転機

シヨゥ

第1話

「これが自分には合うだろうなんて、決め打ちの人生なんてつまらないだろう」

 そう言って彼はグラスを置く。

「それにその判断が正解がわからない。それだと言うのに自分を盲信してしがみついているなんてもったいない」

 相当に酔っていて語気も強めだ。

「だからもう1回訊くぞ。お前は今のままで良いのか?」

 何度目の問い掛けだろうか。

「今が一番いいと言えるほどの自信はあるか?」

「それは――」

「一番いい今がずっと続くと思うか?」

 食い気味の畳み掛ける質問攻めに言葉が返せない。

「一番いいと思った瞬間から離れることを考えないとダメだ。ずっと続くものなんてないんだからな。いいか。そのチャンスが目の前に転がっているんだ。よく考えてくれ」

 引き抜きをかけられるのは何もこれが初めてではない。彼以外にも何人も相手をしてきた。ただここまで熱を込めてくる相手はいなかった。

「そうだな」

 根負けだ。頷いてしまった。もう変わらずにはいられない。

「話を受けよう」

「そうか!」

「いい判断をしたと思わせてくれよ」

「それはもちろん。ああなんて今日はいい日なんだ。とりえず乾杯をしよう。乾杯を」

「それじゃあ、乾杯」

「乾杯」

 グラスが小気味のいい音を立てる。これは福音だろうか。 それとも、いやそれは考えないでおこうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転機 シヨゥ @Shiyoxu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る