序章 二節

かちゃかちゃと銀製食器のぶつかり合う甲高い音が響く。

紅茶からのぼる香りのよい湯気がその場を包み込む。紅茶の香りは普段であれば精神状態を落ち着かせてくれるのだが、今ばかりはそれができないと言わんばかりに顔を顰める。

ケヴィン、17歳。5つ年上の兄と二人暮らしをしているどこにでもいる高校生である。作曲が趣味で、桃色の髪を顔の横で丸く団子状に結わっている。

つい先ほど、コンビニエンスストアで晩御飯で食す用のカップラーメンを購入していた帰路で西洋風の建物を発見した。閑静な住宅街ではあまりに場違いな洋風の建造物に惹かれ入った先で、彼女は猛烈に後悔をしている。

眼前に頬杖をつく魔法使いの恰好をした奇怪な「何か」を前にして、自身の行動を悔いるなと言う方が難しい。

紺色の魔法使いの防止には色とりどりの装飾が施され、フリルが散りばめられた白シャツにはリボンが丁重に結ばれている。藍のコートは何段かのフリルに二手で分かれていた。桃色の前髪は端正に切り揃えられており、おかっぱ髪からは二本左右に長く髪が伸びている。藍色で染められた瞳に光はなく、ただ興味深く少女を捉えている。弧を描いた口元からはときおり、クックッと喉で笑う声が発せられていた。

異様奇怪不気味でしかない眼前の存在は、ようやく自身の店に入った貴重な客を帰す気は無いらしい。

古本屋には似合わないカウンター机に頬杖をつく「それ」の後ろには無数の瓶が並ぶ棚がなんともいえない不気味さを後押ししている。

瓶の中には遠目で確認できたものだと、大量の飴玉やイチゴのショートケーキ。バラやうさぎの人形など無造作に詰められている印象がある。

「あ、あの…。」

「ん?なんだい?」

「かえっていいですか…。」

恐る恐る様子を伺ってい少女は「それ」からの圧に耐え切れなくなったのか、帰宅の許可を求めた。

少女の行動が想定外のものだったのか紺の瞳をぱちりぱちりとまばたきさせる。

「え!?か、かえりたい!?だーっはっはっはは!!なにそれ!本の一冊ぐらい読んでよ!ひ~!面白いなぁ!」

麗しい外見とは似つかわしくない男勝りな笑いで、耐え切れないと言わんばかりに声を上げた。

だが、少女は徐々に顔色が悪くなるのを隠す様子もなく不満を零す。

「いや…だって…めっちゃ怪しいし。」

「でも僕は見ての通り人畜無害だよ?」

「人畜無害な人は、初対面の人の名前を把握してないと思います…。」

「それは僕が魔法使いだから知っているのさ!」

真っ白の両手でピースを作り愛嬌を見せてくる「それ」とは対照的に、少女は嘆息する。話が通じないことに諦めたのか「それで、私にどうして欲しいんですか?」と質問を投げる。すると、光の宿っていない瞳を爛々と輝かせた自称店主は「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりの笑顔を浮かべる。しかし、その笑い方は口を弧で描く邪悪な笑いでしかなく少女はますます顔色を悪くしていった。

「それはもっちろん!!ここの本をケヴィンちゃんに読んでもらうことだ!」

「…売ったりはしないんですか…。」

「商売はしたりしなかったりだからね。欲しかったらもちろん買って言ってもいいさ!だけど高くつくよ?」

「はぁ…。」

なぜ私が、と言葉にする前になんとか飲み込む。これは本の一冊でも読まない限り眼前の怪しい「何か」に返してもらえそうにない。

本日何度目かのため息をつけば、少女は金色の瞳をようやくあげた。

「じゃあ、なんか読んでいけばいいんですよね。そしたら帰っていいんですよね。」

「うん!」

自ら飛び込んだ炎の中である、少女自身でけりをつけなければならないことは自明だ。それならば、と立ち上がり後方で無数に立ち並ぶ本棚と向き合う。

かび臭い紙の匂いに徐々に鼻が慣れて来たのか一歩ずつ足を前に持っていく。

華美な金の装飾が施された本、林檎の刺繍が入っている本、深い青の本、宝石が散りばめられた本と統一性のない色とりどりの本を前にする。

「好きに選んでいいんですよね…。」

「はい!どうぞ!」

「う~んと…。」


さらに一歩踏み出す。

ただ本を選ぶだけなのに、手に取るだけなのに鼓動が早くなるのを少女は感じていた。


さらにもう一歩踏み出す。

後ろにいる店主がニヤニヤと口角を上げているのに不快感を催しながら手を伸ばす。



そうして少女は本を手に取った。

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