第15話 死神の気配

 八階層。光源が存在しないがどこか明るみのある階層は、そこら中からモンスターの呻うめき声が聴こえて来る。八階層は他の階層よりも大きめだ。しかしそれ以上に八階層のモンスターは繁殖力に長けている為、遭遇率も断トツに高い階層である。




 現に八階層に来てから既に七回ほど戦闘になっている。群れで行動するモンスターが多い階層でもあるが、周りの連携によってそれ程大きな打撃は無かった。




 ノアスも戦闘を繰り返しながら前方を歩くパーティーたちの連携を見て、懐かしさを思い出していた。




 ラリムとイース。二人は周りのモグラよりも飛び抜けて連携が取れていた。その連携にノアスも必死に置いて行かれないように頑張っていた。結果的に誰よりも早く欠片階層主の元まで辿り着く事が出来た。




 まさかもう一度誰かとパーティーを組んで潜る時が来るとは。数日前のノアスには想像もつかなかった。一体どこから、誰をきっかけに変わったのだろうか。






「ノアス君」




「ん?」




「あのさ、一つ聞きたいんだけど」






 エリィは弱弱しい炎のように消えそうな声音で言う。






「なんだ」




「ノアス君って欠片階層主と戦った事あるの?」






 エリィは以前、リーリスから聞いた話を思い出していた。しかしリーリスに禁句とされたパーティー壊滅に関わっている話なので、深く聞くつもりは無かった。




 それでも聞くのは欠片階層主とどこで出くわすか判らない為、少しでも情報を知って対策を取りたかったという考えがあったからである。






「あ、ああ」






 思わずそんな話を振られてノアスは少々動揺する。






「あ! 別に言いたくないならいいの。全然興味ある訳じゃないから」




「お前、あっさり酷い事言うな」




「あーーー、違うの違うの! そう言う意味じゃなくて、えっと」




「まあ言いたい事は分かる」きっとその戦いでどうなったのか、噂でそれをエリィは知っているのだろう。だから気を使っての発言だろうとノアスは思う。「で、何を聞きたいんだ?」




「あ、うん。えっと、どの階層で戦ったの。その欠片階層主と」




「十五階層。俺が奴と戦った最初で最後の場所だ」




「十五階層か。ここから七階層も上なんだね。まだまだ先の階層か」




「そうでもない」




「え?」




「俺がよく潜ってる十階層。そこから十五階層まで静寂の階層と呼ばれてるんだ」




「静寂の階層?」




「何も音の無い静かな階層。音を立てなければモンスターに出会わずに済む」




「そうなの?」




「ああ。だから気を付ければ案外簡単に十五階層まで行ける。多分十五階層があいつの住処だからそこまで行けば高確率で会えるかもな」




「そうなんだ。ノアス君はあれから十五階層には――あ、ごめんね。何でもない」






 エリィが何かを察して言葉を結んだ。エリィなりに聞く線引きを設けているのだろう。






「そこまで口にしたなら言えよ。あの日から行ってない」ノアスは自分の震えている手を握った。「ところでお前は、ここの階層をメインで潜ってるんだろ。ここの階層主について知らないのか?」




「存在は知ってたけど、戦ったことは無いかな。何か複数体いるとか、何とか」






 エリィは天井を見ながらうっすら言う。






「だいぶ大雑把だな」




「潜ったって言っても数回だからね。にしてもいつも独りだから今日は何か新鮮!」






 これから八階層の主と戦うというのにエリィは全く緊張していない様子だ。エリィは複数での階層攻略を楽しんでいる。






「お前の友だち、リーリスも凄い奴だな。確か同期って言ってたよな」




「うん」




「たった二か月しかダンジョンに潜ってない若手モグラなのに、もうリーダーが務まってる。的確に指示出来てるし、。それ程周りから信頼を得てる証拠だな。まあ経験不足は目立つけど」




「まあ……ね」エリィは少し引きつった表情を浮かべて、「でも、ううん。だからこそ一部の人たちには良く思われてないんだよね」エリィの瞳には心配の色が見えた。






 ノアスの耳に一つの声が壁を伝って届いた。それに釣られてノアスは前方を見る。






「ここよ」






 それはリーリスの声であった。ゴクリと唾を飲み込んだ後に発せられた声は僅かに震えており、緊迫感が伝わってくる。そして緊迫感はパーティー全体に感染し、皆が静まった。






「ここが、そうなの?」






 緊張と言う名の氷に凍らされたメンバーたちの間をエリィはすり抜けて、先頭のリーリスに声をかける。






「ええ」リーリスの先にざっくりとえぐられたように大きな穴が開いている。「この先に八階層の主がいるはず」






 大穴の先はまるで別世界のようにとても寒い。寒さには威圧感に近い何かが混ざっており、心の底に眠る恐怖心を呼び覚ませる。






「だったら早く行くぞ」






 エリィと一緒に前に出たノアスが淡々と言葉を吐く。




 その言葉に顔を細めたリーリスは、「待って。まだ駄目よ。みんな不気味な空気に圧倒されてるわ。一度空気を変える必要がある。これはチームでの戦いだから、ソロに慣れてるあなたには解らないと思うけど」リーリスは冷たく言い放つ。






「……ッ」ノアスは言葉を詰まらせた。果たしてあの件を聞ける時は来るのだろうか。「分かったよ」




「ま、まあ。そんな冷たく言わなくても」






 エリィの言葉に大きく息を吸ったリーリスは、「そうね。ごめんなさい。私もちょっと圧倒されてたみたい」






エリィはノアスの顔を見つめながら手で謝りを示す。






「みんな。もう察してると思うけど、この先に八階層の主がいるわ。情報だと一体ではないみたい。どんな形、戦法かは解らないけどこの先に進んだら命の戦いが始まる。みんな準備はいいかしら? しっかりと勝って、みんなで美味しいお酒でも飲みましょう……では、いくわよ。みんな。覚悟出来てるわね!!!」




「「「「おおおおお!!!!!」」」」




 リーリスの力強い言葉に先ほどまで消えていた活気が、熱を帯びて辺りの寒さをかき消す。




 覚悟の決まった咆哮が止むことなくダンジョン内の空気を震わせる。






「さっきよりこっちの方が勝てる気するでしょ?」






 リーリスは得意げな顔でノアスに言う。






「ああ」




「じゃあ行きましょう」






 再び顔を引き締めたリーリスを先頭にノアスたちは洞窟の奥に進んだ。

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