第38話 決断の時

 ナナシの部屋を出て、夫妻の寝室を抜け――再びリビングへと戻ってきた、エルスとアリサ。部屋の中央にある大きなテーブルにはカルミドが着き、マイナがお茶の準備をしていた。エルスたちに気づいたマイナは、食器類をテーブルに置く。


 「あら、おかえりなさい。あの子と仲良くなってくれたのね?」

 「ずいぶんと、楽しそうな声が聞こえていたな」


 カルミド夫妻は、まるで我が子の友人に話しかけるように言い、二人揃って嬉しそうな笑顔を浮かべる。


 「はいッ! なんかナナシと話してると楽しくてさ、つい長居しちまったぜ」

 「えっ、ナナシ? あの子、名前を思い出したのね?」


 「いえ、違うんですマイナさん。実は……」

 アリサは二人に、ナナシとのやり取りを簡潔に説明する――。


 「そうだったの。ふふっ、本人が喜んでいるなら、それも良いかもね」

 「本当の名前、思い出せるといいんですけどね」

 「まぁ、そうだけどなッ! 焦っても仕方ねェさ」


 エルスの言葉に、カルミドもゆっくりと頷く。心なしか夫妻の表情も、以前よりも明るくなったように感じる。



 「それじゃ、俺たちはそろそろ帰るぜッ! 外で仲間が待ってるんで!」

 「あら、そうだったの? 引き留めてごめんなさいね?」

 「こちらこそ、長い間お邪魔してすみません」


 アリサは夫妻に、深々とお辞儀をする。

 エルスはすでに、玄関の方へ向かってしまったようだ。


 「今度はゆっくり遊びにいらしてね。みんなで食事でも」

 「そうだな。またおいで」

 「わぁ、ありがとうございますっ! それでは失礼しますね」


 笑顔で礼を言い、アリサは彼のあとを追う。扉の前で待っていたエルスは彼女に微笑み、ドアノブに手をかけた。


 「よしッ、行くか――ッ!」



 二人が外へ出ると、もう霧が間近に迫っていた。まちなかと違い、ここは広々とした農地のせいか、霧の境界線がよくわかる。


 「すっかり待たせちまった。ニセルに謝らねェとな」

 「そうだね。エルスが怒られないといいけど……」


 「――なんで俺だけなんだよッ!」


 アリサと軽口を叩きあい、エルスは周囲を見渡す。家の正面に開けた農道には、ニセルの姿はない。左手側は自分たちがここまで歩いてきた長い農道。右手側にはさらに伸びる農道の他、途中で奥の林へ続く林道に分かれているのが見える。


 それらを観察していると、不意に斜め後ろ――家の裏手側から声がした。


 「よう、おかえり」


 「おッ、ニセル!――すまねェ、つい長居しちまった。待たせたな」

 「ごめんなさい、ニセルさん。エルスが『すぐ戻る』って言ったのに、ずっと待たせちゃって」


 「ふっ、かまわんさ。オレも片づけたい用事があったんでな。ころいも丁度いい」


 天上の太陽ソルには薄いもやが掛かり、その光がさえぎられようとしている。ニセルは真っ直ぐに、右手側の林道をさした。


 「あの林道――目的地は、その先だ。おそらく間違いないだろう」


 「わざわざ調べてきてくれたのか? 何から何まで、すまねェな……」

 「なぁに、それがオレの得意分野なんでね。――さっ、行くか」

 「あッ……、ああ……。そうだ、俺たちの本当の依頼は、これからなんだ……」


 さきほどまでの和やかなひと時で忘れかけていたが――本来の依頼内容は、盗賊団の討伐。魔物相手ではない、戦う相手は自分たちと同じにんげんだ。


 殺し合いになる。人を斬る覚悟はあるか?

 エルスは、ニセルの言葉を思い出す――。


 「……覚悟は……。ああ、出来てるさ……」

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