第7話「恋の味」

「やっちまったぁーーーーー!」

俺はやらかしてしまった。

あんなポルシェなんか乗ってるやつに喧嘩を売っちまった。

誰か俺のために線香買っといてくんないかな。

あっ!俺友達ほとんどいないんだった。アハハハ。アハハ…。ア・ハ……

ほんとにどうしようか。あと5日後にもう一度来るらしいし……。

「明日のことは明日の俺がどうにかするし、いいや!」

ということで4日間、バイトに勤しんだ。


あと1日

音信不通だった花夏さんが家に来た。どうしたのだろうか。

なんかで読んだ気がするが夜になっても男の家にいたら襲っていいって合図だったはず……。そんなわけないよな。花夏さんはそんなこと知らなそうだし。

「あのね、この間はありがとう。でね、明日なんだけど。なんかいい案あるの?」

その話か。それしかないよな。俺は嘘をつかずに言った。

「ない!」

俺も考えたのだ。きっと……。でも思いつかなかった。誤っても許してくれなそうだし。やばいことしちゃったな。ま、俺死ぬからいいけどさ。

ヤバイ、ヤバイ。花夏さんの表情が2乗に比例して暗くなっていく。

「あ、あのさ。俺もさ、結構考えたんだけどさ。カッコつけ過ぎちゃったなって思って」

「はぁ〜。そうだと思ったんだよね」

一瞬で顔が切り替わる。女性怖い。コノヒトコワイ。

いっそのこと女優になったっ方がいいんじゃないかな。

こんなこと言ったら殺される。やめておこう。

「何するの?」

「私が君に4日間も会わなかった理由は自分で歌を録音して他のレコード会社に送りつけてたからなんだよ。少しは関わりのあるところに送ってみたら、色んな所からオファーが殺到してさ。最初からそうしておくべきだったなぁ」

ヒマワリのように笑う花夏。

くるみ割り人形のような顔をする仁。


忘れていた。この人何でもできるんだった。歌は上手いとは思ってたけど……。

たまたま出会った会社の男が凶だっただけか。くじ運悪いな。

デビューの仕方が分からなかったけど危機に陥って頑張ったら、大当たりを引き当てたのだから一概にくじ運悪いとも言えない。

俺、この人守れないなぁ。アハハハ……。


1日後

「〜ということであなたの会社からデビューをしなくてもいいことになりました!」

「お、おい。マジかよ!なんでだよ!」

男の方は俺の女にするはずだったのにだのと小声で喚いている。つくづくクソだな。

でも、諦めがついたのか捨て台詞も吐かずにポルシェとともに消えた。

案外悪いやつじゃないのかもな。いや悪いやつだ。

花夏さんのことを困らせるやつは俺が許さん!

意外とあっさり終わってしまったこの一件。これで平和が訪れた。

「やれやれだぜ」

帽子をかぶり直しながら言ってみる。俺にこのセリフは似合わない。

花夏さんの家から俺の家に帰る途中にある階段を

この階段長いんだよな、と思いながら足を踏み出したとき

そこで意識が途切れた。

ふと目を覚ましてみると「ナルコレプシーの症状か」という考えよりも先に、激痛が体を襲った。全身が痛い。

俺は階段から落ちたのか!

