第13話 ダンジョン攻略準備3

 沈黙の空間に気まずさのスパイスが入ると、たった数秒の時間経過さえ永遠に感じる。日差しがもっとも強くなる正午。たった三人を除いて周りの人たちはいつもの生活音を立てながら日常を過ごしている。けれどノアスは、それからエリィとその隣にいる人物は見つめ合う形で人の流れに逆らうように道のど真ん中でただ静止していた。






「えっと」エリィが困った表情を浮かべて隣の人物に無理に笑う。「ノアス君、です」




「はい」






 その人物は綺麗な青髪に大きな目。顔つきは整っており、とても真面目そうな女である。その女の顔からは嫌悪感が溢れ出ている。




 ノアスは休日に呼ばれ、こんな仕打ちを受けている不服感と、けれど何かを知れるかもしれないという希望でモヤモヤしている。






「こちらがわたしの友だちで、前に話したダンジョン攻略のリーダーのリーリス」




「どうも」何となく頭を下げるノアス。






 エリィはなんとか場を持たそうと頑張っている。






「えっと、うん。仲良くしましょうね」苦笑い気味のエリィ。




「あのさ、何で今日呼ばれたの?」不機嫌なリーリス。






 今日がダンジョン攻略の予定日でもないのに何故呼ばれたのかノアスには理解出来なかった。それにリーリスもノアスの言葉に小さく頷いて同意している。






「あ、一応パーティー組む訳だからさ、助け合いとかしないにしてもお互いに面識あった方がいいかな、って」




「あなたらしいわね、エリィ」ため息をついたリーリスはエリィにそう言うとノアスに近づき、「あんたが白狼ね。噂通り愛想悪そうね。冷たい感じもするし、狂人……ではなさそうだけど」




「狂人?」






 聞き覚えの無い言葉にノアスは眉を曲げる。






「あなたの事全く知らないけど、エリィに変な事してないでしょうね?」




「は?」




「少し抜けてる所あるからあの子。振り回したり、弄んだりしてないでしょうね?」




「は?」






 振り回されているのは、俺だよ。




 そう言いたかったノアスは、グッと込み上がって来た赤き感情を抑えた。






「ちょっと、リーリス。ノアス君はそんな人じゃないよ!」




「ふーん」






 エリィに言われたリーリスは警戒の眼差しをノアスに送りながら距離を取って行く。






「えっと、今日は面識が目的でもあるんだけど、ついでにダンジョンに潜る時に必要な道具を買おうと思うの。一応支給はされるけどさ、準備しといて損はないじゃん?」




「そうね。じゃあ行きましょうか」






 リーリスの言葉に元気よく頷いたエリィとリーリスが歩き始めた。それにつられて少し後ろをノアスはついて行く。




 街で一通りの買い物が終わった時には日が暮れて夜の主役が空に顔を出していた。






「今日はありがとう、エリィ。それから」優しそうにエリィに言ったリーリスは、「ありがとうございます。白狼さん」まるで別人のようにキツメにノアスに言う。




「じゃあねぇ。またダンジョン攻略の日に!」






 エリィが元気に手を振る隣で「あっ――」ノアスは声をかけようとしたが、無意識に声が喉に詰まった。今聞くべきでは無いか。




結局、今日一日何も聞けず進展は無かった。




ノアスの瞳に映ったリーリスはとても面倒見の良い人物であった。ノアスにこそ冷たい態度をしているが、それは多分信用されていないから。大事な友達のエリィが、見ず知らずの男と仲良くしている……という点でエリィの事を思って代わりに警戒の目を光らせていたのだろう。




 まだ信頼を得ていない状況で変に口走ったら何もかもが壊れてしまう気がした。きちんと信頼を得てから聞くべきだ。






 ――両親について。






 勘違いだとは思うが、可能性があるなら確かめたい。ノアスはそう思った。






「今、なにか言いかけたノアス君?」




「いや、何でもない。これで今日の用事は終わりか。だったら俺も帰るぞ」




「あーー、ちょっと待って! 何も知らせないでリーリスと合わせてごめんね。嫌な思いさせちゃったかな?」




「別に」




「でもリーリスも悪い子じゃないんだよ。ちょっと心配性というか、私のこと思ってというか」






 エリィは手をモヤモヤと曖昧に動かしながら何か言葉を探している。






「あーうん。見てたら分かる」




「ならよかった。あ、もう少しだけ付き合ってくれないかな? 前にわたしの武器の材料取りに行ったじゃん? それでわたしの専属の鍛冶師に会ってほしいの。お礼言いたいんだって」




