本当の気持ち

恋夏こなつ、意地はってると大事なもんなくすで】


闘病の末、亡くなった父の言葉だった。


お笑い芸人を目指していた父を好きになった母。


父は、関西の出身だった。


母と父は、離婚していたのに…。


父の病気が発覚した小学二年の夏。


母は、やり直した。


私は、そんな父に、いつも怒られていた。


【許してあげな、大事なもんなくすで】


勝手にプリンを食べた母を許さないと言った私に父が言った言葉だった。


【失った後に、大事やったおもったって…。もう、その人は恋夏の元には戻ってこんのやで】


小学校の同級生の、まいちんと喧嘩した時に父に言われた言葉。


【自分が悪くなくたって、大切な人を失いたくないなら自分から謝らなアカン時もあるんや。わかるか?恋夏】


わからなかったよ。


【失いたくない人には、ちゃんと気持ちをゆわんかったらいなくなってしまうで。】


いなくならないで


私は、走り出した。


【大切な人が出来たらしっかり手掴んでおかなアカンで。父ちゃんは、一回目も、今回もお母ちゃんの手を掴んでおけんかった。だから、恋夏は、絶対に手放したらアカンで】


いなくならないで


秋君が、いない。


私は、走って探す。


探しても


探しても


見つからなかった。


お父ちゃん、私も手放してしまったよ。


涙を流しながら、駅にやってきた。


涙で前がよく見えなくて、ハンカチで押さえても、押さえても、とまらなくて…。


電車は、ホームに入ってきた。


私は、涙で滲んだ目で見つめながら、いつも君と並んだあの場所に行く。


前から、五番目の車両。


優先車両近くの奥の扉の左側。


電車は違ったって、この車両とこの場所だけは譲れない。


秋君に、会いたいよ。


ハンカチで、目を押さえて下を向いた。


アナウンスが流れて、扉が閉まった。


ガタン…ゴトン…と電車は動き出した。


私は、ずっと俯いていた。


「体調、悪くなった?」


暫くして、聞き覚えのある声が私の耳に響いた。


「あき…君?」


顔をあげると秋君が、私の事を上から覗き込んでいた。


「次で、降りようか?」


「うん」


秋君と私は、電車を降りた。


「いつから、いたの?」


「ずっと、ホームで待ってたけど」


「私やっぱり、許せないよ」


「うん」


「でもね、秋君の手を放したくはないよ。」


「なに?告白してる。」


ホームを歩きながら言っていた。


「もうちょっとマシなとこで話そうか?」


「うん」


駅前のカラオケBOXに入った。


店員さんが、ドリンクを持ってきた。


向かい合わせに座る。


【愛してるって言葉よりも♪大事な事は、君の手を放さない事♪】


全部の音楽を切った静まり返った部屋に、隣の人の歌声が響く。


「秋君」


「隣、いい?」


「うん」


秋君は、隣に座った。


「この歌、知ってる?」


「知ってる。」


「俺の気持ちに似てて好きなんだ。」


「そうなんだね」


「初めて会った幼い君に、約束したの覚えてますか?大人になったら、ちゃんと僕から君への気持ちを伝えます♪」


「その歌、いいバラードって感じだよね。」


「うん、そうだな。」


秋君がアカペラで歌ってくれるのは、RINの【約束】だった。


「もう少し歌って」


「いいよ。」


そう言って、鞄から指輪を取り出した。


「あの頃は、幼すぎて。何もわからなかったけど…。今なら、ちゃんとスマートにこの箱を開いて言えるんだよ♪」


秋君は、指輪の箱を開いた。


「結婚しませんか?愛してるって簡単に伝えれない僕だけど。君を笑顔にする事は出来るから♪愛してるなんて言葉よりも、大事な事は君の手を放さない事♪君の事を幸せにする自信だけは、ずっと、ずっと、あるんです♪」


そう言って、秋君は笑った。


「恋夏ちゃん」


「はい」 


「俺は、恋夏ちゃんを幸せにする自信はあります。」


「何で、言い切れるの?」


「わからないけど、出会った日から恋夏ちゃんの隣は俺の場所だって思っていたから…。もう一度ちゃんといいます。結婚してくれませんか?」


もう、秋君の手を放さないと私は、決めた。


「よろしくお願いします。」


「はー。よかった。はめていい?」


「うん」


そう言ってはめた指輪のサイズは、ピッタリだった。


「何で?すごい」


「ずっと、見てたから。店員さんに伝えたら、一緒にサイズ考えてくれた。何回も何回も通って作ってもらったんだ。」


「すごいね、秋君」


「ごめんね、ファーストキスあげれなくて」


秋君は、私の頭を撫でてくれる。


ハートの形のかわいいデザインのダイヤモンドの指輪。


「他の初めては、全部私にして」


「わかってる」


秋君は、ギュッーって私を抱き締めてくれた。


「キスしていい?」


「うん」


優しくキスをしてくれた。



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