第8話 鬼人 オーガ
「もし仮に全てを集めたのなら俺は命の恩人を生き返らせたい。そして――謝りたい」
「命の恩人?」
エリィが疑問の声を漏らす。
エリィの声を聞いてノアスは後悔と同時に自分に失望した。
ほとんど知らない奴にこんな言葉を漏らしてしまったのだろうか、と。ノアスは一度息を吐いてから緩みかけていた気を引き締める。
「何でもない。そう言えば今日は何の用事でダンジョンに潜ってるんだ。何かしらの用事があったから来たんだよな?」
「え、うん。もちろん。わたしの専属の職人さんに武器を作ってもらうため材料を集めに来たんだ」
「ここ、五階層だよな。お前の実力なら一人で来れたんじゃないのか?」
「まあね。でもなんて言うのかな。どうしても君と一緒に行きたかったんだよね。独りで潜る者同士、運命的なのを感じたのかも知れない」
くすす、とエリィは小さく笑った。
「あっそ。てっきり五階層のどこかに眠る秘薬と呼ばれる水でも取りに行くかと思った」
「幻の水だっけ。欠片には敵わないけど、致命的な傷や病を治癒する事が出来るやつだよね?」
「それだ」
ノアスが一言返事をした直後、エリィが壁に手をかけて、
「あ、もう着くよ。ここにあるはず。わたしが求めている物が」
そこは中規模の空洞だった。形は円状で天井は大きく開けている。ダンジョンとは思えない程開放的空間であった。
「ノアス君は五階層によく来るの?」
「いや。ほとんど通り道にしか使ってない」
「そっか。あんまり階層を冒険しないんだね」
エリィは杖を突きながら壁沿いを進んでいく。
「別に階層には興味ないからな」
「勿体ないなぁ。階層によっては綺麗な所とかもあるんだよ」
エリィはゆっくりと身体を動かして背後のノアスを仮面越しに見つめた。
「そんなの良いからお前が求めてる材料ってやつを拾って来いよ」
「でも、材料を集めるのはノアス君にお願いしたいんだ」
「は?」
「ほら、来た」
エリィは耳をピクンと動かして何かを察知した様子だ。それからまるで世界が見えてるかのように失われた瞳を一点に向けて杖で天井を差す。
「ゴォォォォォォ!!!!」
空間を震えさせる大きな咆哮と共に何かが降って来た。
「何だ……?」
降って来た衝撃で円状の空間いっぱいに舞う砂煙。それによって視界が遮られる。
「あれが五階層の主。まあ欠片は持ってないから欠片階層主ではないけどね」
砂煙を物ともせずエリィはその方角を見ながら言う。「ここを巣にしてるの」
「何度かここには来てるのか?」
「ええ。いつも独りだからあの子を相手にしながら材料を採取してるの。それに見て、あれ」
エリィが杖で差した方角は壁だ。壁は天井から降って来た者の声に同調するかのように一部が青色に光り出す。
「わたしが欲しい材料はあの光る鉱石。でもあの鉱石が取れるのはあの子が声を出してる間。つまり倒したら手に入らないの」
砂煙が徐々に薄れていく。それによって降って来た者の姿がノアスの視界に映り込んだ。
禍々しい紫色の光沢を持つ二足歩行の巨人。体長は十メートル近くあるだろう。身体は強靭そのモノであり、何もかもを一撃で沈めてしまいそうだ。頭には大きな角二つと下から連なる鋭い牙。その姿から名付けられた奴の名は、
「鬼人・オーガ。それがあの子の名前よ」
真剣な顔でエリィはそう呟く。
先程まで笑っていた、か弱い少女の姿ではなく、幾千もの死線を乗り越えてきた勇敢なモグラの顔だった。
「へぇー。じゃあ俺があいつの相手をして、お前がその間に鉱石を取るって算段か」
「違うよ、ノアス君。わたしがあの子を倒す。ノアス君が鉱石を取る。これが作戦」
「何で俺が鉱石を取る側なんだ。それに倒すって、そしたら――」
「ノアス君なら倒せるかもしれないけどしっかり時間を考えて倒さないと行けないし、それにわたしの方がオーガの相手慣れてるでしょ? この子を倒して欲しいって何回も言われてて、この際一気に鉱石を取って終わらせちゃおうと思うんだよね」
