幼い約束

12年前ー


当時5歳だった私は、胃腸炎で入院をした。


そして、藤井秋ふじいあき君もまた、胃腸炎で入院していた。


「ねー。そのおでこにどうして×があるの?」


「これね、小さい頃に転んだときのやつ。二回転けてこれ」


「へんなのー。でも、すぐにあき君ってわかるね。」


共に、母子家庭で下に弟がいる秋君と妹がいる私は…。


心細い入院生活だった。


初日に私が泣いて泣いて寝付けなかった日。


あき君は、私のベッドにやってきた。


「一緒に寝る?」


「いや、男の子なんか気持ち悪い」


「酷い言い方だね」


「結婚する人が、一緒に寝るんだよ」


「じゃあ、結婚しよ。」


「ばっかじゃないの」


「だって、自分一人で寝れないだろ?泣いてるし」


「自分じゃない。私は、恋夏こなつです。」


私は、あき君に腹を立てていた。


恋夏こなつちゃん、一緒に寝たげるから」


「いやー、結婚する人しか駄目なの」 


「俺がするから」


「いつ、するの?」


「大人になったら」


「大人っていつ?」


「うーん、いつかな?」


「電車に一人で乗れるようになったら、迎えにきてくれる?」


「うん、約束する」


そして、私とあき君は一緒に眠った。


そして今ー


「思い出した?」


「うん」


「よかった。」


「迎えにきたって、いうのは?」


「言ってただろ?一緒に眠るのは結婚する人だけって。だから俺は、約束を守りにきた。」


「や、や、約束って。ばっかじゃないの」


あき君は、鞄を開けて何かを取り出した。


「俺と、結婚してくれませんか?」


そう言って、指輪のケースを開いた。


「意味がわからないんだけど」


「約束、守りにきたのに?」


「べ、別に、私は、あき君が好きじゃないから」


「そっか、そうだよね。12年も前の約束なんか覚えてないよね。俺だけ、覚えててバカみたいだよな」


秋君は、鞄に指輪をしまった。


「だ、だ、だって、キスされたらしちゃう人なんて嫌だよ」


「俺だって、初めてを全部、恋夏こなつちゃんに渡したかったよ。だから、一年以上前からあの電車に乗ってたし。女の子を力ずくで押せるわけないじゃないか」


「最低、そんなの」 


「ごめん……。」


秋君は、申し訳なさそうに目を伏せる。


「しらない。」


私は、駆け出した。


涙が、ポロポロ流れてくる。


恋夏こなつ、何時の電車で朝きてるの?」


女子校の私は、同級生に聞かれた。


時間を答えると彼女から、その一本後の電車は痴漢がでるから乗っては駄目だと聞かされた。


三ヶ月乗り続けると、痴漢が近づいてくるって話だった。


慎重な痴漢で、今まで20人も同級生達が巻き込まれていた。



痴漢なんかたいした事ないし、守ってくれる必要なんてなかった。


あの女の子に、キスされる前に告白しなかったのは私なのに…。


なのに、何で、秋君を怒っちゃったのかな?


涙を拭いながら歩く。


「ねー。ねー。高校生?」


「えっ?」


「彼氏にふられたの?」


「俺等と遊ぼうよ」


「いいとこ連れてってあげるからさ」


三人組の男に囲まれた。


「結構、君、かわいいね」


「髪の毛、サラサラじゃん」


「めっちゃ、いい匂いする」


「ねー、彼氏いるって事は、ありだよね?」


「今時の子は、ませてんね」


「や、やめてください。」


体をくっつけてくる。


気持ち悪い。


「じゃあ、行こうか」


「離せ」


「誰だ、お前?」


「こいつの、彼氏」 


秋君は、私の手を掴んだ。


「逃げるぞ」


私の腕を秋君が、掴んで走り出した。


「待てこら、ガキ」


追いかけられる。


走って、走って、走って…。


秋君は、細い路地裏に私を引っ張った。


「ちかいよ」


「しっー、ちょっとだけ黙って」


心臓が、うるさい。


私のか、秋君のかわからない。


「あいつら、どこいった?」


「向こう行くぞ」


秋君は、私をギュッーって抱き締める。


心臓が、張り裂けそうだ。


暫くして、さっきの人達の声は聞こえなくなった。


「ごめん、離れるから」


「うん」


秋君は、私から離れて歩きだした。


路地裏を出た、秋君は私を見て


「じゃあ、ちゃんと帰りなよ」


って、言って手を振って歩き出す。


「待って、待って」


「なに?」


「キスしたの許せない。」


「そう言われても」


秋君は、眉を寄せて困った顔をしている。


当たり前だ。


された事を取り消すなんて事は、出来ないのだ。


「ごめん、じゃあね」


「待って」


秋君は、私の腕を掴んだ。


「あのさ、どうしたらいいの?」


腕を引き寄せられて、そう言われた。


「プロポーズしたのに断られて、キスは許せないって言われて、俺は、どうしたらいいの?」


秋君は、私の目をジッーと見つめて言う。


「知らないよ。私に、関係ないから」


秋君は、はぁーと大きなため息をついて、その場にしゃがみ込んだ。


「じゃあ、早く帰りなよ。俺は、ずっと恋夏ちゃんが好きだったから…。初めてを全部あげようって思ってたんだよ。」


おでこに手を当てて、頭を左右にふってる。


「だから、誰とも付き合わなかったし、告白されても断ってきた。あの日の彼女だって、断ったんだよ。俺、男子校だよ。初めてを守りたいから共学にはいかなかった。だけど、あの子。同じ電車で、俺の事ずっと見かけてたって…。」


秋君は、またため息をついた。


「ごめん、関係ないよな。起きた事をなかった事には出来ないし。軽いキスだったけど、何度もされたのは事実だし。だから、ごめん。」


そう言うと、秋君は立ち上がった。


「じゃあね。恋夏ちゃん、いい人見つけるんだよ。もう、好きな人いるのかな?うまくいくといいね。俺とは、違っていい人だろうから…。幸せになってね。」


秋君は、悲しそうに目を伏せながらも笑って手を振った。


くるりと私に背を向けて歩きだした。


さよなら何か望んでいないのに…。


ただ、一つあの日のキスが許せないだけなのに…。



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