怪談【家子さん】

砂上楼閣

第1話〜後悔と断片

【家子さん】

・家子さんは妖怪とも妖精とも言われる存在で、とある儀式を行う事で会うことが出来ます。

・家子さんは忘れてしまった記憶を思い出させてくれたり、悩んでいる事に対する答えやヒントを教えてくれます。

・家子さんは好奇心旺盛ですが恥ずかしがり屋なので、儀式を行う際は部屋を他の人の姿が分からなくなるくらい暗くして、少ない人数で行いましょう。

・家子さんが帰るまで、部屋を明るくしてはいけません。もし、儀式の途中で部屋を明るくしてしまったらーーー。


◇◇◇


『まず部屋を暗くし、部屋の中心に灯りを置きましょう。出来るだけ小さく弱い灯りです。次に目を閉じて集中します。そしてまず始めに家を思い浮かべましょう。より具体的に今あなたの住んでいる家をイメージできたならば、玄関の前に立ちます。そして…』


◇◇◇


重く黒いカーテンを閉め切った視聴覚室は、夕暮れ時ということもあって、目の前に誰が座っているのかも分からないくらいの¨闇¨に満ちていた。


動くものがあればそこに何かいると分かる、けれど動かなければ分からない、そんな不確かさ。


部屋の中央だけがぼんやりと明るく、その僅かな光がより不明確さを際立たせていたのかもしれない。


並べられていた机は壁際に、教室の中央には内側を向いて座れるように椅子が、円を描くように置かれていた。


その円の中心には机が1つ。


机の上には、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい光を灯すペンライトが一つ。


暗幕で光を遮られた室内は、外灯に照らされた塾の帰り道とは違った怖さがある。


自分の息遣いが、妙に響くような、そんな感覚があった。


「それじゃあ、準備はいい?って言っても、まずは目を閉じるだけなんだけどね」


どこか興奮を抑えたようにA子の声は小さくて、けれど狭い室内によく響いた。


私たちはこれから、とある怪談の儀式を行う。


それは¨家子さん¨と呼ばれる存在に会うための儀式…


…………。


始まりは昼休み、A子の話題からだった。


今時珍しい、深夜ラジオで聴いたという怖い話や都市伝説について。


初夏ということもあって、本格的な夏が来る前に、話題になる怪談ネタを探していたのだと言う。


夏が来る前に、なんて言いながらそのネタを話してしまうところがA子らしい。


A子は真っ直ぐで素直で、ちょっと天然で、悪く言えば好奇心の強い子供みたいな子。


もちろん高校生なんてまだ子供だけど、A子は変にすれたりしてなくて、男女問わず話に入っていける子だった。


そんなA子の純粋さに、私はなんやかんや憧れとか、好意を持っていたわけだけど、この時ばかりはちょっとだけ勘弁してほしかった。


おまじないだとか、占いとかは結構好きだけれど、ホラーは正直苦手だったから。


まぁ元を辿れば女子が好きそうなそう言ったものも起源はホラー寄り、というか普通に怖い話に繋がっていたりするんだけど。


けれど楽しそうなA子に悪くて、この話題はやめよう、とは言い出せなかった。


内容もそこまで怖いものじゃなかったし、あまり真剣に聞かないように適当に頷いておいた。


A子は今時の話から、親の世代の古い話をスマホで詳細を調べたりしながら面白おかしく話していた。


そして昼休みもあと数分で終わるくらいに見つけてしまったのだ。


とある霊的スポットや伝承、霊についてまとめられた、あのサイトを…


…………。


一言で言えば雰囲気のある、悪く言えば悪趣味なおどろおどろしいホームページ。


実にうさん臭い。


そんな¨いかにも¨なサイトに、A子が食い付かないわけがなかった。


