あの世
辺りは花畑。せせらぐ小川と晴天の空。心地の良い風が吹き抜けた。
「ここは」
心当たりがない。どうやって来たのかすらも思い出せない。
「やあ」
振り返るとそこには先客がいた。
「ここは? お前は誰だ」
「ここはあの世らしい。厳密に言うとあの世の手前だ」
奴が言うにはどうやら俺は死んだらしい。なんとも妙な気持ちだ。身体が目視できるせいで死んだという自覚がない。しかしあたりの様子を見る限り俺は死んだのだろう。自然は豊かだが現実味がない。
それよりも同居人は元気にしているだろうか。ろくに食べてやしないんじゃないだろうか。
「どうした? やり残したことでもあるのか」
「いや……ただ一緒に住んでたやつのことが心配で」
「ああ、わかるよ」
奴はそういうと柔らかな草原の上に座り込んだ。俺もそれにならい腰をおろす。柔らかい土の匂いがした。
「なんだか懐かしいな。子供の頃はよく自然のなかを走り回ったなあ」
「そうなのか? 私は施設育ちだからそう言う経験はほとんどなかったなあ。君が羨ましいよ」
そう言われるとなんだか恥ずかしくて俺はとっちらかった身だしなみを整えた。そしてごろりと横になる。優しい色をした空がずっと続いている。こんな空を子供の頃に見ただろうか。なんだか少しだけ今の方がきれいに見えた。
「ねえ、君の名前は何て言うんだい?」
奴の突然の質問に俺は顔を上げた。
「名前……名前ねえ。そんなもの俺にはねえよ」
「そうなのか」
「しいていうなら同居人に『かわいい』って呼ばれてたぜ」
俺がそう言うと奴は大層驚いた様子で俺を見た。
「まさか! 私も『かわいい』って呼ばれてたんだ!」
思わず俺が身を起こすと長い髭の間を心地の良い風が通り抜けた。誰かやって来たようだ。
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