つかれた
男は大きく溜め息をつくと後ろ手に鍵を閉めた。
「疲れた……」
吐露した言葉はアパートの暗闇に吸い込まれていった。電気をつけることもなくなれた様子で洗面所に足を運んだ。廊下の電気をつけたところでまた消しに向かわねばならないんだ。そんな面倒をする気にならないほど男は疲弊していた。
今回の仕事は大詰めで、なんとか依頼人が満足する結果に落ち着いた。
洗面所の鏡に写った男の顔はどんよりとして張り艶がない。髭は伸び青く口回りを囲っている。所々脂ぎったところに乱れた髪の毛が引っ付いている。男は手洗いついでにじゃぶじゃぶと顔を洗った。冷たい水道水が毛穴を刺激し引き締まるような気がする。しゃっきりとした気分で鏡を見たものの今日一日でついた汚れや埃は落とせても疲労までは洗い流せなかった。鏡の中には濡れ鼠になった男がくたびれた様子で立っている。洗濯機に引っ掛かったタオルで顔を拭けば生乾きのかび臭さが鼻についた。最近洗濯したばかりなのに。男はタオルをそのまま洗濯機に突っ込んだ。
男の仕事は除霊師で別名霊媒師とも言われる。今日の仕事だって依頼人の家に取りついた亡霊を取り除いて欲しいと言うものだった。地縛霊かと調べてみればどうやら怨恨によって依頼人自身に取りついた霊ということがわかった。その霊は依頼人と二人きりになるとアクションを起こす霊だった。霊は賢く除霊に時間がかかったがなんとか霊の意識を依頼人から他所へ向けると霊はにたりと笑ったあと蜃気楼のように消えてしまった。正直今回の仕事の評価だが男の中では不完全燃焼といった感じだった。
洗面所の電気を消しリビングへ向かう。ここも散らかり放題でいつ脱いだかわからない靴下やらコンビニ弁当のレシートやらが散乱している。とりあえずごみだけでも拾うかと腰を屈めながら一つ一つ拾っていく。ゴミ出しは何曜だったか。そういえば朝に空き缶をまとめた袋を出し忘れたんだった。そんなことを思い出すと男の左足の爪先になにかが触れカランと鳴った。チラリと視線を向けるとグリーンのラベルのビール缶。中身のないそれは適当に潰したから転がっていくことなくゆらゆらとその場で揺れている。その奥には今朝袋の口を縛り玄関に置いたはずのごみ袋と空き缶たちが乱雑に散らばっている。
なんで……。そう考えるよりも早くひとつの疑問が浮上した。俺はリビングの電気をつけただろうか。
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