A子はいつだって好奇心旺盛で、気になった事はなんでもやりたがるから。


この時も、サイトに載っていた内容に興味を示し、「これ面白そう!やろうよ!」の一言で始まったのだ。


そして……


閉ざされた視聴覚室に、A子の声が小さく響く。


「じゃあみんな、目を閉じて…」


…………。


ほんと、今から思えば、だけど。


あの時ばかりは本気で止めておくべきだった。


もちろん、それは今更だから言えること。


後に悔いるから後悔なんだから。


その時は私自身もちょっと面白そうだなんて思っていたから、止められるはずもなかったけれど。


あの時は、家に帰らないでいい理由があれば何でもよかった。


けれど、何でもよかったにしても、何でもはよくなかった。


知っていたら、止めていた。


知らないからこそやってしまった。


人は足元に穴があると知っていれば立ち止まるなり、避ける事はできるけど。


そこに蓋がされていたら気にしない、意識しない、気付かない。


踏み出してしまう。


ましてや目の前に面白そうなものがあれば、足元なんていちいち確認しない。


それに…


やっちゃいけないこと、危なそうな雰囲気、ちょっとしたスリル…


A子じゃなくても、年頃の子たちにとってそれは一種の憧れにも似た魅力を持っているのだから。


多少の穴なんて飛び越えてでも進んでしまう。


その穴がどこまでも、どこまでも、際限のない底無しの穴だったとしても。


穴の中からいつでも手を伸ばし、飛び越えようとする人の足を掴もうとする存在がいたとしても。


知らなければ、人は畏れないのだから。


…………。


「いい?最後まで目は開いちゃダメだからね」


下校時刻も迫る中、視聴覚室に忍び込んだ私たちは手早く机をどけて、雰囲気作りのためにカーテンを閉めて、部屋を暗くした。


できればローソクがあったらなぁ、なんてA子は言っていたけれど、さすがにそんなものはないし、見つかったら怒られる。


家に連絡だって行くだろうし、不良のレッテルを貼られたりしたら最悪だ。


あの人たちに面と向かって、分かりきったことを一から説教されるなんて考えただけで嫌になる。


机を移動したりして、部屋の電灯を消した頃には何人か視聴覚室の中に加わっていた。


そして儀式が始まった時には私たち以外も椅子に座っていて、どことなく浮ついたような、緊張したような、不思議な雰囲気があった。


A子は友好関係も広く、この手の話が好きな子にも何人か声をかけたと言っていた。


なんとなく、私の知り合いはいない気がした。


今更明かりを付けるのも変だし、今の雰囲気を壊すのが憚られたから、誰が参加したのかは分からなかった。


ペンライトの灯りを頼りに、なんとかシルエットは分かるし、声も聞いたけど、私と仲のいい子はいないみたいだった。


「……まず、目を閉じて、自分の家を思い浮かべて。出来るだけ具体的にね」


雰囲気を作ろうとしてか、A子は囁くようにそう呟いた。


A子は私の向かい側の椅子に座ってる。


私はA子の声に従って、目を瞑り、家を想像する。


この時私は、今住んでいる家ではなく、昔住んでいた家を思い浮かべていた。


塀に囲まれた、二階建ての家。


お父さんとお母さん、おばあちゃんと弟の住んでいた家。


懐かしくて、今はもうない、私の家。


「そうしたら、ドアの前に立って、扉を開けて…」


◇◇◇


『玄関の扉を開けて、中に入りましょう。そして近くにある窓から順番に、窓を開けていきます。一階が終わったら二階、三階…。順番に全ての窓を開けていきましょう。その間、決して目を開いてはいけません。もし、途中で自分以外の誰かに会ったら…』


