「No title」

儚 天祈

「No title」

生まれつき目が見えなかった


小学6年の夏お医者さんは言った

「手術は失敗した」と。




今日も変わらぬ日

鳥のさえずりを聞き、母が部屋に入る。

「おはよう、もう朝だから起きなさい」

たわいのない会話。

いつもと同じ朝、壁を触りながら着替えをして

リビングまで行く。

お気に入りのフランス人形を座らせ

朝食を口に運ぶ。

父と母の会話を聴きながら。

今日も変わらぬ日、変わらぬ日常を送るのだ。

「美咲、今日は学校休んで病院に行こう。」

父がいきなり提案してきた言葉に

私は何も返さなかった。

母が繰り返す。

「美咲、病院行かない?具合でも悪い?」

「あ、うん。行こうかな。」

朝食を食べ終え、その場を後にした私は

部屋でお気に入りのフランス人形を抱きながら

布団の中に入った。

私はフランス人形に向かって独り言を呟く。

「今日も真っ暗。何も見えない。」

私は生まれつき目が見えない。

目を閉じたまま過ごしている、その代わり

聴覚はすごく鋭く父と母の言い合いの声も

聞こえてしまう憂鬱な日を過ごしている。

母が私を呼びに来る。

「もうそろそろ行くから準備してね」


生まれつき目が見えないぶん

色んなことが不便だ。

着替えを用意するにも色や形がわからない分

手で触ったり母に用意してもらったりしている

それにお風呂に入る時も扉がどこにあり

段差がどこにあるかなど…

母が心配し、過保護になってしまったのだ。

学校に通うにも母はものすごく心配してくる。

心配するのも分かるけど…

私だって友達と遊びたいし授業だって普通に受けたい、だが目が見えないというだけで

みんな私には話しかけてはくれないのだ。


病院に向かうのに父の車に乗り込む。

私は何も言葉を発さなかった、すると父が心配したように私に訪ねてきたのだ。

「美咲、最近は学校はどうだ?」

私が

「普通だよ。」と答えた。

正直この質問には何も返答したくはなかった。

だけど両親にあまり心配をかけたくなかった。

いきなり車が止まった。

「美咲、病院に着いたから降りましょ」

と母が私に声をかけてくれたのだ。


待合室で待っていると


『高橋さん、高橋美咲さん、3番までどうぞ』

小児科のお姉さんの声が聞こえてきた。

私は母と一緒に3番の扉をくぐる

そしてお医者さんと対面し、

「美咲ちゃんお久しぶり、お変わりないかな?」

優しい声で私に質問してくるのは

私のことを担当してくれている五十嵐さん。

生まれつき目が見えず色々対策などをしてくれているとても優しいお医者さん。

「先生、お久しぶりです、」

母が挨拶し、私は俯く。

「それではまた診察していきますね」

先生が私の目や口…

心音などを見て診察していく。

目はやっぱり見えない。

先生は灯りを照らしたらしいけどやっぱり

何も見えない…世界が真っ暗な状態のままだ。


診察が終わり私と母はまた待合室に戻った。


『高橋さん、こちらへどうぞ。』

またお姉さんに呼ばれ私と母は

先生の所へ向かった。

「高橋さん、美咲さんの目は回復する見込みがありません…これは以前も話しました。」

などと今の状態の話、今後どうしていくかの話をいつも通り淡々と口にしていく先生。

「そこで、今までとは違うもう一つの提案があるのですが、どうなさいますか?」

と先生がいきなり口にしたのだ。

内容は手術をするということ。

他の方の目のドナーを使い、目を修復するというものだった。

すると母が

「その手術で美咲は治るのですか?」

「成功率は30%…です。ですが何もしないよりは美咲さんのためにもなるかと思いまして、」

そこからは私じゃ到底理解ができないような内容ばかりが飛び交っていた。

でもはっきりとわかった事は。

・手術の成功率は30%

・失敗したら後遺症が残る可能性がある

という2つだけだった。

母が言った

「お父さんを呼んできてくれる?」

父と母が病室に入って私は待合室にいなさいと

外に出されてしまった。


しばらくして父と母が戻ってきて私に告げた。

「美咲、来週手術を受けよう」と…。


夜。

家に帰り私は部屋に戻った。

私はフランス人形に話しかけた。

「私ね、目が治ったら海が見て見たいの。

家の前に海があるのに私1度も見た事がないの」

などと言う会話をした。


寝る時私は父と母の不安な心情が

少し伝わってきたような気がした。



手術前日

私は病院に入院した。

幸いドナーはもう見つかっていたようだった。

こんなにも淡々に物事が進んでいくのは

私は初めてだった。

手術…っていう言葉は少し苦手だった。

小学6年生の私にとって手術はとても不安で怖いものだった。

先生が私の病室に入ってきた。

「美咲ちゃん、明日手術だけど大丈夫?」

先生は優しく私に訪ねてきた。

だけど何も返すことが出来なかった

なぜなら大丈夫なわけがなかった。

今にも不安と恐怖で押しつぶされそうだったからだ。

「大丈夫、必ず成功させてみせるから!先生を信じて!頑張ろ!」

と言い先生は病室を後にした。

父と母も真剣な顔付きで先生とずっと話していて私との会話は帰る時に明日また来る。と伝えてきただけだった。

その日は不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら眠りについた。



手術当日

父と母が来てまた先生と話している

その顔は真剣な顔付きで少し怖かった。

時間が迫ってくる…

私はお気に入りのフランス人形を抱きながら

大丈夫…大丈夫と自分に言い聞かせた。


手術の時間になった。

私には大きすぎるほどのベッドに横たわり

酸素マスクをつけ私は眠りについた。

手術の時間は4時間。

私は夢を見た。


「…ア………ト…タ………シ…」

誰かが何か言っている。


…ッッ!


目が覚めた…あたりは真っ暗。

私は一瞬にして気づいた。

手術は失敗したんだと。

しばらくして母や父がきた。

手術が失敗してしまったこと、命に別状はないこと、後遺症が残らないこと…

色々話を聞かされた。

私は頭の中が真っ白だった。

何も考えられなくなっていた。




しばらくしていつもの日常に戻った。

私の体にはなんの変化もない。

いつも通りの日常。真っ暗な世界。

心を閉ざしてしまいそうなくらい不安な世界

いつもと同じように母と父の会話を聞いて。

いつもと同じように朝食を食べて学校に行く。


その日の夜また夢を見た。


「…ありがとう。大切にしてくれて。」

「…………………。」


私は何も言葉を発せれない。

何故か分からないけど意識があった。

これは夢っていう意識がはっきりしていた。

なのに言葉を発せれない。

(まって。誰?分からない。)

………。




朝になり眩しい日差しが私の部屋に差し込む

…?

光が見える。目を擦り窓の外を見る。

空や海、花や虫、全てが分かるし見える。

私はまだ信じられなかった。

まだ夢の中にいるのかと。

でもほっぺを抓っても痛みがある。

夢じゃない!

「…美咲?」

母が部屋に入ってくる

「お母さん?私…お母さんの顔が分かる。」

母が涙を流しながら膝から崩れ落ちた。

それと同時に父が部屋に来た

「お父さん…!」

私もまた涙を流し両親に駆け寄った。


ふとフランス人形に目を向けた。





…あれ?このフランス人形。



















「目を閉じた人形だったんだ。」

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「No title」 儚 天祈 @Karin2425

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