普段からもっと多くのスキルを使うようにすれば、いざという時に戸惑わなくてもいいか?」

「グルゥ」


 レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。

 とはいえ、実際にはそのように出来るかどうかというのはまた別の話だ。

 そもそも普段からそこまでスキルを使うといったことがないのだから。

 周囲に誰の目もないのをいいことに、レイはセトと共にこれをいい機会だとして色々とスキルを使って試してみることにする。

 だが……当然ながら、そんな真似をすると周囲には氷が突き刺さったり、風によって突き刺されたり、あるいは地面が大きく削られたりといったようになっていた。

 せめてもの救いは、ファイアブレスを初めとするスキルの類は使わなかったことか。

 下手にそのようなスキルを使い、妖精郷が火事にでもなったら大変だというのはセトにも十分に理解出来ていたのだろう。


「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 何やってるのよ!?」


 そうしてスキルを使う訓練をしていたレイの耳に、不意にそんな声が響き渡る。

 聞き覚えのある声に、レイはセトと共にスキルを使うのを止めて声のした方を見ると、そこには予想通りニールセンの姿があった。


「ニールセン? どうしたんだ?」

「いや、どうしたっていうのは私の方よ! 一体何!? 何でこんな風にしてるのよ!?」


 スキルによって、まるで戦場かと思わんばかりの光景に驚きの声を上げるニールセン。

 レイはそんなニールセンに対し、改めて周囲の状況を見て……


「うん、ちょっとやりすぎたな」

「ちょっと!?」


 これがちょっとですむのかと、そう叫ぶニールセンを落ち着かせるように、レイはデスサイズの石突きを地面に触れると……


「地形操作」


 スキルを発動し、荒れている場所を纏めて平らな状態に戻すのだった。






【デスサイズ】

『腐食 Lv.六』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.二』『パワースラッシュ Lv.五』『風の手 Lv.五』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.六』new『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.五』『飛針 Lv.二』『地中転移斬 Lv.一』『ドラゴンスレイヤー Lv.一』


ペネトレイト:デスサイズに風を纏わせ、突きの威力を上昇させる。ただし、その効果を発揮させるには石突きの部分で攻撃しなければならない。レベル五になったことで、一撃に螺旋(ドリル)による追加効果が発生するようになった。

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