「専属の鍛冶師?」






 武器や防具を作り販売する鍛冶師。依頼されてモグラ全般に販売するのが基本の鍛冶師であるが、中には専属になる変わった鍛冶師もいる。何しろ専属になるという事は、






「うん。こんなわたしに命を託してくれたの」






 そう、モグラが一年のリミットを背負ってダンジョンに潜るように、専属の鍛冶師もまた自分の寿命を指し出さなければならない。




 モグラと違うのは一年のリミットではなく、契約者と同じリミットになる事。つまりエリィの専属ということは、十か月のリミットという事になる。






「初めて聞いたな。専属の鍛冶師」






 一見メリットのなさそうな専属の鍛冶師。しかし専属になる事で多くのメリットが存在する。例えば契約者のモグラが活躍すれば資金が支給されたり、活躍次第では市場では回ってこない珍しい材料が回ってきたりもする。なので、腕に自信がある鍛冶師や、もっと上を目指したい鍛冶師は専属になるというが笑っても泣いても一年未満の人生。なる者はほとんど存在しない。






「変わってるけど良い人だから、ね」




「……少しだけな」






 ノアスの元気の無い言葉を聞いてエリィは笑った。「ありがと!」






 夜道になっても街は静かにならず、夜の顔では昼とは違う騒がしさが街を包み込む。酒屋通りを抜けた先に職人町という地区が存在する。地区の一番奥にあるお世辞にも綺麗とは言えない一軒家にノアスは導かれた。






「おーい。起きてるー? ジョイ・ジョイ!」




「ジョイ・ジョイ?」






 多分鍛冶師の名前だろう。






「その声は!!!」低い男の声が裏返ったのだろうか。低い声音に規格外の高音が混じって扉越しに誰かが走って来る。「エリィィィィィたそ!!!!」






 バタンと光のように速い神業で扉を開けて出てきたのは、おっさんだ。白い髭が顔の下半分を埋め尽くしている。それに鍛冶師だけあって、腕や顔には火傷のような跡が目立っていた。






「よかった。起きてたんだね」






 エリィは抱き着こうとしたジョイ・ジョイの顔面を手で押さえながら小さく微笑む。






「ぶひいいいいいいいいい!!! ん?」






 闘牛のように鼻息を荒く興奮状態のジョイ・ジョイがノアスに気づく。「あんた誰だ?」






「あ、この人が一緒にオーガの住処に行ってくれたノアス君」




「エルフか。そうかそうか。ノアス君というのだな。俺はジョイ・ジョイ。その節はエリィがお世話になった。ノアス君君」




「君君?」




「違うよ。ジョイ・ジョイ。名前はノアス。でわたしが君をつけてノアス君なの。ノアス君って名前じゃないよ!」




「おーそうだったのか。すまんなノアス。君を付けた方がいいか?」




「いや、どっちでも」




「ならノアスと呼ぼう。まあここじゃあ何だ、上がってくれ。ちょうど頼まれていた武器も出来てる」




「ほんと!? やった!」






 エリィがルンルンと鼻歌を歌いながらジョイ・ジョイ宅に入って行く。続いてノアスが入ろうとするが、






「あー待て待て」




「?」




「エリィたそとは何もないよな?」




「何も、ないけど」




「そうか、そうか! ということはお前も俺と同じ口だな?」






 全く何を言っているのか理解出来ないジョイ・ジョイの発言にノアスは眉を顰める。






「お前もあれだろ? エリィたそ親衛隊に興味あるんだろ。うんうん。わかるぞ。彼女はとても魅力的だからな。すぅーはー。すぅーはー。うん。最近身体に付けてる匂いを変えたな」




