第16話 奉仕の理由


 壊れることを前提に納品の早い家具を選んで、店を出る。細部にまでこだわらなかったので、思いのほか早く用事を済ませてしまった。

 今日一日お休みをいただいているから、だいぶ時間があまっている。どうしたものかと、青く晴れ渡った空を見上げる。


「そういえば、あなたはジルの弟子になってもうすぐ四年でしたよね」


 不意にノエルに聞かれ、頷いて返す。

 王立魔術学院の入学権をアニエスに譲った私の前にジルが現れ、彼の弟子になった。それが三年と少し前。もうすぐ、というにはあと半年以上あるので微妙なところだけど、まあ間違ってはいない。


「成果を得られそうな研究材料は見つかりましたか?」


 それは、国が魔術師と認めるに値するほどの何かが見つかったか、という問いかけ。

 三年という月日はけっして短いものではない。学院に入学し、卒業するのにも三年かかる。だけど魔術師になるには、短い。

 私よりも長く魔術師の弟子をしているアンリ殿下も、成果を得てはいない。彼に関しては、そもそも王太子であって魔術師を目指しているわけではない、というのもあると思うけど。


「……一応、研究しているものはありますが……実用にはほど遠いです」


 研究テーマは決まっている。だけど、実際に運用するには時間も工夫も材料も、何もかもが足りていない。


「もしよければ見せていただいても? 若輩ではありますが、助言ぐらいはできるかもしれないので」

「それは……もう少し研究が進んでからでもよろしいでしょうか。他の方に指示を仰いだとなると、ジルが拗ねそうですし」


 私という素晴らしい師匠がいるのに何が不満なんだい? そう問い詰めてくるジルの姿が容易に想像できる。

 苦笑を浮かべながら言うと、ノエルがなるほど、と頷いた。


「何を研究しているかぐらいは聞いてもいいですか?」

「それはもちろん……でも本当に、まだまだなので、聞いても呆れないでくださいね?」

「あなたのすることに呆れることはありませんよ」

「……魔物の探知、探索ができるものを作れないか、と色々調べています」


 真顔で言うノエルに、少し悩みながら自身の研究テーマを口にする。

 魔物は神出鬼没で、危ういとなればすぐ逃げる。しかも逃げた先で力をつけ、より強大になるかもしれないので、魔物を見つけられる装置を作れれば国に認められるだろう。


 だけど、そんなものが本当に作れるのなら、すでに誰かが作っている。


「魔物は個体ごとに作りが違うので……何を基準にすればいいのか、模索している段階で……」


 魔物が魔物と呼ばれるのは、普通の動物よりも多くの魔力を帯びているからだ。

 だから最初は魔力に反応するように装置を作った。だけど、魔力は大なり小なりどこにでもある。人にも動物にも、魔道具にも。


 その中から魔物だけを特定するのは難しく、なら魔力以外で何かないかと文献をあさったりしている段階だ。


「ジルに討伐した魔物を持って帰ってもらえないが頼んではみたのですが……さすがに肉片ではどうにもらなず……かといって繊細な仕事を頼むのも難しいですし」


 魔物には尋常じゃない再生能力を持つ個体もいる。真っ二つ程度では死なない個体もいる。

 だからジルは、とりあえず粉々にする。それで再生したり動かなければ死んだとみなすし、動いたらさらに燃やして灰にする。今のところ、灰から再生した魔物はいない。


 理に適った行動ではあるので、もう少し丁寧にとお願いするのは難しい。丁寧にした結果、魔物が再生して被害が広がったら元も子もない。


「なるほど。たしかに……ジルが受ける依頼では難しいですね。自ら依頼を受ける気は?」

「魔術師の弟子に依頼する人はいませんよ」


 アンリ殿下は調査に赴きはするけど、討伐までは担っていない。弱い個体であれば兵の派遣を促し、兵ではどうにもならなければ魔術の塔に依頼することを提案する。

 領主もできる限り金をかけたくはないので、調査依頼からはじめ、必要であれば討伐も依頼してくる。

