第3話 孤独

真っ暗な穴は永遠に続くかのように感じるが、しかし一瞬だった。瞬きを二、三すればすぐに穴は終わる。それでも長く感じるのはきっとその先にある残酷な世界に身体が行きたくないと訴えかけているからだろうか。




 スッと穴から降りたノアスは軽い身のこなしで見事に着地した。




 穴の先にあるのは薄暗い洞窟が永遠と続いている。




 洞窟は等間隔に松明で灯されているおかげで少し先ぐらいなら見える。この洞窟は先程の建物と違ってとてもつまらない色をしている。汚れた橙色だ。地面や壁の寂しい色が洞窟を装飾している。そしてそんな洞窟を皆は〝ダンジョン〟と呼び、ここ……ノアスが現在降り立った場所をダンジョンの始まりとして一階層と呼んでいる。




 ノアスは地面に降り立ってから左右を確認し、安堵の息を漏らす。それから、






「あと半年……か」






 何の感情も宿してない言葉を吐いてから腕に『六』と刻まれている部分を擦った。




 腕に刻まれているのはその者……つまりノアスの寿命を指している。それはダンジョンを潜る者全てに行われる契約の代償なのだ。




 ダンジョンに潜る者はとある契約を結ぶ。その契約内容は残りの寿命を引き換えに一年というタイムリミットを貰う事である。その契約を行う事で初めてダンジョンに入る許可が降りるのだ。




 そしてダンジョンに潜る者を世間一般は『モグラ』と呼んでいる。






「今日もやるか」






 ノアスは気合いを入れる為頬を二度叩いてからダンジョンを進んだ。




 ダンジョン内で六時間ぐらいが経過した頃にノアスは一階層に戻って来た。ゴミ溜めから拾って来たかのようなボロイ布を羽織っていたノアスだったが、その布はダンジョンに来た時よりもボロボロで至る所が破れており、今では黒赤色の液体に染まっていた。






「戻るか」






 帰って来たノアスの格好を見て受付嬢が驚きの表情を顔に刻んだが、ノアスはそれを無視して建物を後にした。




 そんな姿で外に出たノアスを迎えたのは、






「ひぃ!?」「なんだ、あいつ」「うわ、くっさ」






 居心地の悪い視線の数々だった。まるで化け物をみるように怯え、ノアスを拒絶した。




 しかしノアスは何も感じない。ただ寝床に帰るために淡々と歩く。その姿は操り人形のように意志は無く、それが余計に浮いてしまう。




 ノアスが宿屋に向かっていると声が、耳に侵入して来た。






「誰ですか、あなたたち」




「あんたの王子様たちだ。なあ?」




「ぎゃははは。間違いねぇ!」






 建物と建物の間にある光の入らない路地裏からその声たちは聴こえた。




 ノアスは大通りを歩いており、ちょうど声がする路地裏を横切る時だったので通り過ぎる際に横目でチラッと確認する。




 路地裏にいるのは三人。一人は壁際に追いやられている女。その女は舞踏会で見かけるような仮面で目元を隠している。そしてその女を囲むようにハイエナが二匹。もちろん本当のハイエナではなく、それっぽい汚らしい男という意味だ。






「王子様?」




「そうだ。だからねぇーちゃん。少し俺たちと遊ぼうぜ?」




「悪くはしねぇからよ!」






 男たちが仮面の女に手を伸ばした所で、






「あ! もしかしてそこに人とかいます?」






 仮面の女はノアスがいる方向に顔を向けて声を出した。それに釣られるように男二人もこちらに顔をやる。




 最悪のタイミングというのか、その時偶然ノアスだけが路地裏を見ていたので、ばっちりガッチリ視線を交わしてしまった。






「あ? なんだ、てめぇ!」




「やんのか?」






 男たちは眉間に皺しわを寄せて身体をこちらに構えた。






「どうか、どうか助けていただけないでしょうか?」






 時が止まったようにノアスは固まって三人の視線を一方的に浴びた。そしてどんな状況に自分がいるのかを理解したノアスは、






「……!」


「うおっ……っておいっ!?」






 既に空気から察した男たちは固唾を呑んですぐに動けるように構えていた――のだが、そんな緊張感とは裏腹にノアスが取った行動は、無視して大通りに消える、であった。




 大通りに消えたノアスによって先ほどと何も変わらず路地裏にポツンと三人が残った。






「おい」




「ああ。来るぞ」






 余りにもあっさりとしたノアスの行動に疑心暗鬼になった男たちは、女を放置して警戒態勢に入る。






「…………………………………………………………………………………………………………」






 ゴクリと男の一人が喉に通した唾の音がやけに大きい。






「あのー」




「「ひぃ!?」」男たちは背中から急に声が聴こえて、ビクリと情けなく飛び上がる。「なんだ、脅かしやがって」




「えっと王子様たち。今の状況はどんな感じなんでしょうか」




「あ? うっせぇ。ちょっと黙っとけ」




「あの男の耳、尖ってたよな? てことはエルフだ。何かしらの技で奇襲して来るに違いねぇ。油断すんなよ!」






 男たちは落ち着きのないさまで、顔を左右に動かしノアスを探す。






 その動作を肌で感じ取った仮面の女は、






「尖った耳の男ですか。わかりました、ありがとうございます!」




「「は――ッ!?」」






 女は足元に転がっていた杖を手に取り、男たちの後頭部に一撃お見舞いしたのであった。






「きちんとお礼を言わないと、ですね!」






 仮面の少女は、ノアスが立っていた方角を見ながら、そう呟く。






 ※






 いつものように目を覚ましたノアスは、ダンジョンに潜る仕度をしていた。すると昨日の出来事をふと思い出す。






「なんであいつ仮面を着けてたんだ?」






 昨日、ダンジョンに潜った帰りにたまたま路地裏で女にたかっている男二人を見つけたノアス。




 運悪く女の言葉で男たちにノアスの存在がバレてしまい、あと少しで面倒な事が起こると察したノアスは、何事も無かったかのように歩き去った。しばらく背後に意識を集中させていたが、追ってくる気配もなく今に至っている。




 ノアス自身、自分がやった行動に負の感情は抱いていない。




 元々ノアスは独りで生きてきた存在であった。記憶の中に両親は無く、耳が尖っているエルフ族だったノアスは幼い頃から亜人種として周りから差別されて来た。




 ずっと孤独と闘っていたノアスを助けてくれた人もまた、ノアスの目の前で命を落としてしまい、そこで初めて知った失う痛さ。




 それらの事からノアスが再び選んだのは独りで生きる道だった。




 本来生きる事も許されない事をしてしまったが、生きろと言われたのなら、せめて孤独に行きたいとノアスは願ったのだ。




 なので昨日ノアスは仮面の女を助けなかった。もし助けたら何かしらの関係が生まれてしまう可能性があったから。






「悪いけど俺は独りを選ぶよ」






 ペンダントを握りしめて切なくノアスは呟く。


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