7話 Camellia
エレベーターが最上階に着くと、啓太は蓮陽に扉を開けて待つように言い残し、1人右の曲がり角の奥へ走っていった。
どうやら最上階も部屋は一つしかないようなのだが、入室するためには円を描くように二手に分かれている長い廊下をぐるりと回り込まなければいけない。
(まさか啓太さん一人でなんとかするつもりなんじゃ……)
啓太はなまじ能力が高いので、一人で沢山の事を背負い込めるが、今回の事件は銃が絡んでいる。
今朝の不安が胸に起こる。
やはり自分も行くべきか、そう思った時、啓太が何食わぬ顔をして左の曲がり角から出てきた。
……6、7人ののびた男達を引き摺って。
「え……っと!?その人達は?」
「組長室の番人だ。十中八九いると思ったんだ。エレベーターに乗せて一階に送るぞ」
男達は皆、腹部に手を当てて呻いている。
啓太の蹴り技をまともにくらったのだろう。
蓮陽は無抵抗の大男をやっとの思いでエレベーターに乗せる。すると、男の一人の胸ポケットから拳銃が落ちた。
先程、蓮陽のこめかみに当てられた物と同じオートマチック。
それを見る啓太の視線に蓮陽は強烈な違和感を感じた。
前の事件では銃を見ただけで、激しい感情をむき出しにしていた。なのに、今は変に落ち着いている。
そうか、と蓮陽は気がついた。
前の事件は
エレベーターを送り出し二人は黒幕の待つ部屋へと向かった。
部屋へと続く道は窓一つない灰色の壁で、下が黒いカーペットなのと相まって気味の悪い圧迫感がある。
終点はすぐに気がついた。扉の赤と真鍮のドアノブがこの空間のせいでやけに鮮やかに目に飛び込んでくる。
啓太は蓮陽の前に立ち、ドアノブを回しそっと扉を開け放つ。
また重低音がした。蓮陽は啓太の腕をひく。
わかっていると言うように啓太は扉の前には決して立たなかった。
銃声が鳴る。
弾丸は空をきり、灰の壁にめり込んだ。
馬鹿正直に開けていたら、確実に心臓を貫いていただろう。
「ここはもう包囲されている。大人しく降伏しろ」
「……ずいぶんと早い」
姿は見えない。だが、聞こえてきたその声は低く艶があり、組織を束ねるにふさわしいカリスマ性を感じさせるものだった。
「部下がシメたあの男か……表向きの社長が開いた宴か……どっちからわかったんだ?」
「「……」」
「そう警戒するな。今のは挨拶がわりの軽い弾だ。もっと面白いものを見せてやろう」
啓太は蓮陽に確認を取る。重低音がしない事を合図すると、警戒心はそのままに剣菱組の頭と対峙した。
ダークブラウンのデスクに腰掛けている剣菱の顔は、部屋上部の天窓から降り注ぐ西日で影に隠れている。
薪を焚べた暖炉の火の音だけが両者の間に響く。
2人の姿を頭から爪先まで悠々と身終えると、剣菱の口角は不気味に歪な弧を描いた。左手でスーツの胸ポケットの中の物を取り出す。
瞬間、啓太のまとう雰囲気が変わった。
薄い唇から声にならない声が漏れ出る。
「っ……」
「啓太さん……」
ふと横を見た蓮陽は声を失った。
同時に、今までとは比べ物にならないほど恐ろしい感覚が身体中を駆け巡る。
啓太の瞳には怯える蓮陽のことなど見えていない。虚の中に激しい怒りを宿し、ただそれだけを見ていた。
「ナガンM1895……国内で仕入れているのはうちだけだ」
剣菱が愛おしそうに触れるほど啓太の怒気はより激しく色濃く表面に現れる。
「……れだ」
微かに聞こえたざらりと荒れた声。次の瞬間抑圧していた物を爆発させるかのように啓太は吠えた。
「誰に売った……その銃……っ」
「顧客名簿はここに」
剣菱はデスクから一枚の紙を取り出す。そして、それを暖炉に焚べた。
「……っ!」
「あぁ……残念」
紙は見る見るうちに炎の中に消えて行く。
くつくつと肩を震わせて嘲笑う剣菱には見えていなかった。
「……ふざけんじゃねぇ」
震えた声が耳に届く。
優越に溺れていた鈍感者はようやく気がついたらしい。
目の前に対峙している男が怒りのあまり震えているということに。
剣菱はひけた腰で銃口を向けた。
だが、啓太が臆することは無い。
いいや、彼には何も見えていない。
「……お前がっ……!お前のせいで……っ!!」
「来るな……来るな……っ!!」
情け無い声を上げながら剣菱は発砲した。
弾は狙いの心臓からは大きく外れ、啓太の腕に
「啓太さん!!」
相棒の声はもう届かない。
自身の血を被った啓太は剣菱に蹴りを入れ押し倒し、馬乗りになってひたすらに殴った。
西日を背負い黒いシルエットだけが動く。
人ではない凶暴な怪物を見ているかのような心地がして蓮陽は足が震えた。けれど、蓮陽は啓太の腕を掴む。
恐怖に打ち勝つのはただ一つの思い。
自分が啓太の相棒だからというそのたった一つの思いだけで蓮陽は飛び出した。
だが、圧倒的な力の差は奇跡が起きようと、どんなに願おうと逆転しない。
突き飛ばされ地に落ちる。
それでも何度でも呼びかけ、何度でもその手を掴んだ。
だが、何度目かの干渉の際に蓮陽は突き飛ばされた後、後頭部を床に打ちつけ、そのまま意識が飛んでしまう。
「けい、た……さん……」
蓮陽の声は未だ届かず空に消えていった。
────────────────────
ヘッドセットから異常を察知していた四葩と幾仁が最上階へ辿り着いたのは、蓮陽が気絶したすぐあとだった。
幾仁は蓮陽のもとに駆け寄り、四葩は啓太の体を抑える。
「啓太!!」
何をしている。そう二の句を継ごうと思っていた四葩だったが、啓太の顔を見て何も言えなくなった。
もう剣菱のものか自身のものかわからないほど血まみれになった啓太の顔には、大粒の涙がとめどなく流れていた。
「……どう、して」
啓太の体から一切の力が抜けるのがわかった。
四葩の腕からずり落ち膝をつく。
肩が小刻みに震え、声を上げて子供のように泣いた。
何が起きているのかわからず、四葩はその場に立ち尽くす。
見かねた幾仁が蓮陽を背負ったまま、浅い呼吸を繰り返す剣菱の元へしゃがみ込んだ。
「……
こうして自警団U……一年目最後の事件が終幕を迎えた。
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