エリィは小さく笑みを浮かべてからノアスの方に顔をやる。
「それに、さっき話したけどわたしがどうやってここまで生き残って来たか、知りたいでしょ?」
ノアスにとってエリィは今日限りの関係。だからどうでもいい存在ではあるが、しかし目の不自由な少女がどのような戦い方をするのか、ノアスではなくモグラの一人として興味があった。
「わかったよ。勝手にしろ」
「ありがとう。しっかり見ててね。わたしの戦いを。あっ、鉱石取る事を忘れないでね」
「はいはい」
「じゃあ後はよろしくね」そう告げたエリィは表情を切り替えて真っ直ぐ走り出す。
「行くよ」
エリィが走り出すとオーガはエリィを標的と認知して丸太のように太い腕を振るった。
たったひと振りだというのに、まるで暴風が吹いたかのように砂塵が舞う。
しかしエリィは軽快な動きでそれを難なく避けた。
続けてオーガは大きな足で地ならしを起こす為足踏みする。ドンッ、ドンッと地面が悲鳴を上げるように大きな揺れに一瞬のノアスはバランスを崩しかけた。
だが、それでもエリィは軽快にオーガの腕に飛び移り、地鳴りなんて物ともしないと言わんばかりの身のこなしでオーガの顔面を杖で殴る。
一瞬、オーガは怯んだがしかし殆ど効いていなかった。
大きさから考えれば蟻に噛まれた程度だろう。
その後もエリィは杖で地面を削りながらでたらめな動きでオーガを翻弄する。
この状況を見てノアスは思う。
どう考えても勝機は無い。むしろ五階層に到達する事も出来ない実力だと。軽い失望を抱いたけれどノアスの考えとは裏腹に、
「いい子だね」
エリィは薄く笑うと右手に持つ杖を天に掲げる。
「魔術――」
「魔術……だと?」
エリィが呟いた言葉にノアスは眉を釣り上げて驚いた。何しろ魔術は人類が開発した人知の到達点と呼ばれる程の超高難易度の戦闘術なのだから。
会得に最低十年はかかると言われており、扱える者は手で数えられる程に少なく希少なモノなのだ。
そこそこの経験を積んでいるノアスでさえ扱える者を見た事はない。
それを十七前後の少女が唱えたのだ。
「魔術・二十一式魔術陣・破邪の光」
エリィが魔術を発動させると同時に、オーガを囲むように地面が紫色に光り出す。
ノアスはその光の輝きを見てエリィの行動を悟り、愕然とし、言葉を失った。
地面の光は法則性の元、輝いているのだ。そしてその法則性こそエリィが杖で地面を削った道筋である。
魔術を発動する条件の一つは術式を完成させること。術式は術者が描く分には消えないので描き切ることは難しくない。けれどエリィはオーガの攻撃を避けつつ短時間で術式を完成させたのだ。そしてその術式内に奴を追い込んだ。
天才。その言葉が脳裏によぎる。魔術を扱えるだけで話し得ない戦闘方法。ノアスは初めてだった。目の前の光景に見惚れてしまうという事に。
追い込まれたオーガを囲んだ紫色の光たちは槍のような形状に具現化し、四方八方からオーガの身体に突き刺さる。
紫色の鮮血が飛び散って、無表情の地面や壁を彩っていく。
勢い良く飛び散った血しぶきは、赤き液を出す噴水のようにも見える。
「ゴオオオ……オォ……ォ」
メラメラ燃え上がっていたオーガの生命の炎は、弱まって行き、やがて炎は消え去った。
倒れたオーガを前に満足げにエリィはノアスにピースする。
無垢な笑顔を浮かべる少女と背景に血まみれに倒れていくオーガ。全く持ってアンマッチのそれには思わず苦笑いが出てしまった。
一体どこまでがエリィの計算で起きた事なのか判らないが、ノアスは改めてエリィに異名が付いた理由。そしてここまで生き残った実力を理解したのだ。
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