顔は手すりにぶつけたらしく、パックリいッたのがわかる。額に滴る紅い雫。

脚や腕のあちこちに擦り傷ができている。最悪だ。

シュナイダー。俺を助けてくれ!起き上がらせてくれるだけでいいから。

死神は俺に触れられない。そんな事は分かっている。

でも、猫の手でさえ借りたいほど体が思うように動かない。たまたま近くを通りかかった人が救急車を呼んでくれたが、もしそれがなければどうなっていたことやら…。

俺の左足は骨折していた。そりゃそうだ。

階段からあんなふうに転げ落ちれば一本くらい折れる。額は4針塗った。

おでこが硬いので麻酔をしていても痛かった。


誰よりも先に駆けつけてくれたのは花夏さんだった。

汗をにじませている。きっと走ってきてくれたんだ。そんなことしなくてもいいのに。僕にはあと70日ある。そう、70日である。僕が覚悟を決める日。

「大丈夫?おでこ縫ったの?痛くない?」

「大丈夫じゃないし、おでこ縫ったし、痛いしで最悪だよ」

「ナルコレプシー?」

「多分、そう」

「死んじゃったのかと思った!良かった」

さも当たり前のように抱きついてくる。

「ちょっと暑い!」

そう言いながらなんとか引き剥がした。暑いっていうのは建前で、ただ俺の左の上半身に感じた心地よい、弾力に富んだ膨らみに殺されそうになったからだ。

「そんなにパワーがあるなら大丈夫だね。死んじゃったと思って損した」

「あの、そのことなんだけど……」

「そのこと?」

「俺さ、あと70日で死ぬんだ。何言ってるかわかんないかもしれないけどさ…」

「えっ!?わ、分からないよ、じょ、冗談キツイよ」

そうだろう。突然そんな事言われたら信じられるわけがない。

「俺には死神が見えるんだ。そいつに言われた。信じてくれなくてもいい。

ただ俺はこのことを君に伝えておきたかった。自己満だ。

だから、君が何かを背負う必要はない」

なんとか伝えた。花夏さん俯いている。こんな表情は一度も見たことがないから、どんな気持ちなのか分からない。

そのまま時間が空いた。虚無の。すると花夏さんはぽつりぽつりと話し始めた。

「……私さ、君にこの町でもう一度会えたときものすごく嬉しかった。

高校時代が戻ったみたいで。周りの大人は「現実を見ろ」だのとうるさかったけど、小泉くんは……私に寄り添ってくれてたからとても心の支えになったの。

最近は毎日が楽しくてしょうがないと思えるようになってきたのに、どうしてあなたは私を突き放すの!私は何も背負わなくていい?部外者だから?

私はあなたと友達、それ以上の何かだと思っていたのに!」

「そ、そんなつもりじゃないよ!」

「じゃあ何?私はあなたにとって何なの?」

なんて質問を返してくるんだ。僕が君のことが好きなことぐらい分かっているだろう。口に出させたいのか。いいだろう。言ってやる!

「僕は君のことが高校時代から気になっていた。当時いじめられていた僕を助けてくれたのは君だし、生きていようと思えたのも君がいたから!


『好き』だなんて言葉じゃ表せない。


僕は君に夢中なんだ。一緒にいたい。

朝起きても自分のことよりも先に君のことを考えてしまう。

小さな仕草の一つ一つが愛おしくてたまらない。

だから!僕は君に幸せでいてほしいんだ!

僕のようなダメ人間の死を背負わせたくない。君の心の足枷になんてなりたくない。

これが僕なりの愛し方なんだよ!」

静けさが周りにまとわりついていた。

僕はすべてを言いきった。周りの人の目なんてどうでもいい。

世界は今、僕と花夏さんだけのものなんだ。

「……私も、あなたが好きだから!愛しているから!

一緒に背負う……。君が感じる悲しみも、辛さも、痛みも、そして喜びも!

あなたが幸せそうに笑っているときに隣にいたい。誰にも取られたくない。

私もあなたに依存しているの!」

「君は僕にもったいないよ。痛いよ、そんなの……心が苦しいよ……」

「私はあなたが浮気をしても、賭け事をしても、暴力を振るってもいい。

あなたの隣にいれるなら!君の笑顔を間近で感じられるなら!

でも……一人にしないでよ……。私一人じゃ何もできないよ……」

涙でグシャグシャになっていた花夏さんの顔を、そっと引き寄せた。

涙を拭こうと一瞬抵抗していたが、そんなことはさせない。

この涙は僕のために流してくれた。涙でいっぱいの彼女がたまらなく美しい。

「世界で一番……愛してる」

そう言いながら僕は彼女に顔を近づけた。

頬を流れる涙を自分の唇で拭いながら彼女にキスをした。

時間が止まったようだった。このままでいたいと思った。死にたくないと。

ファーストキスはレモンの味なんて言うけれどそんなことはなかった。

ただただ甘い恋の味がした。

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