「うえ」思わずノアスは吐きそうになる。「俺よりこいつに警戒した方がいいんじゃないのか、リーリスは」




「リーリスを知っているのか? ガハハハッ。それなら心配ご無用。もう散々やられたからな。つい最近だ。俺がエリィに対して害のない存在と認めてくれたのは」






 これ以上会話しても何も良いことは無いと思ったノアスは、隣でエリィの良さについて熱く語っているジョイ・ジョイを置いて部屋に向かう。






「あ、ノアス君」






 汚い部屋。ノアスが感じた最初の印象であった。ありとあらゆる意味不明なモノが床を独占し、一つだけ置いてある大きなテーブルの上には、鍛冶師とは何の因果もない研究器具らしき物が散らかっていた。




 エリィは慣れているのか、自分が座るスペースをきちんと確保して正座している。エリィ曰くジョイ・ジョイは店を開いていない時はここで武器や防具を作っているらしい。






「おー。待たせた。待たせた」ジョイ・ジョイはテーブルの上にあった研究器具らしき物を乱雑にどかして杖を置く。「これが新しい杖だ。大事に使ってくれ」




「うん。ありがとうね。ジョイ・ジョイ」




「大・天・使!!!!!!!」






 エリィのお礼の言葉一つで今にもジョイ・ジョイは昇天しそうである。






「ノアス。お前さんにも礼を言う。ありがとう」




「まあオークはこいつが倒したけどな」




「こいつ? 口には気をつけろ。エリィたそだぞ!? それでもエリィたそと一緒に行ってくれただけ助かる。俺は鍛冶師だからな。戦う物は作れても守る力は無い」




「ノアス君が居てくれたからあの七階層の蛙も倒せたんだよ。わたし一人じゃダメだったかも知れないもん」




「嘘つけ」




「本当だよ! あ、ちょっと新しい杖の性能を試してくるね」






 そう言ったエリィは、ワクワク心を宿らせた子供のように鼻歌を歌いながら外に出て行った。






「なあ、一つ聞いていいか? 何であんたはあいつの専属になったんだ。専属になるって相当の覚悟が必要だと思うが」




「理由は簡単。エリィたそが可愛いから。可愛いは正義だろ?」






 ジョイ・ジョイは胸を張って、決まった。と言わんばかりの決め顔でノアスに言う。






「……」






 もう口を開く事すら面倒くさい。  




「というのもあるが、きちんと理由はある」


 その言葉を聞いて何だか安堵の息をノアスは漏した。




「俺はエリィたその呪いを解いてやりたいんだ。最初に会った時、俺は上手く武器が作れずに悩んでいた。思い通りに行かないこの世界から足を洗おうとしてたけど、そんな時にエリィたそに会ったんだ。目の見えない彼女は、周りからダンジョンに潜る事を否定されていたけど、それでも自分の夢の為に自分の意志を通した。結果絶望的、すぐにおっちんじまうって言われてたけどよ、今も生きてる。それに心打たれて俺はもう一度この世界で頑張ろうと思ったのさ。彼女のためにな。まあ俺は鍛冶師だからさっきも言ったが作る事しか出来ない。だから知り合いを通じて呪児について調べてるんだ。呪いの解除の方法とか、その性質とかな」




「じゃあそのテーブルに転がってるのは」






 ノアスは横目でそれらの器具を指す。






「専属鍛冶師だけがもらえる支給金をそっちに回してるんだ」




「本当に大切に想ってるんだな。あいつのこと」




「そりゃあそうだ。そう想える人だからこそ、専属鍛冶師になったんだろ」




「まあ、そうだな」






 大切な人。ノアスの空いた心をムズムズさせる言葉だ。






「お前にはそう言う人――」




「いない」正確には、いた。だけど。「悪い。今日はもう帰る。じゃあな」




「だったらエリィたそを送って帰れよ」






 背中でジョイ・ジョイの言葉を聞いたノアスは、返事代わりに手をあげて扉を閉める。






「あいつ、過去に何かあったのか」






 ジョイ・ジョイは去り際のノアスの顔を思い出す。まるで生き詰まった過去の自分を見ているような感覚をその時感じた。






「まあいいか。さあ、エリィたその為に研究でも続けるとしようかね」






ジョイ・ジョイはテーブルに散らばった研究器具に視線を向ける。「――なんだよ、これ!?」ジョイ・ジョイはそれを見て目を疑った。「エリィたそが危ない!!」




ジョイ・ジョイの表情が絶望に染まって行く。

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