Episode038:止まない雨



 気付くと玉響一刻は死んでいた。

 満足気に頬を緩ませたまま。

 俺は終ぞ、苦しみも恐怖も与えることが出来なかったらしい。

 勝ったのは俺なのに、心境は複雑だ。


 奴の質問に答えてしまったせいだろうか。

 だとしたら余計なことをしてしまった。

 気が大きくなり過ぎていたのだ。

 これも〈ユニークスキル:傲慢〉の代償か。

 普段なら口にしないことを口走っていた。

 自分でも分かる程に、情緒不安定になっている。


 俺は玉響の死を確認すると、屋内へと戻り仰向けに寝転がった。



「ハッ、ハッ……ッッッ──」



 デドゥリィシン・シリーズは強力である反面、その反動が大きい。

 強烈なまでの破壊衝動に駆られるのだ。


 そしてそれは、戦いが終わった今も尚続いている。

 大きな力を扱い切れず、俺の意志を無視して未だ行使しされ続けているのだ。

 霧が消えているので〈ユニークスキル:怠惰〉を打ち消す程の力はないが、これでもある程度のスキルは打ち消せてしまう。


 気を抜けば、瞬く間にしてスキルに呑み込まれてしまいそうだった。

 奴はこんなものを飼い慣らしていたのか。


 ──いや、飼い慣らしてはいなかったのだろう。


 それだけではないにしろ、奴の狂気の根源は恐らくそこにある。


 危険であるとしてスキルを封じられたのも、これが原因だ。

 あるいは今の俺ならばと思ったが、やはり耐え難いものがあった。

 制御が出来ない。



「クッ、クッソ……」



 俺は当たり散らすように地面を叩いた。

 ひび割れていく地面。

 そうすることで、少しだけ衝動が和らぐのだ。


 しかし所詮は気休め。

 徐々に呑まれていくのを感じた。

 自分が自分でなくなるような得も言われぬ恐怖に苛まれながらも、俺は細く言葉を紡ぐ。



「……〈光属性上級魔法:光鎖コウサ〉」



 魔法陣から現れた光の鎖が、俺の身体を雁字搦めに縛り付ける。

 凶悪な罪人の枷として用いられる魔法だ。

 その強度は高く、ちょっとやそっとでは壊れない。

 少なくとも、これで暫くは持つはずだ。

 しかもこの魔法には縛られている者の魔力を封じる性質がある為、無意識での魔法やスキルの行使も避けられる。


 難点としては、コントロールが非常に難しいということ。

 動く的には中々当てられない。

 だが、現状ではこの上なく有用である。


 しかし、それは無情にも一瞬にして砕け散った。


 何故だ?


 疑問に思う俺であったが、答えはすぐに分かった。

〈ユニークスキル:傲慢〉の影響だ。

 玉響には全てのスキルの無効化と言ったが、それはこの世界で魔法を知る者が極端に少ない為である。

 実の所、魔法さえも無効化してしまう。

 しかし、自身の掛けた魔法さえも無効化してしまうとは聞いていない。


 マズイ……。

 このままだと、身体が勝手に暴れ始めてしまう。


 その時だった。

 誰かが近付いて来るのを感じた。



「おい!! 兄ちゃん、大丈夫か!?」

「あなたは……」



 声の方に目を向けると、そこにいたのは父さんを担いで行ったあの男であった。



「ハッ、ハァッ、ハッ……と、父さんは……?」

「危なかったが、命に別状はねえ。今は病院で静かに寝てるよ」

「そうですか……」



 それは良かった。

 本当に良かった。

 もしも父さんが死んでいたら、俺は理性を保っていられなかったかも知れない。

 無事だと分かると、少しだけ気持ちが安らいだ。



「ありがとう……ございました……」

「いいってことよ! それより今は兄ちゃんの方がヤバいんじゃねえのか? えらい怪我じゃねえか!」

「怪我……?」



 俺は首を傾げた。

 何せどこにも怪我はしていない。

 玉響との戦闘そのものは、俺の圧勝だったのだ。


 しかし、自分の姿を見てすぐに気付く。

 俺の身体は、返り血で真っ赤に染まっていたのだ。



「ああ……これは返り血なんで大丈夫ですよ」



 玉響の方を指差すと、男は「そうか……」と呟いた。



「でもヤバイのは事実です。身体が暴走しそうなんで」

「暴走? 事情は分からねえけど、あの玉響一刻を倒した兄ちゃんが暴走したら確かにヤベェな」

「……ですよね。だから早く逃げてください」

「そうしてえのは山々だが……」



 男は困った様子で頭を掻いた。



「なんです?」

「ここにはよ、人質が隠れてるらしいんだよな。だからここで暴れられるのはマズイ……」

「なんですって……?」



 それを早く言ってくれ。

 危うく建物ぶっ壊す所だったぞ。

 実際、もう既に半壊しているのだ。


 しかしなるほど。

 それで父さんはここにいたのか。

 母さんを助ける為に。


 いずれにせよ、いつ暴れるとも知れぬ俺がここにいるのはマズイ。


 俺は何とか立ち上がり、覚束無い足取りで外へ向かった。



「兄ちゃん、そんな状態でどこ行くつもりだ?」



 背中越しの問い掛けに、俺は振り返ることもなく答えた。



「……行ける所まで」



 なるべく人気のない場所が良い。

 それならきっと、誰にも迷惑をかけずに済むから。

 自我がある内は進み続ける。



「なら病院に行こう。病院なら治るかも知れない」

「治りませんよ」



 これは病ではない。

 医者に診せた所で、治る見込みは皆無だ。



「人質の救出はあなた方に任せます」



 玉響はもういない。

 後のことは彼等に任せて問題ないだろう。



「あっ、おい! 兄ちゃん!」

「──〈スキル:瞬光〉」



 背後から近付いて来る足音がして、俺は咄嗟にスキルを使った。

 凄まじく速く走る為のスキルだ。

 幸い自身を強化するスキルならば行使は可能であった。

 この速さならば追っては来れまい。


 というか、本来〈ユニークスキル:傲慢〉は、他者のスキルや魔法についての干渉を拒否する為のもの。

 使えない道理はないのだ。


〈光属性上級魔法:光鎖〉が無効化されたのは、ひょっとしたらそれが敵からの攻撃と判断されたが為かも知れない。


 流れ行く景色の中、俺の意識は少しずつ混濁していった。

 強烈な睡魔に近い。

 自分がどの方角へ向かっているのかさえ分からなかった。


 ──故に、俺は気付いていなかったのだ。


 なるべく人気のない方へと駆けていったその先が、仲間達のいる方向であることに。



「──大……和……?」



 詩音、奏多、青藍、皆……。



「逃げろ……」



 逃げてくれ。

 俺はもう、限界だった。


 雨はまだ、降り止まない。



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