第26話

「じゃあ、桜木さん。またね」

「うん、またね。夕顔君」

「あ、兄さん。私、まだ桜木さんと話したいことがあるんでした」

「あ、そうなの?」

「はい、もう少し桜木さんとお話ししたくて」


 兄さんには、悪いですが先に帰って頂いてこの女と喋ることがあります。


「じゃあ、先に帰ってるね。あんまり遅くならないようにね」

「はい、ありがとうございます」

「あ、家の事は…」

「そんなに遅くならないので私がやりますので、兄さんは絶対にしないでくださいね」

「う、うん。分かった」


 そこだけは譲れない。兄さんには一生何もせずに暮らして欲しいから。


 兄さんを見送り、この女…楓と対面する。


「はぁ.....夕顔君行っちゃった。それで、何?」

「いえ、ただ少し気になったことがありまして」

「それよりあんたに言いたいことがある」

「あら、なんですか?」

「私と夕顔君のラブラブ下校を邪魔しないでくれる?それと、夕顔君のの名前を呼べるチャンスだったのに、あんまりふざけないで」

「ふふっ、兄さんは私のものですから」

「冗談もほどほどにね?」


 二人の視線がぶつかり合う。


「それで、あの男の事はどうしました?」

「あの男って、夕顔君を転ばせたあの男?」

「はい。あなたの対応が甘かったら私が更なる制裁を加えようかと思いまして。ある程度の事情は察してますが、具体的にあなたから聞いた方がいいですし」

「そうね。あいつは、今学校で二股のクソ野郎としてクラス中からさげすまれているところ」


 .....まぁ、そんなところが妥協点ですか。


「.....まぁ、及第点ですかね」

「しょうがないじゃない。ここら辺が限界よ。あいつが夕顔君にさらに被害を出そうとしたのなら、最悪、入院生活になってもらうわ。一生ね」

「.....ふふっ。あなたの親の権力を使えばあいつの親の事も不幸にできたのではないですか?」

「……あんた、分かっていってるよね?私が親と仲が悪いって」

「はい、ある程度調べました」

「性格悪いわね。本当に夕顔君の妹なの?」

「はい、私は正真正銘兄さんの妹です。義理ですが」

「まぁ、夕顔君と同じ血を持ってないからそんな性格になるのも頷ける」


 なんと言われようが私は兄さんの妹である。血が繋がっていないことを何度も恨んだことはありますが、逆に私は繋がってなくて良かったとも何度も思っています。


「だって、兄さんと結婚できますから」

「は?あんたじゃ無理。夕顔君は、私の事が好きだから」

「はぁ、戯言を言わないでください。あなたの冗談つまらないです」

「冗談じゃないんだけれど?あんたの方こそ目、ついてる?」


 睨みつけてくるこの人の眼をじっとみる。濁って真っ黒な目だ。兄さんに心底心酔しきっていて他の事は何も見えていない眼。


 確かに私も、兄さんの事を心から愛していて愛していて愛していて愛していて愛していて、狂いそうな程愛してはいるが、こいつと違って自己を見つめ直せる優秀な女である。


 昔は私もただ心酔しきっていただけでしたが。


「......さて、私は家に帰りますね。兄さんが待っているので」

「私も一緒に帰ってあげようか?下級生を一人で帰すの上級生としてどうかと思うし」

「そんな、姑息な手で家に行っても、あなたは惨めになるだけでは?兄さんにお呼ばれするか自分で行きたいと言えばいいじゃないですか」

「そ、それは、はしたない女だと思われるかもしれないから」

「はぁ、まあ程々に頑張ってください。それでは」


 私は家の方角へと歩き出す。


 あの人と話をしていて、私は、今日新しい未来図を思い描き始めた。


 

 

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