第5話 本当の名前
「やっぱり、気にしすぎだったんだよ」
そう独り言ちる。
危惧していた、桜木さんが僕の学校生活に介入してくるんじゃないかという想像も杞憂に終わった。
放課後まで、特に何もなく過ごせていたからだ。
まぁ、今日は皆からの視線で針の筵だったけれど。......その中で、何故か背筋が凍るようなどろっとした視線が混ざっていたような気がするけれど、僕の神経が過敏になっているからだと思う。実害は、なかったんだし。
さて、帰るか。
教室で、如月と別れ学校を出る。
少し歩いたところで、違和感を覚える。
......誰かに見られている?というかつけられてる?
そう思い、速足で家を目指そうとしようとしたところで
「あ、あの、田中君」
後ろを振り返る。
見なくても分かる。僕を田中というのはこの人しかいないから。
「......どうしたんですか?桜木さん」
何故か、恥ずかしそうにもじもじとしている桜木さんに声を掛ける。
「あ、あのね。一緒に帰っちゃダメかなって。......私、怖くて」
......なるほど。確かに怖いだろうな。昨日あんなことがあったばかりだし。この子は見た目はこんな感じだから誤解されているけれど、多分、ビッチなんかではなくて極々、普通の女の子なんだろうな。
......正直、助けるメリットなんて僕にはないし、学校の誰かに見られたらまたややこしくなるだろうけれど、ここで見捨てるのも何か違うと思う。
「分かった、送るよ。家の近くまでね」
「......えへへ。うん。本当にありがとうね」
そういった彼女の笑顔は穢れを感じさせない純粋なものだった。
「桜木さんの家って、この近くなの?」
「うん。田中君は?」
「僕はもう少し先かな」
ニコニコと話す、桜木さんにやっぱりビッチなんかではないんだなぁと思わされる。
まぁ、少ししか関わっていないからそう思うだけかもしれないけれど。
「そういえば。......ねぇ、田中君」
「な、なに?」
「田中君の、本当の名前って、違うよね?」
そう、なんでもないようにいった桜木さんの目は笑っていた。
本当に、作りものなんじゃないかって思うほどに精巧な笑顔だった。
「......う、うん」
「本当の名前、あなたから聞きたいな」
桜木さんは、知っているのだろうけれどあえて僕に言わせようとしてくる。
「僕の名前は……夕顔桜。改めて、よろしく。桜木さん」
「あはは、よろしくね。夕顔君」
今度は、あどけない笑みだった。
さっきの笑みは何故かすごく怖かったけれど、今の笑顔は無垢な少女のようだった。
「桜って名前、私の苗字と似てるね」
「そうだね」
「......桜木桜。夕顔楓。どっちもいいな」
何かをぼそっと呟いた。
けれど、聞き返す気にはなれなかった。何故か聞いたら戻れなくなりそうな気がしたから。
「ここまででいいよ。もうあとほんの少しだから。ありがとね。夕顔君」
「うん」
「またね、夕顔君」
そう言った、桜木さんに応えられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます