第2話 兄弟子と妹弟子
豪華な馬車が二台連れ立って王城に到着する。
一台目にはアニエスとクロード。二台目には、私だけ。
そしてそのまま、アニエスはクロードの手をとって会場に入っていく。その後ろを、私はうんざりとした気持ちで歩く。
会場に入ると、当然のようにざわめきが起きた。
クロードのエスコート相手がこれまでと違い、しかも私は誰にもエスコートされていない。
そんな異常さに、会場にいた人たちの視線がこちらに集中したのを感じる。
輝くようなドレスで彩られた会場で、私は一人立ちつくす。
ちらちらと送られる視線は、私にアニエス――ついでにクロード――の間を行き来する。
「どうして今日は」
「アニエス嬢とですもの、しかたないのでは」
ひそひそと聞こえる声。困惑と納得に彩られたそれに、私は聞こえていない振りをする。
反応したらどうなるかを私は知っているからだ。
私とアニエスはある意味対照的だ。母親譲りの金の髪を持つアニエスと、父親譲りの銀の髪を持つ私。
父親譲りの翡翠色の瞳のアニエスと、母親譲りの瑠璃色の瞳の私。
母親に似て微笑むだけで見た者の心を和ませるアニエスと、父親に似て微笑むだけで場を凍らせる私。
柔らかな顔立ちのアニエスと、きつい顔立ちの私。どちらがどちら譲りなのかは、言うまでもないだろう。
黙っているだけで怒っていると判断され、何事かと見ただけで睨まれたと言われ、笑うだけで馬鹿にされたと嘆かれる。そんな私がひそひそ話している人のほうに顔を向けたら、私の話をしていたという負い目も合わさり、睨まれたとか怒ったとか言うのだろう。私にではなく、他の人に。
いっそハイテンションで絡みに行こうかとも考えたが、気が触れたと噂されるオチが見えたのでやめた。
だから私は、微笑み合うクロードとアニエスも見ない振りをして、そっと二人のそばから離れる。
ちらちらと私とアニエス――ついでにクロード――の間を行き来する視線にも気づかない振りをして、テラス近くの人の少ない壁際に体を寄せる。
「クラリス嬢」
来たばかりだけど帰りたくなる。そう思っていたら、声をかけたれた。
頑なに正面から動かさなかった顔を少しだけ横に向けると、そこには柔らかな栗色の髪と、琥珀色の瞳をした青年が立っていた。
この国の王太子、アンリ殿下だ。
「アンリ殿下、ごきげんよう」
「……その、こういうことを聞いてはいけないとわかっているんだが、どうしても気になって……今日はどうしたんだい?」
アンリ殿下はそう言って、落ち着かない様子で視線をさまよわせた。視線が向かう先は、私と、人に囲まれているアニエスとクロード。
「見てのとおりです。クロード様には、私よりもアニエスのほうが合っていたようで――」
心苦しそうに顔を歪めるアンリ殿下に、その先が続けられなくなる。
どうしてこの人がそんな顔をするのだろう。アンリ殿下は関係ないのに。
いや、あるといえば、あるかもしれない。
アンリ殿下と私は、兄弟子と妹弟子という関係だ。
王立魔術学院に通えなくなった私は、国随一と名高い魔術師から弟子にならないかと誘われ、了承した。
そうして弟子入りした先にいたのが、アンリ殿下だ。
妹弟子が心変わりされたと知って、我が事のように思ってしまったのだろう。
「……もし、君がよければ一曲お付き合いできないだろうか」
「え、ええ、もちろん。喜んで」
そうに決まっていると自らに言い聞かせながら、差し出された手に自分の手を添える。
ホールの中心にアンリ殿下と向かうと、よりいっそう視線が突き刺さった。
アンリ殿下は御年二十。セルヴィンでは十八で成人と認められるので、婚約者どころか妻がいても不思議ではない年齢だ。それにもかかわらず、アンリ殿下にはそのどちらもいない。
魔術師のもとで学ぶのが楽しいからではと噂されているが、真偽は不明。直接聞いてもアンリ殿下は微笑むだけなので、答え合わせのしようがない。
そういった事情のため、アンリ殿下を狙うご令嬢は多い。一時、ご令嬢の間で魔術ブームが流行ったこともある。アンリ殿下と話を合わせるためという理由だけで。
「……他の方に悪いことをしているような気がします」
「君が気にすることではないよ」
柔らかく微笑むアンリ殿下。ダンスの腕前はさすが王太子とでも言うべきか。この国一番の教師を着けているだけはある。
流れる曲に合わせて踊っていると、アニエスがこちらを見ているのに気がついた。
食い入るように見てくる姿は、一緒に踊っているクロードが目に入っているとは思えない。
「今は僕だけに集中してほしいな」
ぐっと腰に添えられている手に力がこめられ、耳元で囁かれる。
「え、ええ」
アニエスから視線を外し、アンリ殿下を見上げる。琥珀色の瞳はいつも通りだと思うのに、どこか熱っぽくも感じた。
「あとで、テラスに来てくれるかい?」
柔らかな、聞き慣れた声。
魔術師に師事を仰いでから三年。少なくない時間をアンリ殿下と過ごした。共に切磋琢磨し、時に激励し、時に競争し、時に蹴落とし合った仲だ。
ふと浮かんだ疑惑を必死に振り払う。これまでの思い出を振り返り、そんなはずがないと自らに言い聞かせる。
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