第16話 死
一歩、また一歩足を動かすたび気味の悪い風が身体を撫でる。ふと意識を周りに向けると、先ほどまでの活気は薄くなっており、皆表情がこわばっていた。
先頭を歩くノアスたち三人はリーリスを最初に次々と足を止めた。
ノアスとエリィは目でリーリスを確認すると、リーリスは頷いた。
「皆散らばらないで」
ノアスたちの視線の先は闇一色の世界であったが、何者かの気配を察して緊張感が身体を凍らせる。
リーリスの言葉の重みを感じた周りの連中たちは無意識に縮こまってごくりと息を呑んだ。
ノアスたちは一ヶ所に固まって闇の中を進んでいく。闇の中に身体を染めると先ほど感じた何かがより強く伝わって来た。
これから起こる命のやり取り。
モグラなら何度も味わった死線との境界線。
「エリィ、白狼」
闇の中、リーリスが言う。
「ええ」「ああ」
リーリスの言葉に従ってノアスとエリィは荷物から光石を取り出そうと手をかける。
光石。以前ノアスとエリィ、そしてリーリスが顔合わせを含んで買い物に行った時に手に入れた物である。
光石とは常に小さな光源を作り、松明などが切れている時や、今のように周りが何も見えない時などによく使われる代物である。
闇を晴らす為、光石を辺りに投げようとした時だった。
「みんな、上!」
最初に気配に気付いたのはエリィだった。エリィは耳をピクンと動かしたと同時に天井に視線を合わせて叫ぶ。
「――!?」
カサカサ天井を何かが這いずり回る不気味な音が響いた直後、
「みんな、バラけて!」
リーリスが天井を睨みつけながら緊迫感のある荒々しい声で指示を出す。
それから数秒後。天井から降って来たのは大きな岩だ。大岩はノアスたちが居た場所に落下して行った。
一瞬にして変化した状況に逃げ遅れて岩の下敷きになった者もいたが、八割ほどは何とか回避出来たようだ。
カサカサ。カサカサ。
何かが洞窟内を駆けている。
姿までは判らない。ただ耳に意識を向けて聴こえてくるのは、
「うわあああああ!!!!」「助けてくれええええええ!!!!」「ああああああああああ!!!!」
それはパーティーメンバーたちの死を泣き叫ぶ声だった。
「皆、私の元に集まって!!」
状況を理解し、いち早く士気を取り戻そうとリーリスが散らばったメンバーに声をかけるが、その声は恐怖という壁に遮られ届かない。
依然、悲鳴は止まない。
「ノアス君」
「わかってる」
どこからかエリィがノアスの声を呼ぶ。
まずは何も見えないという恐怖心を消さないと。
ノアスはエリィの伝えたかった言葉を理解し、光石を取り出して辺りに投げる。
視線の先でいくつかの小さな光が宙を舞った。まるで蛍が飛ぶようにとても弱く小さな光がいくつも見える。
エリィが投げているのだろう。
それからもう一ヶ所。あちら側は多分リーリス。
ノアスを含めて三人は光石を幾つも投げた。それによって徐々に闇が薄れて行く。
しかし未だに闇が圧倒的に空間を占めている。光石から放たれる光は本当に弱弱しいモノで、例えそれがいくつあったとしても、一つの空間を完全に照らすのは不可能だ。
多少の明かりが出来た事によって恐怖心が和らぎ、エリィの言葉がパーティーメンバーたちに届く。
エリィの指示によって散らばって行ったメンバーたちが徐々に集まって来た。未だに相手の姿は見えない。ただ聴こえるのは何かが這いずり回る音のみ。
「いい、まずは相手の姿を捉えるのよ」
ノアスはジッと耳に意識を集中させて辺りに気を配る。
同じ空間で先ほどから這いずり回ってる者こそがここ八階層の主であろう。
集団で行動する者たちをバラバラにし、少数になった者を狩る。流れるように階層主の戦法にハマってる事からここの階層主には確立した戦術、そして状況判断が出来る思考を持っている事が解る。
さらに、バラバラになった時に聴こえたパーティーメンバーたちの悲鳴。それは〝同時〟に二方向以上から聴こえた。しかもほぼ真逆の位置であった為、相手の数は複数またはリーチの長い武器を使う、とノアスは推測する。
過去のエリィの発言から階層主が複数体居ると導き出すノアス。
それからノアスは他のメンバーたちを見る。エリィやリーリスは流石に恐怖心に呑み込まれていないが、一部のメンバーの顔には確かな恐怖が刻みこまれていた。
リーリスは言った。
――これはチームでの戦いだから、ソロに慣れてるあなたには解らないと思うけど。
確かにその通りだ。ここに来る過程で、大人数で潜るメリットやデメリットを色々知る事が出来たノアス。独りの時とはまるで違った。
