第2話 ダンジョンへ

 眼球が限界まで開くと同時に、光の速さで身体を起こし上げたノアス。


 


 銀髪はベタベタに濡れ、額には粒上の水滴が纏わりつき、体全体は嫌な冷たさで支配されていた。


 


 荒くなっていた呼吸をゆっくりと落ち着かせてから夢であったことに気づいて小さな安堵を漏らす。






「何を落ち着いてんだ、俺は」






 本当に全てが夢だったらどれだけ救われた事か。どんなに眠ってもどんなにうなされても〝あの日〟起きた事は消せなくて、それは紛れもない真実なのだ。




 ノアスは立ち上がって顔を洗った。






「あれから四か月」ノアスは鏡に映る自分を見て問いかける。「何か変わったか?」






 もちろん答えなど帰ってこない。あの日から四か月が経ち、今もこうして生きている自分が気持ち悪い。こうして顔を洗って、ため息をついて、普通に食事をして、そんな日々を送っていてもいいのだろうか。




 罪悪感だけがノアスの胸を喰っていた。




 何もしていなかった訳ではない。あの時〝二人を見捨てて逃げた〟という罪を自分に科して、何があろうとも仇を取ろうと決めた。逃げ帰ってしばらくは非常に醜い自暴自棄な生活が続いた。全てに絶望し、もう一度自殺を考えたりもしたけれどそれは実行に移らなかった。




 その理由は首元にある。




 ノアスは首元から垂れているペンダントを握りしめた。このペンダントが唯一の救いでもあり、自分のしてしまった過ちの目印にもなっていた。






「今日も潜るとするか、ダンジョンに」






 寝床である宿屋を後にしたノアスは淡々と歩を進める。空には輝く太陽が一つとどこまでも続く青い空、そして澄んだ空に浮かぶ幾つかの雲が街全体を明るく包んでいた。




 街では子供たちの笑い声や、商人たちの威勢ある声が聞こえ、目の前に広がるのは光の世界に見え、自分とはまるで違う。そんなふうに思ってしまう。




 一度深呼吸をしてから目の前の建物に目を向ける。




 その建物は四つの柱で支えられており、とにかく大きい。威圧感のようなモノすら感じられる。色合いは設計者の趣味なのか、上が白、下が黒と綺麗に真ん中を境界に分かれていた。




 見慣れてしまったこの建物。慣れていいモノか解らないが、どこか不気味なこの建物が今の自分の居場所な感じがしてどこか落ち着く。




 扉を開けると不気味な外装とは裏腹に内装はしっかりとした施設のそれであった。整頓された室内にすんなりと目に入る自然な色使い。中にいる人間は街で見かける人々と何ら変わらない。一つ違うと言えば、鎧を身に着けているという点だろうか。




 ノアスはフードを深く被って人混みを避けつつしばらく歩いていると窓口が見えた。窓口は横にいくつか並んでおり、窓口を境にガラッとあっち側の人間の格好が違う。きっちりとした服装に清潔感を感じさせる髪型だ。






「ダンジョンに潜る」




「また今日も一人なんですか」




「ああ」




「わかりました。では腕を見せてください」






 受付嬢はノアスが差し出した腕をグッと引っ張ると袖をめくって腕の中心部に視線を向けた。




 腕に刻まれた紋章。それこそがダンジョンに潜る事を許された者の印でもあり、同時に己の命を残り一年と定めた呪いの印でもある。






「はい。確認出来ました。では、モグラのノアスさん。本日も気をつけてくださいね」






 受付嬢は支給品を足元から出してノアスはそれを受け取った。そして通路右側にある真っ暗な穴へと飛び込んだ。


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