第36話 傷ついた心と進み続ける意志

 招き入れられた部屋はベッドが二つと、小さなテーブルや簡素な家具が置かれた寝室だった。ベッドの片側ではカルミドが上半身を起こし、小さな写真立てを見つめていた。


 「おお、客人とは君たちだったか……」


 カルミドはエルスたちを見るや、写真立てをサイドテーブルに置く。昨日、戦場で出会った時と違い、今日は彼の表情も穏やかに感じる。


 「こんにちは、カルミドさんっ。もしかして、昨日のケガがまだ?」

 「ハッハッ。傷は完全に癒えたが、まだ体力がな……。歳は取りたくないものだ」


 そう言ってカルミドは、ちょう気味に笑う。エルスは彼とカダンが同い歳だという話を思い出したが、それは口にしないことにした。ドワーフ族は特に、男女で外見の老化速度が大きく異なる種族なのだ。


 「そういえば、私に届け物とは……?」

 「そうそう! そのために来たんだったぜッ!」


 エルスは小さな革袋を取り出し、カルミドに差し出す。

 「――ほいッ! 団長から、カルミドさんに報酬だってさ!」


 「むむ、そのために……。君たちにも迷惑をかけたな……」

 カルミドは申し訳なさそうに頭を下げ、丁重に革袋を受け取った。


 「気にしないでくれよ! こっちに来る依頼のついでに頼まれただけだしさ!」


 エルスは無邪気な笑顔をみせる。

 ――彼の少し後ろで、アリサもにっこりと微笑んだ。


 「受け入れるべきだと……わかってはいるのだが……」


 カルミドは呟くように言い、革袋を写真立ての隣に置く。

 そして、ゆっくりと写真の向きを二人の方へ傾けた。


 「ケイン。息子だ……」

 「あっ、さっき見た写真の……」


 写真の中では、黒髪の青年が歯を見せながら笑っている。こちらでは鎧ではなく農作業着姿だが、農具をまるで武器のように構えている。


 「誰に似たのか、血の気が多い子でな……。そして優しい子だった」

 「だから――えっと、自警団に入ったんですか?」

 「うむ……。私も妻も止めなかった。きっと、本人にとって天職なのだろう――とな……」


 自警団の一員となったケインは積極的に任務に参加し、みるみる頭角を現していったという。そしてある日、当時の自警団長直々の命令で、団長ら数人と共に精鋭部隊の一人として〝極秘任務〟に向かったとのことだ。


 「――だが、帰って来なかった。その任務へ向かった者は、誰一人な……」


 「えッ……。全滅したのか? そんなヤベェ任務までやってたのか? あの自警団って……」

 「なんだか怖いね」


 当時の副団長だったカダンは、団長代理として通常のファスティア警護に当たっていた。しかし、精鋭部隊が長らく消息を絶ったことで、団員らからの強い支持によって、新たな団長に選ばれたのだ。


 「ああ……。だが、今の団長――カダン君に代わってからは、実に良くやっていると思う……」


 「んー。あんな調子だけど、団長ッて苦労してそうだったモンなぁ」

 「だねぇ。いつも髪の毛ボサボサだし」

 「あれ、そのうちハゲちまいそうだよなぁ……」


 カダンがエルスへの依頼をちゅうちょしたり、口癖のように「街や人命を最優先に!」と言っていたのは、こうしたいきさつがあったゆえか――。


 「ケインは望んで任務に参加した。自警団かれらのせいではない。そう理解しては、いるのだが……」


 「無理もねェよ。俺やアリサだって、親を魔王に殺された。今だって、魔王を倒すために旅をしてるんだしさ」

 「そうか……。君らも家族を……」


 エルスの言葉に、カルミドはどこか申し訳なさそうに顔を伏せる――

 対して、エルスはアリサの方を向き、明るい笑顔と共に気合いを入れ直す。


 「まッ――そのためにはもっと稼いで、もっと強くならないとだけどなッ!」

 「そうだね。少しずつでも頑張ろっ」


 「君たちは――悲しみを力に変えて乗り越えたのか……。若いのに立派だ」


 「へッ?――おッ、おう! いつかは絶対、なんとかしてやる――ってなッ!」

 「……ありがとう。どうやら私も、覚悟を決める時が訪れたようだ」


 カルミドは写真立てを元に戻し、小さく微笑む。その優しげな顔は、同じドワーフ族であるアリサの祖父を思い出させる。彼も今、亡き娘夫婦が暮らした家で、アリサたちの無事を祈っていることだろう――。



 「あっ、そういえば。マイナさんから『あの子に会って欲しい』って言われたんですけど……」

 「おお、そうか!」


 アリサの言葉を聞いたカルミドは嬉しそうに言い、寝室の奥にある扉をさす。

 「――彼ならその奥だ。ぜひ、会ってくれるかな……?」


 少しばかり長居しすぎている気もするが――夫婦揃って頼まれたからには、断るのも気が引けてしまう。エルスたちは頷き、二人の願い通り〝彼〟と対面するのだった――。

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