Deep Night

湯弐

プロローグ

 【0/11/4】


 『私は生まれた時から私だった』

 哲学的なことを言いたいのではない。

私の出生は些か複雑であって、それを簡単に説明しようとした結果がこうなる。

バッテリーで動く人形にスイッチを入れると動きだすように、私も見知らぬ誰かにスイッチを入れられたかの様に動き出した。

 目が覚めるとなんだかさっきまで長い夢を見ていたかのような、そんな感覚があったけど、それも自分の状況を俯瞰してどこかに消えた。

 場所は薄暗い路地の真ん中だった。そこに何も纏わない姿で、街灯に照らされて雨に打たれている自分。この時は自分が何者なのか、何をすればいいのかも解らなかった。

 そして”彼女”は私の目の前にいたのだ。

その時の私といえば、本当にソレに怯えていた。

一歩ずつを確かに踏んで寄ってくる影。その姿は白銀の長い髪がきれいで、静脈血のようにくすんだ赤い瞳が暗闇の中で揺らいでいる。

そして身に纏う真っ黒なレインコート、その隙間から覗かせるバトルドレスがそれらを際立たせていたのを覚えている。

 体格からしても女性である事がわかり、彼女といえる影はわたしに顔を近づけると開口一番に優しげな表情でこういった。

 「私はアセナ、私と契約しませんか?」

 なぜだか幸い言葉は理解できた。

しかし、今思い返せば見た目以外生まれたての赤子のような私を前にしてこの言葉とは、悪魔の所業そのもののような気がする……。

 その彼女が言った契約内容はこうだった。


《一. 貴方の主人は私の子》

《二. 貴方は私の子に忠を尽くすこと》

《三. 貴方は身命を賭してこの子を守ること》

《四. 学んだものはすべてこの子に還元すること》

《五. 契約の満了条件は主人が定めるものとする》


 私はこの契約に同意した。なし崩し的ではない、『同意したほうが良い』そんな感覚が確かにしたからだ。

 そうして私はこの時から、”あの子”の側付になった。

 契約を結んだ私は彼女とあらかじめ準備されていた輸送ヘリに乗ると、半日掛けて海の上に建つ大きな城へと向かうことになる。そこにはアセナとは違う見た目だが、多くの人がせわしなく働いていて、そこの人達から彼女は『隊長』と呼ばれている。

 「タイチョウとはだれだ?」

「私のことです。基本的に皆にはコードネームというあだ名があって、それで呼び合うのですが……」

 そのやり取りはよく覚えている。「本来そんな器じゃないんですけどね」と話すアセナは嬉しくなさそうな表情をしていたから。

 それから話を聞いて行くと、どうやら私と同じような状況に置かれるモノはここ数年で少しずつ増加しているらしい。

そんなモノ達を助け、人間社会の安寧を保つためにも、この海の城の主人はアセナと『キムメリオス』という組織を立ち上げたのだそうだ。

 そこでのアセナの仕事とは、捜索、保護、教育、支援、鎮圧、その他いっぱい。 

 何の為にやっているのか?

どうしてアセナがやらねばならないのか?

そういったことは分からなかったけど、アセナが自分の信念の下に率先して行っているということだけは分かった。


 【0/11/5】

 次の日からは怒涛の日々が待ち受けていた。アセナは私が自立する手助けとして最初の数年を掛けて「自分が何者か?」という所から始まり、この世界の知識や礼節を絶え間なく私に与えてくれた。

 その中には衝撃的だった事もあった。それは自分の存在についてだ。

アセナ曰く私は人間ではないらしく、神の使いたる天使なのだそうだ。私は初めてそれを聞かされた時は驚いた、なぜならアセナが教えてくれた知識の中には宗教というものがあって、天使とはその中で「神からの使者」として登場してきた架空の物だったはずだ。

そう、背中に羽が生えていて頭に蛍光灯が乗っている奴とかいる。

 私は完璧には否定できなかった。実際の所、自分がアセナの仲間たちとは違うことを実感していたからだ。

みんなと体力勝負をしてみれば筋力でもなんでも話にもならない。私の連戦連勝だ。


 【0/11/10】

 夜中に目が覚めると大きな剣を握っていた。(これも天使の力?)


 【0/11/11】

 最近になってわかったことが一つ。

 私のような存在は『堕天使』、通称DAという名前でグループ化されているらしく、さらにそこから犯罪や人間社会に害為した者は『ドロップナイトメア』、通称DN判定がキムメリオスから認定されるのだ。

 思えば私は沢山のことを知った。

 自分の置かれた環境に戸惑って怯えることもあった。だって、自分達もなりたくて迷子になった訳じゃ無いのに、管理されて、危ないことをすれば処罰されるというのは理不尽なともいえる。

 それでも。

 それでも私がきちんとやっていけたのはアセナが支えてくれるからだ。

彼女なりの不器用なやり方がいっぱいだったけど、それでも私の支えであったことは間違いない。


 【5/4/20】

 アセナと出会ってだいぶ時間が経ち、私も人の世に溶け込めるようになった。

みんなと同じ仕事ができるようになった。

 そこで最近、アセナ監督の元、陸上UK.37番区画に『天使によって運営される、天使支援プログラム』がスタートしたのだが。

 私はそのプログラムの運営される施設の創設メンバーとして選ばれた。

長かった海の城をもはなれ、大地を踏むのだ。

「あなたの名前は今日からヘリアスです」とアセナに言われた。

 それで実感した。私がアセナとの契約を果たす時が来たのだと。

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