◇◇◇


私は想像の中で家の前に立った。


最近だとちょっと見ない、スライドして開ける、すりガラスの扉。


扉の前に誰かが来たらシルエットで一目でわかる、ガラガラとキュルキュルの間くらいの音を立てて開く扉。


玄関で誰かが帰ってくるのがシルエットで見えたら飛んでいって、鍵を開けて「おかえり!」って言うのが日課だった…


「……いい?」


不意に、A子の声が耳に飛び込んでくる。


ほんの数秒程度、ぼーっとしていたみたい。


「家に入って、最初の窓を開くの」


玄関に入ってすぐ横にある取っ手のある窓を開く、イメージをする。


横に開くんじゃなくて、上に押し上げるタイプのガラス窓…


「その窓を開いたら、その近くの窓も開いて。それをどんどん繰り返していくの」


靴を脱いで玄関を上がって、そこから順に、近くの窓を開けていく。


自分の部屋の窓を、リビングの窓を、お風呂場の窓を、トイレの窓を……次々と窓を開けていく。


最後に仏壇のある部屋の窓を開けたら、もう閉じている窓は無くなった。


確か、これで一階の窓は全部のはず。


「一階の窓を全部開け終わったら、2階も同じようにしてね。順番に、近くの窓から。3階とか他にも窓があるなら近い順に全部ね」


二階の窓も全部…。


少し急な、手すりの付いた階段を上がっていく。


2階の廊下の窓を開けて、寝室の窓を開けて、そして…


そうだ、普段は入らない納戸もあった。


次は…


…………。


こんなお遊びでも、真面目に思い出しながら窓を開けていく。


思い出の中の家を思い出すために。


柱に刻まれた傷、歩くと少しだけ軋む床、端っこだけ破れた障子、脱衣所の天井にあるシミ…


もう無くなってしまった、思い出の詰まった家。


もういなくなってしまった、思い出の中の家…


…………。


そこで不意に、昔お父さんと一緒に覗き込んだ屋根裏を思い出した。


真っ暗で窓もなく、天井の張りだけの空間。


そこには窓はないけど…


お父さんとの思い出に紐付けられて、想像の中の私は納戸の扉を開いていた。


屋根裏には、納戸から行くことができた。


普段人の入らない、無人の部屋特有のスンとした空気。


私はしまわれていた脚立を使って、天井付近にある、屋根裏への入り口へと登っていく。


ギシギシと軋む脚立と、想像の中の私の息遣いが妙に響いていた。


真っ暗な、屋根裏の空間を覗き込む。


あの時はライトで照らして見たんだっけ。


けれど、想像の中の私が屋根裏を覗き込むと、うっすらと輪郭が浮かび上がってきた。


剥き出しの梁と柱、積もった埃…


同じ家の中なのに、壁などが覆われてないだけで、まるでそこだけ別の建物の中のように感じてしまう場所。


家の骨組みだけしかない、そんな…


「……ぇ?」


何もない、なかったはずの、その場所に。


気付けば黒い何かがあった。


自分の想像のはずなのに、思い出の中には無かった何かが、いた。


その場の雰囲気のせいか、想像の中の天井裏には、張りの上に四つん這いになるようにして、真っ黒な人影が…


まるで黒焦げの焼死体のように黒々とした、けれど、けれどその目だけは…


なぜかそこだけは生き生きと、生々しい目だけは、まっすぐこちらを…


…………。


『…め、思い……たら、今度は……しが…され…』


…………。


変な想像をしてしまった。


思わず目を開けそうになって、けれど目の前に想像の中の黒い人影が覗き込んでいるような気がして、頭を振って変な妄想を振り払う。


「みんな、家の窓は全部開けた?まだ目は開けないでね」


そのタイミングでA子の声がした。


「そしたら今度は逆順に、窓を閉めていくの」


私は改めて想像する。


黒い人影なんていない。


もう、私の家には誰もいない。


……えっと、どんな順番だっけ?


近い順に開けたとはいえ、部屋が変われば遠くなるし、最短距離で回れたわけでもない。


私は思い出しながら、想像の中で窓を閉めていった。


二階の窓を閉めて、階段を降りて、一階の窓も閉めていく。


途中、子供部屋の窓辺に飾ってあった、白い犬のぬいぐるみを思い出した。


お気に入りだったのに、気が付けばどこかに行ってしまった、今なら片手に乗るくらいのぬいぐるみ。


どこかにしまったまま忘れてしまったのだろうか。


だとしたら、家と一緒に、燃えてしまったのか。


思い出の中のぬいぐるみに、そっと、「ごめんね」と呟いた。


◇◇◇


『全ての窓を開け終わったら、次は逆順に、全ての窓を閉めていって下さい。閉め終わったら最後に玄関から外に出て、扉も閉めましょう。もし、その最中に自分以外の誰かに会っても、決して話しかけたりしてはいけません。ついて行ってもいけません。現実で目を開けることは決してしてはいけません。家の中から何かを持ち出してもいけません。もし、…』


