ショートショート物語

三愛紫月

色を失くした世界

色をつけた君

私の名前は、浅倉三千絵あさくらみちえ


今年、四十しじゅうを迎える。


私は、毎年、この季節になると彼を思い出していた。


25年前に、出会った彼を…。


25年前ー


当時、中学三年生だった私は、隣のクラスの美笠蓮みかされんが大好きだった。


彼を見つけたのは、中学三年生にあがってすぐだった。


中学二年生の夏に、両親を事故でなくし、私は、叔父一家に引き取られた。


私は、現代版のあのお姫様のような生活をしていた。


両親の保険金、貯金、アクセサリーなど、かねと名がつくものは全て巻き上げられていた。


私には、三畳の物置と1ヶ月、三千円のお小遣いだけが与えられた。


天涯孤独だったら、どれほどよかった事だろうか…。


私の目に映る全ての世界は、灰色だった。


毎日の食事は、叔父家族が食べ終わった後の残飯だった。


吐かれたのではないかと思う食べ物をつまんで、命を伸ばしていた。


幸い両親の死後、味覚も嗅覚もほとんど失っていた私は食べれる事に感謝をしていた。


生きたくないと生きたいが、毎日のように私を支配した。


そんな日々の中で、私は彼を見つけた。


朝の7時には、学校が開いている事を知った私は、中学三年生にあがってすぐに登校した。


少しでも、学校にいる方が幸せだった。


部活動の朝練の生徒達に混じって登校した。


なんとなく色のない空を見つめていると、三階の教室の窓から男の子が下を覗いていた。


ドキリと胸が鳴った。


彼の視界に入りたい、そう思うほどの美しさだった。


実際に、美しいのかどうかは別として…。


私の目には、彼だけがハッキリと色がついたのだ。


毎日、毎日、彼に会いたい目的で朝登校した。


決まって、7時7分に、彼はグラウンドを見つめるのだ。


その目に映りたくて、一生懸命に彼の視界に入ろうとするが、彼は私を見てはくれなかった。


そんな日々が、二週間経ったある日の出来事だった。


「浅倉さん、これ落としたよ」


「ありがとう」


後ろの席の、百瀬理美ももせりみが私の消ゴムを拾った。


「ありがとうとか言う人だと思わなかった。」


「どんなイメージ?」


「フフフ、ごめんね。何だか、毎日怒ってるのかと思っていたから」


幸せそうな女の子、それが第一印象だった。


「怒ってなどいないよ。」


絶対的に食事量が足りていなかった、当時の私は、多分毎日低血糖状態だったに違いない。


毎日、脱け殻のようだった。


ただ、給食を食べてから暫くはすごく元気だった事を考えると糖分が不足していたのだと思う。


前と後ろの席と言う理由で、私は百瀬理美ももせりみとそれから毎日話すようになった。


「テニス部の朝練きたら、浅倉さんがいたけど、浅倉さん、毎日早いんだね。部活入ってた?」


「入ってない」


「入ってないのに、早く来てるんだ。一組の、下川原しもがわら君みたいに家より勉強しやすいって理由だったりする?」


「いえ、そんな事はないけど」


「そうなの?じゃあなんで朝早くきてるの?」


「何となく」


「えー。何となくで早起きできるのすごいよ。私、低血圧だから起きるの大変」


「私は、わりと起きれる」


「すごいね」


百瀬さんは、キラキラしながら笑っていた。


いったい彼女の肌は何色で、髪は何色なのだろうか?


「あのさ」


「なに?」


「いつも、三階から覗いてる人いるのわかる?」


「あー。美笠蓮みかされんでしょ?」


美笠蓮みかされん?」


百瀬さんは、そう言うと私の耳に手を当てる。


「好きならやめた方がいいよ。ライバル多いから、めちゃくちゃ綺麗な顔してるし、頭もよくて運動神経も抜群だから」


そう言われた。


「私は、そんなんないから」


「そっ!なら、よかった。目つけられたら大変だから見るのやめなね」


「目をつけられる?って、誰に」


「まあ、まあ。好きじゃないなら、気にしない」


学校では、話せないのか百瀬さんは笑った。


私の世界は、モノクロで…


美笠君だけは、どこにいても見つけられた。


まるで、スポットライトが当たってるように…。


彼を見つけるのは、容易だった。


数日が経ったある日、体育の授業で私は派手に転んだ。


「いたっ」

 

自分が、痛点をもっていた事に感心していた。


「あらら、浅倉さん。出血すごいから、保健室すぐに行きなさい」


「はい」


担任の道田先生に言われて、仕方なく保健室を訪れた。


「すみません」


声をかけても、保健の先生はいなかった。


もう、いっかな


「なに?」


戻ろうとした瞬間、美笠蓮みかされんが現れた。


「えっと?」


「寝不足で寝てたんだけど。声デカイから、先生、どっかいったよ」


「あっ、すみません。失礼します。」


「待って、膝から下。血だらけ」


そう言われて、美笠君に腕を掴まれた。


「たいした事ないです」


「手当てしてあげるから、座って」


「えっ」


「俺、ここの常連だったからサッカーしてる時」


「やめたんですか?」


「うん。とりあえず、座って」


「はい」


私は、言われるがままに座った。


美笠君は、消毒をしてくれる。


「いっ」


「痛い?」


「大丈夫」


足をずる剥いてよかったと心底思った。


さらさらの髪の毛が、手当てしてくれる度に揺れる。


包帯をクルクルと巻かれた。


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