 そこでわざわざ魔術師の弟子でもいいからと依頼する人はいない。討伐するのなら一度でさくっと終わらせて、余計な出費を控えたいと考える。


「それでは……僕にできることがあれば言ってくださいね。いつでも協力しますので」

「それは、ありがたいのですが……」


 師匠以外の協力が得られるのは――ジルがすねるのを抜きにすれば――弟子としてはとてもありがたいことだ。

 それはわかっているけど、どうしても納得しきれない。ノエルの目から視線を外さず、抱いた疑問を口にする。


「……どうしてそこまでして、私のために動こうとするのですか?」


 結婚祝い、ではないけど祝いに用意してくれた星空に、家に、協力の約束。どれも見返りは求められていない。

 数年前に私と会い、好きになったのだと彼は言っていた。だけど私の中に、ノエルと出会った記憶はない。

 だからつまり、ひと目惚れとか、そういう類いなのだと思う。でもひと目惚れでそこまで思いを募らせられるものなのだろうか。


「あなたが喜ぶと僕も嬉しいからですよ」

「いえ、そうではなく……どうしてそこまで好いてくださるのか、不思議でならないんです」


 塔で出会ってからは、事務的なやり取りしかしたことがなくて、趣味とかを聞いたのは求婚した時がはじめてだった。

 親しいやり取りもほとんどない。というか、ノエルはこの調子なので求婚した時のように事務的な返ししかしてこなかった。


「私のことを、どうしてノエルは……好きなんですか?」


 じっと、水色の瞳が私を見つめる。そうして小さく首を傾げた。


「好きになることに理由がいりますか?」

「どこが好きとか、そういうのはあると思います」

「強いてあげるのなら、全部ですかね。あなたの髪も目も肌も頭のてっぺんから足の先まで。そして内面も……ジルに振り回されながらも楽しそうにしている胆力や突拍子もなく求婚してきた奇天烈さも好ましく思っていますよ」


 眉ひとつ動かさず語るノエルに、頬に熱が集まる。

 聞いたのは私だけど、だけど、まさか全部と返ってくるとは思っていなかった。内面のほうは褒め言葉なのか悩むところだけど、それでも好ましいと思ってくれていることに変わりはないわけで。


「あなたのどこが素晴らしいのかを語るには、ここは適切ではありませんね。二人になれる場所でなら、あなたが満足するまで愛の言葉を捧げますよ」


 優しく握りこまれた手が、彼の口元まで運ばれる。指先に落ちた柔らかな口づけに、表情筋が保てそうにない。

 照れやら恥ずかしさやらがまざり、羞恥をごまかすための笑みを浮かべそうになるけど、今この状況ではにやけ面にしかならない。それを瞬時に察知して、口元に力をこめる。


「ああ、そういえば。家具を見に行く前に家の内装を確認するべきでしたね。今からでも見に行きますか?」

「いえ、今は、ちょっと」


 この話の流れで家――二人きりになれる場所は、なんか色々と危険だ。何がと具体的には言えないけど、危険だ。


「そうですか。ではまた後日誘いますね。ならそろそろ塔に戻りますか。ジルが脱走を試みる頃合いだと思うので」


 こくこくと全力で頷く。握られた手はそのままに、ノエルが馬車に呼んだ。

 このまま手を繋いだままなのかと思ったけど、さすがにそんなことはなく、向かい合うように座る時には、それぞれの膝の上で落ち着いていた。

 水色の瞳がいつものように窓の外に向く。その横顔を観察するように見つめるが、やはりいつも通りだ。頬には赤みひとつさしていない。


 あれで、ノエルにとっては平常運転だということなのだろう。

 いつも事務的で、どんな被害を見ても顔色ひとつ変えない姿を見て、婚姻という名の契約を持ちかけた。


 だから、これでなんの問題もないはずなのに、彼の表情がまったく動かないことを少しだけ、寂しく思ってしまう。


 私が羞恥に殺されそうになっている十分の一でいいから、ノエルの顔に変化が生じればいいのにと、思ってしまう。

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