◇◇◇


「みんな、家の窓は全部閉め終わったね?一つ残らずだよ」


どうにか思い出せる順番で、全ての窓を閉め終えた。


「じゃあ最後に、玄関から出て、しっかり扉を閉じて」


靴を履いて、外に出る。


玄関を出ると、庭に柿の木が2本、生えている。


振り返って扉を閉める。


ガラガラとキュルキュルの間くらいの音を立てて扉が閉じる。


私はポケットから鍵を取り出して、鍵を閉めた。


「はい、もう目を開けても大丈夫」


私は目を開けた。


…………。


ずっと暗闇で目を閉じていた私の目に、ペンライトの弱々しい光が飛び込んできて、眩んだ。


さっきよりも視界がぼやけていて、現実が曖昧になったような、長い夢から覚めたばかりのような、不思議な感じがした。


ペンライト越しに正面に座っているはずのA子の声が、どうしてだか、真横から聞こえた気がした。


「窓を開けて回ってる最中に、家の中で自分以外の誰かに会ったりした?」


心臓が、小さく跳ねた。


黒い人影と、白目の中に浮かぶ黒々とした瞳がフラッシュバックする。


「窓を閉める時、開けた時になかったものとかあった?誰かいて、話しかけられたりした?それとも話しかけた?」


また、心臓が少しだけ跳ねる。


ペンライトで眩んだ視界に、白いぬいぐるみがチラついた気がした。


「ねぇ、教えて?」


一体何を?


「家の中には誰がいたの?」


右から囁くように聞かれる。


分からない……あの人の正体なんて、知りたくもない。


「そのぬいぐるみは本当に無くしたの?それ以来見かけた事はない?」


今度は正面から。


いやだ、思い出したくない。


あの人の部屋の押し入れにあった、小さな白いぬいぐるみの目が頭に浮かぶ。


あれは、そう…


「どうして今のお家じゃなくて、昔の燃えちゃった家を思い浮かべたのかな?」


今度は左側、すぐ耳元で。


それは、それは、今の家は、本当の私の家じゃ…


「その人はなんで屋根裏にいたんだろうね?」


そんなのわかる訳がない、思い出したくない!


「本当は、気付いてるんだよね?お家が火事になったのは、ガス栓の閉め忘れなんかじゃなくて、誰かが火をつけたんだって」


右から、正面から、左から、すぐ真後ろから。


A子の声が私を追い詰める。


知らない、知らない、知らない!


私はその時家にはいなかった!


お母さんと一緒に、あの人と…


お父さんには内緒で…


「あの人は、随分と慌ててお店に来たよね。それに、繋いだ手から少し変な臭いがしたよね。ねぇ、いつからあの人の顔を見てないの?初めて会った日から、きちんと目を合わせたことはある?」


そんなの知らない!覚えてない!


私の中で、想像の中の黒い人影と、あの人の姿が重なっていく。


いつも感じていた視線、ふと寝室で天井を見上げた時、部屋の隅に空いた小さな穴を見つけ、その先に…


「いいの?気付かないふり、見なかったふりを続けてて。このままだと、きっと「やめて!」」


…………。


私はいつの間にか立ち上がって、叫んでいた。


戸惑った様子のA子の声がしたけれど、そんな事はどうでもよかった。


まるで至る所にあの黒い影がいるようで。


半ば無意識に、ふらつく足で小走りに、部屋の電灯のスイッチの元へと向かう。


途中机と椅子にぶつかって倒して、騒々しい音を撒き散らすけれど、そんなことよりもまず、とにかく明かりが欲しかった。


パッと明かりのついた視聴覚室には、倒れた椅子と机。


床に転がるペンライト、突然の明かりに顔をしかめるA子と、そして…


私は叫んだ。


何を言葉にしたのか、きちんと意味のある言葉だったのか、そもそもちゃんと声にできていたのかも分からない。


とにかく叫んだ。


私の脳裏に、黒い人影と、瞳と、白いぬいぐるみが浮かび上がって、混ざり合って、ぐちゃぐちゃになる。


叫んで、叫んで、気が付けば、誰かに押さえつけられていた。


誰?誰?誰?


やめて!


私は叫び続けて、気が付けば、意識を失っていた。


◇◇◇


『儀式を終える時には、少しずつ部屋を明るくしていきましょう。もしくは「今日はありがとう。さようなら」と言ってから部屋を明るくします。儀式の最中の出来事は、一緒に儀式を行った人以外には口外してはいけません』


◇◇◇


知りたくなかった


知らなければ人は踏み出すことができる。


知ってしまえば、簡単には踏み出すことなんてできはしない。


思い出したくなかった。


忘れたままなら、目を逸らし続けられたのに。


私の家を燃やし、私の家族を奪った相手は、私の…

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