なら恐怖心を背負った者たちと共に勝利を掴むにはどうしたらいいのか。
チームワークを知らないノアスにとって出来る行動はただ一つだった。
「ちょ、どこ行くの、白狼!?」
驚きの表情でリーリスが見たのは、暗闇に真っ直ぐ駆けていくノアスの姿であった。
ノアスはリーリスの言葉を背に、走る速度を上げていく。
光石を投げてから階層主たちの動きが鈍くなった。最初の奇襲、散らばった者たちを襲う攻撃の速さ。それらの行動力があるにも関わらず、光石によってノアスたちに光が出来てからあまり派手な攻撃をして来なくなった。ということは、階層主たちは光を嫌う。何か訳があって攻撃をして来ないのかは解らないが、このまま停戦が続けば不利になるのはこちら側である。
常に緊張感を維持するのはとても心身に負担がかかる事であるからだ。
ノアスにとって今日顔を合わせた奴らがどうなったって構わない。けれど、エリィやそれからリーリス。二人の事を考えるとそんな風には言ってられない。
何よりも自分だけが生き残ってしまった時に、また自分の名前が広まるのが嫌である。だったら大人数で生き残り、少しでも気を散らした方がノアスにとっても損は無い。
なのでノアスは走る。いち早く、なるべく生存率を上げる勝筋を作るために。
案の定、一人で闇の中に飛び込んだノアスに的を絞った階層主たちが、カサカサ奇妙な音を鳴らしてノアスに襲いかかる。
右と左。
完璧に敵の位置を把握したノアスは宙に飛び、
「雷王の双撃」
両手にバチバチと雷を宿し、砲撃のように鋭い音と共に両手から雷が放たれる。
「ズズズズズズズ!!!!!!!」
宙を駆けた二つの雷撃が何かに直撃して悲鳴のようなモノが響き渡る。
もう一撃、二つの気配に雷撃を放つ。
「なにあれ!?」
リーリスがポツリと呟いた。
それは地面から黒い煙を上げている者を見て放った言葉である。黒い煙を上げているのは二体。悲痛を叫んでいるのか、二体は地面でうねうねと身体をネジらせ、無数の細い足を気持ち悪く震わせていた。
二体の階層主が落ちた先にちょうど光石が転がっていた為、ノアスたちは闇の支配者である階層主の姿をやっと拝む事が出来た。
二体の階層主は同じ個体である。紫色の光沢には傷一つなく、無数に生える足はそれぞれ意志があるかのように個々にざわざわ動いている。まさに巨大ムカデと言っても過言ではない。
余りにも不気味で気持ちの悪い容姿の階層主に顔をひきつらせるリーリスは、「みんな、白狼に続きなさい。今が好機よ」目の前のチャンスを掴む為、力強い言葉を放った。
だんだん目が慣れて、二体の階層主の行動にも適応でき始めたノアスたちは、徐々に戦況をこちらの物にしつつあった。
さらにノアスとエリィ。二人の強力な戦力に加え、リーリスの分析力や的確な指示によって下がりつつあった士気は完全に盛り返していた。
一度流れや勢いが付けば例え相手が格上の者だとしても圧倒することだって可能だ。まさに今、ノアスたちは流れを、勢いをモノにして八階層の主に王手をかけていた。
「雷王の双撃」
「魔術・二十一式魔術陣・破邪の光」
「みんな、白狼とエリィに続いて!」
誰にも止められない勢いである。先ほどまで恐怖が刻まれていた者でさえ、勝機を確信し、小さな笑みを浮かべている。
しかしそんな時だった――
「リーリス、上‼」
ムカデ階層主の攻撃を避けたエリィが、何かに気付いたのか切羽詰まった声で叫んだ。
「え……」
リーリスは見た事もないエリィの表情に困惑した――直後。
「……!?」
頭上に何かが現れる。それは圧倒的殺意が込もった死神の気配。
死神はニヤリと隙だらけのリーリスの表情を伺って醜い口を釣り上げ笑みを浮かべる。
頭上から落ちて来る死神を視界に捉えて命の終わりをリーリスは悟った。
不思議と恐怖はない。抗おうとしても何故か身体は動かず、頭上から降って来る死神をただ待つ事しか出来ない。
一秒一秒がとても長く感じ、恐怖の代わりに虚無感のようなモノがリーリスを包んだ。
エリィの存在。仲間達との思い出の日々。そして、そして。
――きっとどこかにいるだろう両親の笑顔。
リーリスの頭はそれらでいっぱいになり、瞳から涙が流れていく。
――まだ死にたくない。
リーリスの想いとは裏腹に死神の鎌が今振り下ろされる。
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