五、鬼子



「こ、これはこれは、この子がなにか失礼でもしましたか?」


 幼子おさなご宵藍しょうらんから無理やり引きはがして、店主は苦笑いを浮かべていた。黎明れいめいはそこで確信する。


 宿でのあの気配は、この子供だったのだと。確かに客ではないのだろう。店主は嘘はついていなかった。


 隠すように宿の中へ幼子おさなごを促して、ふたりから、というよりは外から遠ざけるようだった。


「あの子は店主のお孫さん?」


 違うと解っているが、あえて知らないふりをして訊ねる。


「・・・中で、お話ししますゆえ、どうか、」


 年老いた店主は、どうぞ入ってくださいとふたりを促す。中に入り、蠟燭に灯りを燈し、一階の食事処として使われている場所の一角に座らせる。


 しばし席を外して茶を用意し奥から再び現れると、同じ席についた。ふたりの前に茶を置き、疲れたような表情で話し出す。


「この子は、ひと月ほど前にこの村にやって来た子で、どこから来たのか、今までなにをしていたのか、まったく分からないのです。なにせ、言葉は理解しているようですが、ひと言もしゃべらないし、幼子おさなごなので文字も書けないようで・・・・」


 村の者たちも最初は同情で食べ物を与えたりしていたが、怪異が起こるようになってから態度が一変したのだという。


「今まで人が死ぬような怪異など、ほとんど起こったことがなかったから、この子が呼び寄せたんじゃないかと、手をあげるように・・・・」


 店主はそんな幼子おさなごを不憫に思い、この数日宿に匿っていたらしい。あまり小ぎれいにすると村人たちに何を言われるか解らないため、最小限にして食べ物だけ与えていた。


「まさかあなた方について行っているとは思いもしなかったので・・・先ほどは失礼しました」


 店主の横で大人しくしている幼子おさなごは、じっと宵藍しょうらんを見つめて、目が合うと俯いてを繰り返していた。


「かまいません。あなたのような方がいてくれて良かった」


 村人たちを責めることはできないが、決して褒められることではない。


「私たちはもう少し外を回ってみます。その前に、少し伺いたいことが、」


 宵藍しょうらんは店主にあることを訊ねる。それは、店主が先ほど口にした言葉。


「この村で人が亡くなった怪異について、」


 人が死ぬような怪異はほとんどなかったと、店主は言った。つまり過去にあったということだ。


 村全体に結界を張ったので、外からの侵入はないだろう。だがもし内側に原因があれば、それは無意味になる。その場合の対策も一応しておいたが、そちらが発動しないことを祈りたい。


 店主は少し間をおいて、話し始める。


「この村の外れに、半年前まで住んでいた若い夫婦がおりまして。その夫がある日行方知らずになり、その三日後に村の近くにある竹林で死体が見つかりました。その死体は首だけの状態で、身体はどこを捜しても見つからず、結局、妖者ようじゃ妖鬼ようきの仕業だったのだろうと判断されました。その後は特に誰かが被害に遭うということもなかったため、姮娥こうがの術士様たちにわざわざ来てもらうこともないだろうという話になったのです。ですが・・・、」


 はあ、と憂鬱そうに話の続きを濁す。


「・・・夫があんな死に方をして、女は毎日気が触れたように村中を叫びながら歩き回っていたんですが、ひと月後にとうとう同じ竹林で首を吊ってしまったんです。その時の女の顔は、苦しみに満ちた顔というよりも、誰かを呪いながら死んでいったかのような、恐ろしい顔をしていた、と」


 宵藍しょうらん黎明れいめいは、お互いに顔を見合わせる。


「そのひとの遺体は、どうしました?」


「不憫に思った村の若い衆が墓を掘って埋めたと聞きます」


「墓はどこにある?」


 聞いてどうするつもりなのかという顔で、黎明れいめいを怪訝そうに見る。だが宵藍しょうらんと違い、愛想もなく、むしろ怖い印象を与える無表情の黎明れいめいに圧を感じたのか、店主は目を伏せながら答える。


「村から西に少し歩いた所にあります。まさか、墓を暴いたりはしないですよね?」


「時と場合による」


 今回の件と関係があれば、それをせざるを得なくなる。死体があるかどうかを確かめる必要があるからだ。


「では私たちは今からそこに行ってきます。店主は気にせずにもう休んでください」


「いや、しかし・・・・村を離れている間になにかあったら、」


 不安そうに店主は幼子おさなごの方を見る。幼子おさなごはまったく気にしていない様子で、ただじっと宵藍しょうらんを見ていた。


「外からも内からも色々仕掛けをしておいたので、大丈夫です。なにかあればこの地の四神、白虎びゃっこがこの村を守ります」


「・・・白虎びゃっこは確かにこの地の守護神ですが、」


 聖獣がこの村を守るというのは、話が大きすぎると店主は苦笑いを浮かべる。しかし目の前の少女のような少年が嘘を言っているようには見えず、ますます疑問符が浮かぶ。


「ただ、外には出ないでください。私たちは朝まで戻りませんので、もし夜中に扉を叩く音がしても、決して開けないでください」


 店主は大きく頷いて返答する。幼子おさなごは解っているのかいないのか、立ち上がった宵藍しょうらんを見上げてくる。


「君も、大人しくしていること。戻ったら一緒に遊ぼうね?」


 よしよしと頭を撫でられ、嬉しそうに幼子おさなごは眼を輝かせている。そんな様子を遠目で眺めながら、黎明れいめいはあの金眼のことを考えていた。


 金眼を持つ者がどういう存在か、術士ならば誰でも知っている。


(金眼は、半妖の証。人と妖鬼ようきの血を持つ者)


 半妖の赤子は生まれた時に殺されるため、実物を見たことがある者はほとんどいないだろう。


 もし生きて存在していたとしても、親はその子を隠し、外に出すことはない。その存在は確かに陰を呼び寄せる。


 ふたりは再び宿を出て、今度は村の西へと向かった。


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