忘れられない人ー葵ー

私には、今、結婚を考えて付き合っている慎吾がいる。


「桜、もう寝ようか」


「うん」


「おやすみ、チュッ」


「おやすみ」


慎吾は、性に対して淡白だった。


とくに、二人の間にそのような行為がなくても生きていける人間だった。


お酒を飲むと、すぐに眠くなる。


そしたら、今日も抱かれる事はない。


私は、葵の写真を引き出しから取り出した。


「ねぇー。葵君。これ、直せる?」


「どれどれ、はいできたよ」


葵とは、高校で知り合い、卒業式に告白をされて付き合った。


とにかく葵は、人間に優しかった。


誰にでも優しかった。


「ごめん。今、彼女といて、わかった行くよ」


「ごめん、桜。飛鳥に呼ばれてさ」


「行ってきたら」


「ありがとう」


一緒に住んでるわけじゃないから、引き留める事も出来なかった。


私とその人どっちが、大事なのよなんて、葵にとっては無意味な台詞だった。


一度尋ねた事があった、「どっちって言われても、斎藤は幼馴染みで」と優柔不断な回答をされた。


イライラして、ヤキモチを妬いてるのが、自分だけで空しくなった。


「もう、いい」


私は、それ以来、葵に何も言わなくなった。


そんな日々から一年が経ったある日、葵は私と同棲したいと言った。


「いいよ」


「やったー、嬉しい」


どうせ、誰かの元にすぐ行ってしまうのなら、少しでも一緒にいる時間が長い方がよかった。


1ヶ月が過ぎた頃、葵は、豹変した。


「桜、どうして欲しいか言えよ」


「なに?急に」


寝てる私におい被さって、パジャマの胸ぐらを掴んでいた。


「やめて、離して」


「うっせー、黙れ」


ブチンと、パジャマのボタンが弾けとび、葵は私の肩に噛みついた。


「いたい、いたい」


「気持ちいいの、間違いだろ?」


「んんっ、んんっ、やっ」


実際私は、興奮した。


私は、葵の初めてを手に入れたのだ。


スマホで検索すると、葵は性的サディストというものだとわかった。


自分のものだと認識して、豹変したのだと思った。


「このメスブタが」


「ぁっ」


回数を重ねるごとに、それは酷くなって言った。


「言ってみろよ?ちゃんと」


「葵の……してください」


口に出すのも、おぞましい台詞の数々を吐かされた。


でも、そこには、私だけの葵がいた。


いつからか、葵は、終わると激しく後悔を口に出した。


「いつか、桜を殺してしまいそうだよ」


「いいのよ。大丈夫」


「殺したくない」


「大丈夫だから」


葵が、あの行為に悩んでいるのはわかっていたけれど…。


一年も続けられた、私にはもうあの葵はなくてはならない存在だった。


【あの事件から、三ヶ月が経ちました。冬には、枯れて真っ赤に染まっていた桜の木でしたが…。今は、満開の花を咲かせています。周囲の桜の花の下では、例年通りお花見が行われています。この桜の木の下だけが、たくさんの花束に囲まれています。少し異様な光景が広がっています。】


葵を殺害した犯人は、10年経った今でも現れてはいない。


いつか、捕まるのだろうか?


「桜、寝ないの?」


「慎吾、起きたの?」


「トイレにきた」


私は、引き出しに写真をしまった。


「もう、寝る」


「じゃあ、先寝てるから」


「うん」


つまらない日常。


葵と過ごした五年間。


そのうちの三年間は、私は、葵に痛め付けられていた。


それでも、今より楽しかった。


あのまま、葵と死んでいればよかった。


慎吾には、悪いけれど…。


私の中には、まだ葵が残っている。


心の大部分を葵が、占めている。


これから先、どんな人が現れても葵の変わりにはなり得ない


あの周囲に見せる姿と普段の私に見せる優しい姿と私にだけ見せる性の顔


そのギャップのたまらなさ


誰にも、理解される事はない


私は、慎吾の隣に寝転んだ。


「桜、おやすみ」


「おやすみ」


つまらない。


何故、葵は私を置いていってしまったの


一緒にいた人は、誰だったの?

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