七、怨霊の末路



 ちょうど村へ足を踏み入れようとした時、遠くの方から男の悲鳴が上がった。ふたりは顔を見合わせて頷き、その悲鳴の方へと駆ける。


 その悲鳴を聞いても他の民家から誰かが出てくる様子はない。皆、恐ろしくて外に出れないのだろう。


「陣に反応がある。宿の近くみたい」

「急ごう、」


 店主の声ではなかったのでひとまず安堵するが、他の誰であってもこれ以上の犠牲は出してはならない。これが、儀式の最後の生贄なのだ。


 発動した陣の方へ向かうと、その陣から伸びた、白く光る縄のようなものに四肢を拘束された男が、ぎゃあぎゃあと人というよりも獣のような叫びを上げて、陣の上で暴れていた。


 宵藍しょうらんは懐から符を取り出して、ふぅと息を吹きかけると、その符を陣の方へ放った。


 符は陣を越えて男の胸元に貼りつくと、七つの輪がさらに男の身体を拘束して締め上げる。


 緑の光を帯びたその七つの輪は、苦しみだした男に容赦なく絡みついた。


「さあ、出ておいで」


 印を結び、優しい笑みを浮かべて宵藍しょうらんが囁く。


 男の身体がぐったりと力を失くし、ゆらりと黒い靄が這い出てくる。禍々しい陰気な気配が辺りを覆う。


 陣がひび割れ、拘束していた男の姿に重なって、乱れた長い髪の女の姿が浮かび上がる。


 現れたのは、だらりと腕を下げ俯いた状態で、髪で顔の隠れた女の怨霊。


 死装束を纏ったその女は、俯いたまま静寂を保っていたが、急に耳を劈くような咆哮を上げ、自分の周りを陥没させた。


「ごめんね。その望みを叶えさせることは、できないんだ」


 まっすぐに宵藍しょうらんを狙って、女は鋭い爪を立てて襲い掛かる。しかしその爪は届かない。


 黎明れいめいは双剣の霊剣、双霜そうしょうで受け止めそのまま弾き返す。


 双霜そうしょうは通常の霊剣に比べて少し短いが、双剣のため、攻撃と防御の両方に優れている。


「・・・邪魔しないで・・・あのひとが・・・もう少しで・・・・」


 女は弾かれ、後ろへ不自然に曲がった身体をふらりと起こす。


「諦めて」

「・・・うるさいっ!」


 再び宵藍しょうらんに向かって襲い掛かる。後ろに軽くかわして、符を数枚宙に投げる。


 囲んだ符は緑色の炎を上げてそのまま霊体だけを包み込むと、乗っ取っていた男の身体から弾き出された。


 男は意識を失ったまま、地面に膝を付き、前のめりに倒れた。同時に女の怨霊は悲痛な声を上げながら、同じく地面に倒れ込む。


「・・・・・はあ・・・はあ・・・赦さない・・・その、男を殺す・・・・殺すっ」


 女は這いずりながら、倒れている男に手を伸ばす。しかし、そこには黎明れいめいが立っていた。


 何の感情もないその青みを含んだ灰色の眼は、女をただ見下ろして、それから霊剣を振り翳した。


 女は十字に放たれた、重力を帯びた霊剣の刃によって消滅する。悲鳴を上げる間もなく、塵すら残らなかった。


 黎明れいめいは霊剣を消し、倒れている男を見下ろして言い放つ。


「こいつには、相応の報いを受けさせる」


 黎明れいめいは、無言で立ち尽くす宵藍しょうらんと視線を交わす。まだ、すべてを解決したわけではない。


「・・・・ごめんね、」


 悲し気なその瞳。いつもそうだ。怨霊だろうが、妖者ようじゃだろうが、鎮めた後に見せるその表情。



 まるで、全部自分のせいだとでもいうような、そんな。

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